4 『にぎやかな一時』
八月一日。
サツキはミナトに誘われ、玄内の別荘の《
午後三時を過ぎた頃。
「お疲れ様です。そろそろティーブレイクにしませんか?」
ケイトがサツキとミナトを呼びに来た。
「適度な休憩は効率を上げます」
「そうですね」
「ずっと休憩していなかったなァ」
馬車に戻ってみると、バンジョーの愛馬・スペシャルは足を止め、外にはテーブルにクロスをかけて、紅茶用の茶器セットが並んでいる。ケイトが用意しておいてくれたものらしい。
「どうぞ」
ケイトに促され、サツキとミナトが席につく。すでにクコとルカも座っており、他の仲間はまだそれぞれに過ごしているらしい。
サツキが聞いた。
「アルブレア王国の紅茶ですか?」
「ええ。ボクが淹れさせていただきます」
「紅茶かあ。僕はあんまり飲んだことがないなァ」
「美味しいですよ、ミナトさん。アルブレア王国では、紅茶が一番飲まれていますから、美味しい紅茶が多いんです」
ケイトの言葉に、クコがうなずく。
「そうですね。母は晴和の人間で緑茶を好みましたが、それでも一番いただく機会が多かったのが紅茶でした」
ルカが思い出したように言う。
「確かに、青葉家からのお土産は紅茶が多かったわね。アルブレア王国の紅茶は美味しかったから楽しみね」
「そうか。それは期待が膨らむな」
サツキが答えたとき、バンジョーとヒナが、どやどやと玄内から逃げるように遅れてやってくる。
「そろそろ休憩しねえと腕が爆発しちまうぜ」
「これ以上修行したら、騎士と戦う前に死んじゃうもんねえ」
弐番隊は馬車が停まったあと、外で修業していたようである。
急いで席に着くふたりに、玄内が低い声を響かせる。
「若いうちは、ちっとばかり無理したところで死にゃあしねえよ。少し休憩したら続きだ」
「ええぇー」
「そりゃないぜー」
肩を落としてテーブルに突っ伏すヒナとバンジョーを見て、ケイトが苦笑いを浮かべる。
「それでは、良い息抜きになるよう美味しい紅茶を淹れさせていただきますよ」
「紅茶、久しぶりかも」
とはにかむナズナに、チナミが表情を和らげる。
「そうなんだ。楽しみだね」
「うん」
全員集合したところで、ケイトがお茶を淹れる。
「さあ、ティーブレイクを始めましょう」
パフォーマンスがかった流れるような手際に、みなが歓声を上げた。
「おおー」
執事然とした優雅な所作で紅茶が用意され、最後に気取った仕草で一礼。
「では、お召し上がりくださいませ」
口をつけたミナトが「おいしい」と漏らし、サツキも同意する。
「うむ。この味は好きだ」
「それは良かったです。皆さんにボクの好きなものを知ってもらえる良い機会になりました」
ケイトが品良く微笑む。
仲間に加わったばかりで、サツキは普段からケイトと接することも多くなかったが、知らなかったケイトの一面も見られて有意義に感じられた。
「そういや、お菓子の仕込みしてたの忘れてたぜ。今日のおやつはクレープだ。味は全員チョコバナナだからな」
バンジョーがクレープを用意し、テーブルに並べる。
すると、サーベルタイガーのような獣が、バンジョーのすぐ後ろにぬらりと現れた。
サツキは目をぱちりとしばたたいて、誰にともなく問う。
「サーベルタイガー……なのか?」
この言葉で獣の存在に気付いたルカはするっとサツキを抱き寄せ、クコはハッと息をのむ。
「……」
「この子、いつの間に」
ルカは動物があまり得意ではないようで、サツキを守るためというより、この猛獣を相手に身体が硬くなってサツキにすがりついているらしかった。外から見れば頼もしい姿に見えるだろうが。
ナズナは「わあ」と驚いて倒れそうになり、チナミが黙って支えた。
隣では、「ひえぇ」とうめいたヒナが支えてもらえず背中から倒れる。ごちんと頭を打ってからヒナが涙目で叫ぶ。
「ひどいよチナミちゃーん」
ミナトはにこにことお菓子を食べている。
「いったい、なんて動物なのかな?」
この問いかけには、ケイトが優雅な表情を崩さずに答えた。
「動物というより、魔獣ですね。種族名をソードタイガー。二本の大きな牙と身体から生やしたツノが剣のように見えることからそう呼ばれています。獰猛で人さえ食べることがあるそうです」
説明を聞いたバンジョーは、ソードタイガーに向き直って身構える。
「な、なんだそりゃあ。コイツ、アブねえヤツじゃねえか」
「いやだなあ。そんなことありませんよ。可愛い目をしてるじゃないですか。ねえ?」
と、ミナトはソードタイガーを喉元をなでる。
「くぅ~」
「あはは。気持ちぃの? うん、気持ちいいねえ」
ミナトがソードタイガーを甘やかすのを、ほかのみんなは呆然と見つめるばかりだった。余裕そうにしていたケイトでさえ、ミナトの猫可愛がりには驚きを隠せず、おずおずと問うた。
「大丈夫なのですか?」
「この子、ちょっとお腹が空いていたみたいですね。なんだか寂しげにバンジョーさんのつくられるお菓子を見ていたから」
「だったら余計に危ないじゃないか」
サツキがジト目でぼやいた。
「食べたかったんだよねえ? うん、そうなの。やっぱりお腹が空いてたか、キミは」
こちょこちょと喉をなで回すミナトに、バンジョーが胸を張って、
「ったく。おまえ、食いてえなら食いてえって言えよな! オレがおまえの分もつくってやるぜ! な! まずはオレの分を食ってろ! な!」
「わーい、て言ってますよ」
と、ミナトがソードタイガーの前足を取って手を上げるようにした。
バンジョーは早速クレープ生地を焼き始めた。
ミナトはバンジョーのクレープをソードタイガーに食べさせてやっていた。
ヒナがチナミとナズナを後ろから抱きしめるようにして身を隠しつつ聞いた。
「でも、ミナトはなんでこんな魔獣が平気なのよ? あんたって野生児?」
「いやあ。可愛い動物が好きなんだよねえ。僕はずっと
あはは、とミナトが笑うのをヒナが苦い顔で見やり、
「山には慣れてるあたしやチナミちゃんでさえこういうのは気をつけるってのに」
と呆れた。
「まあ、ヒナさんも動物が苦手ではないんです。いっしょに遊びましょう。慣れたら可愛いじゃありませんか」
チナミがミナトといっしょになってふれあい、クコもソードタイガーを可愛がっていた。やっと落ち着いたルカはサツキから離れて、ナズナはまだ怖いのかサツキの横にちょこんと座った。
「おう! できたぜ! オレの分と合わせて二つ作った。こいつはおかわりだ」
クレープを作り上げたバンジョーが、右手でクレープを持ち、ずいっとソードタイガーの口元に近づいた。
「食え! チョコバナナ好きか?」
「……」
「な!」
「ガウッ」
がぶり、と。
ソードタイガーはバンジョーの手首ごとクレープに噛み付いた。
「うおおおお痛ええ! なにすんだてめえぇ!」
バンジョーは慌てて手を引き抜き、のたうち回っている。それを見てミナトが笑っている。
そんなバンジョーを眺めるルカが、戸惑いつつも不思議そうにつぶやいた。
「よく痛いで済むものね」
「うむ。無事で良かったが……」
幸い、大きいほうの牙はバンジョーの手首に刺さっていない。もしかしたらソードタイガーには食いちぎる力がないのかもしれないと思うサツキだったが、
「バンジョーの奴は、大量の魔力で咄嗟に肉体強化したんだ。魔力を必要な部位に、本能的に移動させてんだろうな。けど、あいつが丈夫であることには変わりねえ。血も出てないのにはまったく驚いたもんだぜ。おまえらは間違っても噛まれないようにしろ」
玄内が冷静な解説を入れた。
ソードタイガーとじゃれている面々は、ソードタイガーがバンジョーの手を甘噛みしたくらいにしか思わなかったようだった。本気で痛がっているバンジョーを見ても楽しそうに笑っている。
ヒナはため息をつきつき、肩をすくめた。
「全然怪我してないじゃない。大げさなんだから。しょうがないわねえ。今まで何匹もの恐竜を飼い慣らしたあたしがその腕を見せてあげるわ」
こうしてヒナもソードタイガーとたわむれ始め、その光景を眺めていたサツキにケイトが微笑みかけた。
「局長はいかがです?」
「俺はやめておきます。ミナトはやっぱり変なやつだ」
「そこがミナトさんの魅力の奥深さです。ミナトさんの笑顔はいつも透き通った水のようではありませんか」
そう言って笑うケイトにつられて、サツキも笑みをこぼした。
「ところで、次はどの街に行きますか?」
「大きな都市ということになると、バミアドといったか」
と、サツキがルカを見る。
「ええ。ソクラナ共和国の首都、『
「なるほど。港町アルバスは海上における交易都市ですが、すぐ西側の砂漠は魔獣も多く交通には適していませんからね」
ケイトがそう言うと、サツキはうなずいた。
「経路としては最速になります。リラとの再会は、少しでも早いほうがいい」
そうですね、とケイトが執事然と答える。
「海路を取るならソクラナ共和国にも立ち寄らずに行けるのですが、陸路ならバミアド経由がメイルパルト王国へは近道です」
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