57 『ブレーディングインテンション』

 アシュリーは言う。


「実は、わたしの兄は学者さんになるのが夢だったの」

「へえ。学者ですか」


 と、ミナトが相槌を打つ。


「うん。でも、わたしのせいで、二人分稼がないといけなくて。だからコロッセオに来たんだ」

「そういう事情だったんですね。早くお兄さんが見つかるといいけど」


 ミナトもそれ以上にうまく言葉が出てこない。

 すると、今度はアシュリーが質問した。


「あの。サツキくんとミナトくんは、どうしてコロッセオに参加してるの?」

「僕たちは修業のためです」

「偉いね、二人共」


 いえ、とサツキは謙遜して答える。

 そこにシンジもやってきて、また紹介して四人で試合を観戦する。

 シンジは不思議そうにつぶやく。


「そういえば、コロッセオの参加者が突然いなくなっちゃうことって、ボクの知る限り三回目なんだ。前の二回も、試合直前になって姿が見えなくなって、棄権ってことになってた。なにかあるかな?」

「俺も憶測でしかなにも言えない状態です。コロッセオの参加者に共通する特徴の一つは、腕に自信のある人。もし、強い人を狙って拉致するとしたら、そこになんらかの意図があるように思うんですが」

「強い人か」


 とシンジがうつむく。

 ミナトはやや上を見て、


「ただ拉致するには、強い人より弱い人のほうが実行しやすい。となると、強い人を操ったり、強い人を利用して、なにか企んでいる、と考えたほうが自然に思えますね」

「兄は、なにかさせられるのかな?」


 アシュリーの疑問に、ハッキリとした否定はできない。


「今のところは、あの『ASTRAアストラ』の調査でもなにかが引き起こされている様子はない。そのなにかが起きる前に、取り戻すことを考えましょう」

「うん」

「そうだね」


 と、アシュリーとシンジがうなずいた。

 舞台上ではいよいよダブルバトル部門が始まり、サツキとミナトの出番も少しずつ近づいてきていた。

 ダブルバトル部門の試合が三つ終わったところで。

 スタッフのお姉さんが呼びに来た。


「サツキさん、ミナトさん。出番が近づいてきましたので、準備をお願いします」

「はい。いってきます」

「ではのちほど」


 サツキとミナトが立ち上がると、シンジとアシュリーも応援してくれた。


「頑張ってね!」

「応援してるね」


 シンジは二人を見送って、不意に思い出した。


「あっ、そうだ」

「どうしたの? シンジくん」


 突然声を上げるシンジを見て驚くアシュリーだが、シンジはサツキとミナトの背中を探してため息をつく。


「なんか噂が聞こえてたんだ。今日、あのコンビが参加するって」

「あのコンビ?」

「ルックスが良くて人気がすごいんだ。もちろん、見た目も良い上で強いからこその人気だよ。そんなコンビが出るのに、今日ここまで出番はなかった。もしかしたら、サツキくんとミナトくんが当たるかも」

「どんな人たちなの? サツキくんとミナトくんの強さも、わたしまだあんまりわからないけど、勝てないのかな?」


 シンジは判然としない答えしか出せない。


「わからない。二人はすごく強いから、勝てるかもしれない。でも、そのコンビ――ヒヨクとツキヒは二十九勝して負けは一度だけ。サツキくんとミナトくんが当たることになれば、苦戦は必至だと思う」




 サツキとミナトは通路までやってきた。

 この暗い通路の先には、舞台の光が輝いている。

 今行われている試合が終われば、通路を進んで二人の試合が始まるのである。

 スタッフのお姉さんが下がり、サツキとミナトは出番を待つ。


「ねえ、サツキ。作戦はどうする?」

「作戦はいらないだろ。相手を観察、分析してしっかり対処して勝ち切る。それだけだ」

「それもそうか」

「ミナトもよく考えて戦うんだぞ」

「わかってるよ」


 と答えつつ、ミナトはそれほど考えるつもりはなかった。


 ――とにかく、勝ちさえすれば文句もないよね。昨日は油断したところもあったけど、今日は圧勝してやる。


 一方のサツキは、呼吸を整えていた。緊張はない。試合に臨む上での注意点をまとめていた。


 ――これは修業。本来、実力だけならミナトの剣はどんな相手にも負けない。ミナトと息を合わせて、観察力と分析力を高めるのが目的。指揮官としての修業にもなるよう、この試合も士衛組の糧にさせてもらう。


 二人静かに待っていると、試合も終わったのがわかる。

 ミナトが言った。


「行こう。サツキ」

「うむ」

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