55 『シスターズウォーリー』

 クロノが説明しているとき。


「ミナト選手の対戦相手・サンティ選手なのですが、姿が見えないそうです」


 そう言っていたところで、会場の一階席では、一人の少女が立ち上がっていた。

 サツキの席からはやや離れているが、視界に入った。

 続くクロノの言葉にも、不安そうに胸の前で手を握りしめるばかりだった。

 ここでシンジにもスタッフのお姉さんが声をかける。


「シンジさん、次の次の試合になります。準備をお願いします」

「あ、わかりました! じゃあいってくるね、サツキくん」

「はい。いってらっしゃい」


 シンジを見送って再び少女を見ると、少女はどこかへ向かおうとしているようだった。


 ――やっぱり、あの人は参加者じゃない。関係者。それも、ミナトの対戦相手・サンティ選手の妹ってところか。


 育ちの良さそうな雰囲気があり、背はサツキともあまり変わらなそうだ。金色の髪が長く、さらさらと揺れている。


 ――もしかしたら、失踪事件かもしれない。だとすれば、この近くにまだ犯人がいるかも。エントリーからこの時間までのどこかで、犯人が参加者を連れ去った可能性が高いのだから。


 じっとしていられず、サツキも立ち上がって走り出していた。


 ――そういえば、ケイトさんのお兄さんを追って外に出たとき、怪しい人はだれかいたか? いや、見ていない。また外に出て、『ASTRAアストラ』っぽい人がいたら聞いてみるか。だれが『ASTRAアストラ』なのか、判別もできないけど。


 外に飛び出した。

 しかし、なんにもわからない。


「……手がかりは、ないのか?」


 呆然と立ち尽くすサツキの横を、少女が通り過ぎる。

 少女は、さっきまで一階席で観戦していたあの金髪の少女だった。キョロキョロと周囲を見回している。今にも走り出しそうな少女を見ると、サツキは声をかけずにはいられなかった。


「闇雲に探しても見つからないと思う。失踪事件かもしれないから」

「え?」


 急に声をかけられて、少女はサツキを振り返った。


「あ、あなたは、さっき試合に出られていた……」

しろさつきです」

「わ、わたしは、アシュリーといいます。今さっき試合を棄権した植羅桟邸ウェラー・サンティの妹、植羅亜朱璃ウェラー・アシュリーです」


 アシュリーはサツキに一歩歩み寄り、質問した。


「あの。あなたはなにか知っているのですか? わたしの兄は、無事なのでしょうか? わかっていることがあれば教えてください」


 どんどん距離が近くなる。

 それほどアシュリーは兄・サンティを心配しているのだろう。


「無責任なことは言えない。だから正直に話すけど、今コロッセオの参加者が突然姿を消す失踪事件が発生している」

「そ、そんなことが……?」

「ほとんど周知されていないと思う。だから、失踪事件について詳しいこともあまりわかっていないんだ。逆に、調べがついているのは、コロッセオの参加者がいなくなっているらしいこと、これまでに八件ほどの失踪事件があったらしいこと」

「八件も?」

「うむ。だから、もしかしたら、アシュリーさんのお兄さんもそうかと思ったんです」

「それで、わたしに声をかけてくださったんですね。わたし、兄とフィオルナーレから出て来たばかりで、そんなこと知らなくて」


 フィオルナーレは、イストリア王国では中部から北部にかけての場所にある都市になる。マノーラよりも北に位置しており、サツキの世界でいうフィレンツェあたりだろうか。クコに膝枕してもらいながら見せてもらった記憶からそう理解できた。


「俺もこっちに来たばかりで、コロッセオについて知ったのも参加したの一昨日なんですが、そんなに遠くからの参加者も多いんですね」

「はい。多いと思います。イストリア王国で一番の興行ですし、賞金も上がってくればすごい額になりますから」


 アシュリーは緊張気味にサツキを上目に見て、


「あ、あの。あなたは、失踪事件を追っているんですか?」

「一応、無視できないなとは思ってます。でも、友人たちがなんとかしてくれるんじゃないかとも思ってます」

「ご友人ですか?」

「『ASTRAアストラ』です」

「えぇ! 『ASTRAアストラ』ですか!? そんなすごい人たちとお友だちなんですか?」

「ご縁がありまして。それで『ASTRAアストラ』の人に聞いたら失踪事件についても教えてくれました。でも、今の俺にはなにもできそうにないのが本音です」

「そうだったんですか。あの、こんなこと言って困らせてしまうのはわかっています。それでも、わたしには頼れる人がほかにいません。迷惑を承知でお願いします。兄を探すのを、手伝っていただけないでしょうか」


 元々、アシュリーに言われずともサツキの中で答えは決まっている。


「もちろんです。『ASTRAアストラ』のことは関係なしに、俺は正義の味方、『士衛組』ですから」

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