58 『スロウキス』

 サツキとミナトが通路から出て陽の光を浴びる。

 観客席から歓声が降ってきた。


「やってまいりました! 本日最後の試合、ヒヨク選手とツキヒ選手の対戦相手はもちろんこの二人、シングルバトル部門でも素晴らしい剣技を見せてくれたサツキ選手と、今日はまだその神速の剣を見せていないミナト選手だ! 二人の入場に、また歓声が響いているぞー!」


 舞台の階段をのぼると、対戦相手の二人はすでに待っていた。


 ――少年。それも、せいじん。俺たちと同い年くらいか。


 相手の観察をしたいところだが、簡単な紹介くらいは『司会者』クロノがしてくれることだろう。

 それに期待してクロノに視線を向ける。

 クロノはさっそく双方の紹介を始めた。


「サツキ選手とミナト選手は、あのバトルマスター・ロメオ選手とレオーネ選手ともご友人であります。それで注目している方も多いでしょう。対して、ヒヨク選手とツキヒ選手はそういったご友人もいませんが、実力で三十勝を目前のところまで勝ち上がってきたコンビです。その実績の分だけファンを獲得してきた大人気コンビだー! なんと、双方せいおうこくの出身、年も同じ、これは互いに負けられない試合になりそうだぞー!」


 ヒヨクとツキヒ、二人のどちらがヒヨクでどちらがツキヒなのかはサツキにはまだ把握できない。

 会場全体に手を振ってファンサービスしていたほうが、サツキとミナトに向き直った。


「やあ。ぼくはヒヨク。ゆうよくさ。それで、こっちがぼくの相方の壬生みぶつき。キミたちの噂は聞いてる。晴和人同士、全力でやって、いい試合にしよう」


 笑顔も爽やかで人柄のよさそうなヒヨク。

 背は一六一センチといったところ。

 隣に立つツキヒも背はそう違わず、二センチくらい低い程度だろうか。

 ツキヒはやる気もあまりなさそうで、眠たげな目を宙に向けてぼんやりしている。

 衣装は二人おそろいらしく、アイドル風である。あまり戦う服装には見えないが、見かけだけでは判断できない。


「こちらこそ。いい試合にしましょう」

「よろしくお願いします」


 ミナトが先に口を開き、サツキも挨拶しておいた。


「ほら。ツキヒも挨拶」


 相方に促され、ツキヒはぺこりと頭を下げる。


「よろしく」

「無愛想でごめんよ。さて、ぼくたちはいつでも準備オッケー。そっちはどうかな?」

「こっちも準備万端ですぜ」


 にことミナトが答え、クロノが実況を挟む。


「四人の挨拶も終わって準備もバッチリみたいだ! みんなも準備はいいかー?」


 クロノが会場に問いかけると、会場からも割れんばかりの声が返ってくる。観客も待ちきれないみたいだ。

 特に、「ヒヨクくーん!」とか「ツキヒくーん!」という黄色い声援も多く、二人の人気もよくわかる。

 昨日サツキが対戦した人気者『ジェントルフェンサー』ブリュノともいい勝負だ。二人組な分、ヒヨクとツキヒのほうが声援も大きいだろうか。


 ――アウェーだ。観客が相手側についているとしたら、ちょっとやりにくくなりそうだな。でも、関係ない。この試合も良い修業になるよう、一つずつやるべきことをやっていく。


 サツキは瞳を緋色にした。

いろがん》が発動。

 相手の魔力を可視化できるようになり、動体視力も上がって、身体の重心や魔力コントロールも把握できるようになった。

 これで相手がいつ動いてきても、全部見える。

 そのとき、ツキヒがため息をついた。


「ちょっとやりにくいな」


 つぶやき、唇に人差し指を当て、


「静かに」


 とその人差し指を黄色い声援も送るファンたちに向けた。

 完全に投げキッスである。

 すると、ファンたちは口を押さえて、目をハートにしながらバタバタと何人もが卒倒してしまっていた。


「やれやれ。こら、ツキヒ。今魔法使っちゃダメだろう?」

「だって、試合に集中したかったから」


 ヒヨクに注意され、ツキヒはけだるげに答える。


「へえ」


 ミナトは楽しそうに微笑み、サツキは思考を巡らせていた。

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