56 『サーカムスタンス』

 正義の味方、士衛組。

 そう言っても、アシュリーはピンとこない顔だった。


「士衛組……さん。す、すみません。存じ上げなくて……本当にすみません」


 心から申し訳なさそうに謝るアシュリーに、サツキはふっと小さく笑った。


「謝らないでください。まだまだ有名ではない組織ですし仕方ないと思います。俺は士衛組局長、城那皐です。覚えていってもらえるとうれしいです」

「局長さんでしたか。すごいですね。わたしと同じくらいかちょっと上かなってお年なのに」

「仲間が頼りになるだけです。俺は全然未熟で。そういえば、アシュリーさんはおいくつですか?」


 アシュリーはサツキを年上だと思っているらしい。だが、サツキからすれば同じくらいに思える。だから聞いておくことにした。


「わたしは十四歳になります。サツキさんは?」

「俺のほうが一つ年下ですね。俺は五月に十三になりました」

「まあ。そうでしたか」


 アシュリーは肩の力が抜けたように笑った。


「ふふ。わたしのほうがお姉さんだったなんて、おろおろしていたのが恥ずかしいです」

「状況が状況ですから、落ち着きを失って当然です。アシュリーさんのほうがお姉さんですし、ここからは楽に話されてください」

「ありがとう、サツキくん。でも、サツキくんもわたしのこと同い年だと思っていいからね」


 そう言ってもらえると気が楽だが、サツキは指先で軽く頬をかいて、


「じゃあ、そのときは」


 と曖昧に答えた。

 いきなり馴れ馴れしくするのも得意ではないし、アシュリーが話しやすいよう様子を見ながらにしようと思った。


「うん。遠慮しなくていいからね。なんか、サツキくんが年下ってわかったら、急に可愛く見えてきたよ」

「俺がどうっていうより、少し落ち着いてきたんだと思います」

「そうかな? 兄さんのことで不安なのは変わらないけど、サツキくんがいれば大丈夫な気がしてるんだ」

「できる限りのことはする。とりあえず、まずはコロッセオの中に戻ろう」

「うん」


 二人でコロッセオ内に戻って、一階席に行く。

 さっきまでサツキやシンジが座っていた場所には、ミナトが戻ってきていた。

 ミナトはアシュリーに気づくと、


「どうも。初めまして」


 と挨拶した。

 サツキは双方に紹介する。


「こっちが俺とバディーを組んでいるミナト。同じ士衛組なんだ。年も俺と同じ。それで、こちらがアシュリーさん。ミナトの対戦相手だったサンティ選手の妹で、俺やミナトより一つ年上。行方がわからなくなったサンティ選手のことを探すのを協力することになった」

「ミナトくん。よろしくね」

「ええ。よろしくお願いします。アシュリーさん」


 二人が挨拶を交わして、ミナトがサツキを見て笑った。


「いやあ、人助けが趣味のお人よしだってことは知っていたが、相変わらずだねえ」

「放っておけないじゃないか」

「うん。いいと思うよ」


 ミナトは昨日の帰りを思い出す。

 昨日もサツキは、母親とはぐれてしまった男の子のことを見つけると、放っておけずに駆け出して声をかけていた。子供を相手にするのは得意じゃないくせに考えるより先に行動するものだから、子供に泣かれそうになってあたふたしていたのだ。


 ――正義の味方の士衛組なら人助けも悪くない。が、今回の失踪は不審過ぎる。どうもにおう。ただの人助けで終わればいいが。


 まだミナトは、サツキが失踪事件について得られた情報をなにも聞いていない。それでもミナトにはなにか直感があった。

 サツキがミナトの横に座り、アシュリーがサツキの横に座る。サツキを挟む形になった。


「ミナト。シンジさんの試合は?」

「始まったばかりだけど、長くないだろうね。今日も勝てるんじゃないかなあ」


 話しているうちに、シンジが勝負を決めた。

 やっぱりねえ、とミナトが舞台を眺めて、


「あ。そうだ、僕さっき言われたんだけど、今日もダブルバトルは僕らが最終戦になるらしい。それまでごゆっくりだって」

「わかった」


 アシュリーがサツキとミナトに、


「すごいね。ダブルバトルにも参加しているなんて」

「いやあ、すごいことなんてありませんよ。参加するだけならね」


 自然体のミナトはアシュリーとも打ち解けた様子で話している。ミナトの性格のおかげか、サツキが遠慮して聞けなかったことも質問する。


「そういえば、お兄さんはどうしてコロッセオに参加したんです? 言いにくいならいいんですが」

「いいえ。言いにくいことじゃないよ。両親が亡くなって、生活のために兄さんがコロッセオでお金を稼ごうと考えたんだ。わたしの面倒をみるために、学校も辞めて」

「すみません。やっぱり言いにくいこと言わせてしまったみたいで」

「き、気にしないで」


 サツキもあまり詮索するのは好まないが、気になったので聞いてみる。


「お兄さんはいくつ?」

「あ、年はわたしの三つ上だよ。だから、十七歳になるよ」

「十七、か」


 であれば、もっと学校で勉強したかった年頃だろうか。

 この世界では、サツキの世界よりも年齢の感覚が引き上げられる。学校を卒業して働き始める年齢も早く、十二歳から十五歳くらいが多い。戦国時代や江戸時代のように、大人として扱われる年齢が低くなるのだ。

 サツキやミナトは十三歳の中学一年生の年齢だが、この世界では高校二年生から三年生、あるいは大学一年生くらいになる。アシュリーの兄・サンティは十七歳だから、大学院生といった感じだろうか。

 だから、この世界でその年齢まで学校に通っているとなると、勉強したいことがある子なのだと思われる。


「勉強、どんなことをしていたんですか?」


 サツキが聞くと、アシュリーは教えてくれた。


「兄は、科学全般を学んでたよ」

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