2 『りんと風鈴を鳴らす涼風の舞』

 せいおうこく

 武賀むがくに鹿じょう

 この城の城代として、今は『ほほみのさいしょうたかとうが留まっていた。国主である双子の兄が出かけているためである。二十三歳の若き城代は、平和に一日を書物を読みながら過ごしていた。

 十一歳になる少女、『てんしんらんまんひいさまとみさとうめが窓の外を見つめる。


「風が気持ちいいです」


 りんと風鈴が鳴った。

 涼風に目を細めて、ウメノはにこにこ笑う。


「夏ですねえ」


 ウメノは武賀ノ国と同盟関係に当たるさんえつくにの姫であり、トウリになついて押しかけるようにここまでやってきた少女だ。出かけるときも城内にいるときも、多くの時間トウリと共にいる。


「姫は夏が好きかい?」


 トウリが読んでいた本から視線を外して問う。


「はい。でも、春も好きです。桜の花をまた見に行きたいですね、トウリさま」

「そうだね」

「トウリさまはどの季節が好きですか?」

「おれも春かな」

「早く春になってほしいですね」

「ふふ。それもいい。ただ、夏も夏でいいものだ。季節が巡るように何事も巡り巡るものだから、そのときを楽しめたらいいね」

「では、夏を楽しみましょう! 姫はまたカブトムシとクワガタムシも捕りに行きたいです」


 二つの虫かごの前に座って、この前の旅で捕まえた二匹を見る。


「先日、星降ほしふりこうげんに行ったときの」

「はい。あっ……!」


 ウメノはいそいそと部屋の中を動き回り、引き出しから小箱を取り出してきた。ウメノの手と変わらない大きさのものである。


「トウリさま。この前、剣士の方を探しに出かけたときにげんないさんにいただいたこのトランプをして遊びましょう」

「あの子には会えなかったし、得た物はこれだけだったね」


 ただ、トウリとしては『万能の天才』と呼ばれる玄内に会えたことがなによりの収穫だったと思っている。その時、玄内からお土産にともらったのがこのトランプだった。


 ――玄内さんとはまたお会いしたいものだ。でも、やっぱりあの子にも会いたかったな。


 少し残念そうにつぶやいていたトウリの気持ちを察して、ウメノは明るい笑顔を見せた。


「いつか、巡りくるまでを楽しみましょう」

「はは。そうだった。では、トランプでもしようか」

「はい!」


 大きくうなずくウメノ。

 小箱からトランプを取り出して、裏面の柄を眺める。


「とってもステキな絵です」

「そうだね」

「これは鳥ですか?」

「うん」


 トランプの柄は、鳥のようだった。

 鳥といっても、普通の鳥ではない。


「火ノ鳥だよ。あるいはほうおうとも言う」

「ヒノトリは姫も聞いたことがあります」

「晴和王国ではどちらの呼び方もするけど、隣のれいへいすうの三国では鳳凰のみかな。また、似ているけど異なるとされるのが、メイルパルト王国のフェニックス」

「フェニックス?」

「ソクラナ共和国からメイルパルト王国くらいの地域――アルビストナ圏では、フェニックスの伝説が広く知られている」


 アルビストナ圏とは、サツキの元いた世界でいうアラビアンナイトの世界に当たる地域を指していた。

 トウリは続ける。


「フェニックスは、ルフとも呼ばれる。死と再生の象徴なのは、火ノ鳥とも同じだね。どちらも伝説の話だからほとんど習合されているが、イストリア王国などのルーン地方ではこのメイルパルト王国の伝説が有名で、ポイニクスの呼び方になる。またの呼び方を、不死鳥」

「途中からわからなくなってしまいました。伝説が集合するところくらいからです」


 ふふ、とトウリは笑った。


「姫には難しかったね。要するに、近年ではこれらの伝説が世界中でほとんど同じものと見なされてきているんだ。実際は、ずっと同じものだったかもしれないんだけどね」

「へえ」

「ルフは火に飛び込んで死んだあと、また復活する。そうやって永遠の時を生きるんだ。その生命は五百年に一度、死と再生の儀式をするらしい。それを花祭りと呼ぶ」

「見た人はいるのでしょうか」

「いるからルフの伝説が紡がれたのか、あくまで伝説として書かれたのか、それは今ではだれにもわからないね」

「姫は、本当にルフがいたらいいなと思います」

「そうだね」


 と、トウリは優しく微笑む。


「さあ、トランプでもやろうか」

「はい! ババ抜きがしたいです」


 小さな手でウメノがトランプの山をシャッフルして、二人はババ抜きを始めた。

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