3 『舞台はアルビストナ圏に』
七月下旬のある日。
昼には食事と白馬・スペシャルの休憩をかねて、河原の前で止まった。
食後、一同は
サツキとクコとミナトは、三人で剣術の修業を開始した。
馬車の見張りを兼ねて外で修業するフウサイを除き、そのほかのメンバーは玄内に見てもらう。
基礎的な魔力トレーニングを全員で行ったあとは、各隊ごとに分かれた。特に同じ弐番隊のヒナとバンジョーには玄内がつきっきりである。
玄内の檄が飛ぶ。
「ヒナ、攻撃こそが最大の防御だってこと、覚えておけ」
甲羅を持ったカメが防御より攻撃を重んじることに、ヒナはおかしみと不満が同時に噴き出た。いたずらを思いついた子供みたな顔でぼそっとつぶやく。
「自分は甲羅しょってるくせに」
「なんか言ったか?」
ガチャっと、マスケット銃の銃口がヒナの頭に突きつけられる。
「いいえ! なんでもありません!」
「受け身以外の防御はまともに戦えるようになってから、みっちりたたき込んでやるぜ。むしろ、そこからが本番だ。防御ベースで戦えてこそ、おまえの能力は活かせるんだからな」
「ひぃ」
「バンジョーもなんだその動きは。受け身ってのはこうやって取るんだよ」
と、きれいな受け身をやってみせた。
「甲羅あんのに起き上がってンぞ! ほえー」
「あん? 甲羅がどうした?」
ガチャっと、マスケット銃の銃口が今度はバンジョーの頭に突きつけられた。
「いいえ! なんでもないっす!」
「バンジョーは受け身をあと100回。ヒナは木刀での素振り100回だ」
「はい!」
と、バンジョーとヒナの声が響き渡る。
素手で戦うバンジョーには殴る蹴る以外にも柔術を教えているが、ヒナには刀を持たせた。しかも
船の中で、玄内はヒナに逆刃刀『
それ以来、ヒナは玄内にもらった逆刃刀を常に携帯している。
海賊との戦いでは使い物にならなかったが、ラナージャでは多少使えていたらしいと玄内も報告を受けている。チナミによれば、連携攻撃によって相手に一撃食らわせたとのことである。
だが、それだけでは玄内も満足できない。
――ヒナは、やっと刀を振れるようになった。相手を傷つける可能性のある刀は、いざという時でさえ、振るのをためらわせる。そう考えて逆刃刀を持たせたが、それは斬れないゆえにダメージも小さくなることを意味する。あとは、刀を振るのと同時に使える魔法を開発することだな。
ヒナの魔法も開発中だった。一つは既に仕込んだ。それは玄内が使える魔法をヒナも使えるように体系化したものであり、それだけでは物足りない。ヒナ独自の魔法が欲しいと玄内は考えている。しかしその方向性はまだ定まっておらず、玄内も頭を悩ませているところだ。実はヒナにちょうどいいだろうという魔法をこのあとのソクラナ共和国で手に入れることになるのだが、今はとにかく基礎を叩き込んでいた。
「サツキとミナトとクコのとこに混ざっちゃだめなんですか?」
不満そうにヒナが聞いても、
「おまえはまだそのレベルにねえだろうが。もう少しマシになったら許可を出す」
と言われて、未だに許可が下りていなかった。
また。
ナズナとチナミは、それぞれの能力向上に充てている。ナズナは超音波を使いこなしつつあり、チナミは忍術の上達には目を瞠るものがあるが、扇子の操作性能を上げたい。
ルカは、《お取り寄せ》した刀剣を《
また、ナズナやチナミがその刀剣を避ける修業も行う。細やかなコントロールが苦手なルカだが、玄内が見たところ、船旅を終えラナージャを発ってからというもの、コントロールの精度が見違えるように上がった。レオーネの《
また、ケイトはたまにミナトが相手をしたり一人で幻惑魔法を磨いたり、サツキやミナトとも修業したり剣士としての練習には事欠かない様子だった。
そして、サツキとクコとミナトである。
修業のメニューだが――
サツキとクコが最初に打ち合いをやって、次にクコとミナトが打ち合い、その間サツキは瞳の魔法で観察、最後にサツキが瞳の魔法を駆使してミナトと打ち合う、といった具合に行った。
初めてサツキの魔法を聞いたミナトは楽しそうだった。
「考えてみたら、サツキの魔法については知らなかったなァ」
「話さなかったし、海賊との戦いのときはミナトもいなかったしな」
「違いない。でも、その瞳の魔法はいいねえ」
ミナトがサツキの剣を軽く受け流して、
「すごいなァ。僕の剣が捕まりそうだ」
「くっ。なぜ捉えられない」
と、サツキが悔しそうにつぶやく。
「気にすることァない。サツキは早い」
「速いのはおまえの剣のほうだろ」
「僕が言ってるのは、サツキの成長が早いって話さ。じきに捉えるだろうね。僕は僕で、修業しないとだなあ」
――捉えられないほうの剣の修業を、さ。サツキにもそのうち話さないとだね、僕の魔法《
サツキは、ぼんやりと空を見上げているミナトに、短く言った。
「もう少しやろう」
「あいよ」
実践形式の打ち合いでは、竹刀を使っている。二人は両手で竹刀を握って向かい合い、また剣の修業を再開した。
数日後。
七月最後の日。
早朝。
サツキはミナトと外で修業をしていたが、休憩に入って風景を見たとき、大きな変化を感じた。
「どうしたんだい? サツキ」
「ラナージャを出てから見てきた景色と違う」
「そうりゃあ違うだろうね」
「別の国に入ったのか?」
「入る直前って感じさ。住んでる人の服も違うと思うよ」
朝の町を行き交う人の数はまだ多くないが、その人たちの衣装はガンダス共和国で見てきたものと少し異なる。
頭を布で覆う人が多く、ゆったりとした白い服に身を包んでいる。中には目元以外全身を布で覆う人や逆に上半身は衣服もまとわない男性も見かけられた。
二人は顔を左右に顔を動かし、そうした人々を何人か眺めて、それからミナトがサツキに向き直る。
「ね」
「うむ」
「朝食は宿で出してもらったものだったけど、食文化もちょっとだけ違ってきてるよねえ」
「ナンのようなパン系のものから、米やパスタなんかが増えてきている気がする。これまでは味つけが濃い料理が多かったもんな」
――トルコ料理の影響を受けているためだろうか。
と、サツキは元いた世界に例えて考える。
地域としては、インド料理よりもトルコ料理の影響が強い食文化圏に入ってきたといえる。
「昨晩ここの宿に着いたときは暗くてわからなかったが、本当にこれまでとは違う町なんだな」
「僕は国の名前とかうろ覚えだけど、もうアルビストナ圏に入るってことはわかる」
「そのアルビストナ圏とはなんだ?」
そこに、クコがやってきた。
「アルビストナ圏とは、古い物語――すなわち説話として有名なアルビストナの物語の舞台となった地域なんです」
「クコ」
「お疲れさまです」
サツキとミナトがクコを振り返ると、クコはにこっと微笑み言った。
「盗み聞きするつもりはなかったのですが、国の名前がどうとかアルビストナ圏とはなにかと話す声が聞こえてきましたので、わたしがわかることならお話ししますよ」
「助かるよ」
「せっかくなら僕もご教授願おうかな」
少年二人の期待にはやや困惑気味に返す。
「詳しいわけではありませんから、大まかなことだけですよ。アルビストナの物語は、魔法がこの世界にない時代か、すでにあった時代か、それさえもわからないずっと昔の伝承だといいます。狭義にはソクラナ共和国からメイルパルト王国、広義にはガンダス共和国や古代宗之国もその範囲に含みます。宗之国の説話はあまりないため、ガンダス共和国までとして区切るのがそれらしいとわたしは思います。ただ、特にこのあたりで区切ると、宗教面や衣装でも同じ圏内になるからわかりやすいと藤馬川博士はおっしゃっていました」
うむ、うむとサツキは何度もうなずき話を聞き、ミナトは最後に「へえ。なるほどねえ」と納得を示した。
「あくまで空気感のお話ですから、アルビストナの匂いはガンダス共和国上陸時からあったと思いますよ」
「うむ。そうだった。俺の世界のアラビアンナイトに似てるんだ」
「お。それは気になる」
「わたしもです! サツキ様、教えてください」
今度はミナトとクコがサツキの話に興味を向けるので、サツキは頬をかいて言った。
「構わないが、うまく話せるかはわからないぞ」
現在地は、サツキの世界で言うインドを出てパキスタンを過ぎ、イランとの境界辺りに入ったくらいであろうか。
アラビアンナイトの世界の空気が色濃くなり、その世界に入り込むような感じがする。
風景の移ろいと共に時間の移ろいも感じて、サツキはアラビアンナイトについて話す途中で、ミナトに言った。
「そんなわけで、七つの海を股にかけた偉大な船乗りの話が終わったんだ。ミナト、俺はその船乗りみたいな大冒険に憧れる気持ちもある。だが、そんな冒険をするには――」
「強くならないと、だろ?」
「うむ。話してたらいてもたってもいられなくなった。やるぞ」
「そうこなくちゃ」
修業を再開する気満々の二人を見て、クコが微苦笑を浮かべる。
「しょうがないですね。わたし、お話がおもしろくてもっと聞いていたかったのですが、修業するなら付き合いますよ」
「うむ。みんなでやろう」
かくして、三人はまた剣術の修業をするのだった。
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