5 『時空の怪鳥にまみえ』

 八月二日。

 アルブレア王国第二王女、『画工の乙姫イラストレーターあおは船の上にいた。

 姉のクコと出会うべく、アルブレア王国の城を旅立ってからは知り合った友人の魔法によって晴和王国までワープし、その後はすれ違いながらも西へと向かっていた。

 晴和王国の港町・浦浜で出会った二人組の青年とは、今も旅が続いている。『たいようわたりきみよしと『おんぞうとおる。彼らとの西遊譚を経てラナージャに到着後、『ふなり』シャハルバードという商人に出会った。

 シャハルバードには三人の仲間がいて、現在は七人がシャハルバードの商船に乗って旅をしている。

 目的地は、メイルパルト王国。

 海路を取るためまっすぐにメイルパルト王国にも行ける。メイルパルト王国はラドリア大陸の北東に位置し、サツキの世界でいえばちょうどエジプトのあたりになるからだ。

 リラは夕日にきらめく海を見つめる。


「キミヨシさんとトオルさんとはもっと長く旅をしたかったです」

「仕方ないだなもよ」


 残念がるリラを、キミヨシがなぐさめた。

 共に今年二十歳になったキミヨシとトオルは、同じくアルブレア王国へ向かうということで行動を共にしていたのだが、リラはメイルパルト王国へ寄り道して調べることがあり、留学を目的としたキミヨシとトオルは先に行くことになる。

 キミヨシとトオルとの旅も終わろうとしていた。あと十日も旅を共にすれば、別れの時になる。


「オレとキミヨシはサリヤ共和国で別れる。同じくアルブレア王国を目指す旅だからいっしょにいてもいいんだが、シャハルバードさんたちがついてくれるなら安心ってもんだしな」

「一応、なるべくなら留学時の下宿先には早い到着がいいだなも。リラちゃんはお姉さんと会えるといいだなもね」


 トオルとキミヨシが励ましてくれるが、ナディラザードが呆れたように、


「なにちょっと湿っぽくなってるのよ、まだ先でしょ。それより、早くご飯食べちゃいましょう」


 と話題を変えるように言った。


「やったー! おいらお腹減ったよ」


 アリがお腹をさすり、キミヨシもマネしてお腹をさする。


「そうだなもね」


 夕食のあと、船は星空の下を走り続ける。

 だが、この日、船を襲う者があった。

 それは人ではない。

 鳥だった。

 リラは最初、こちらに向かって鳥が飛んで来ているのがわかっても、なんとも思わなかった。

 ただ遠くの空で鳥が飛んでいるように見えた。

 しかし、どんどん近づく鳥が、とてつもなく巨大なことに気づく。

 シャハルバードが叫ぶ。


「みんな、気をつけろ!」

「この近海でたまに姿を見せるというルクちょうじゃないですか?」


 クリフがシャハルバードに聞くが、


「わからない。だが、可能性はある。キミヨシくんとトオルくんとリラくんは船内に隠れて。ナディラザード、みんなの避難を」


 すぐにナディラザードに指示を出した。


「わかったわ」

「オレとシャハルバードさんでなんとか追い払う!」


 腰から短剣を抜く元暗殺者アサシンクリフ。

 アリは驚くやら目を輝かせるやら怖がるやら、自分でもどんな感情なのかわかっていない様子で、


「うわあ! すごいや! おいら初めて見たよ! ルク鳥だって! 人をさらうっていうルク鳥じゃないか! どうしようシャハルバードさん!」

「おまえも下がってろ。船内に逃げるんだ」


 そう言われても、アリはまだ巨大な怪鳥に心奪われるように見上げている。

 船内へと誘導しようとするナディラザードに、キミヨシが問うた。


「ルク鳥ってなんだなも?」

「この辺りに出没するっていう巨大な鳥よ。またの名を、『くうかいちょう』。アルビストナ圏にはルク鳥に襲われたっていう人の話がたまにあるの」

「そういや、聞いたことがある。普段はどこを探しても見つけることはできないが、なんの前触れもなく突如として旅人の前に出現する。このことから、時空の狭間に住むとされている。ゆえに、『時空の怪鳥』と呼ばれるようになった。と」


 トオルがルク鳥についての知識を話していると。

 ルク鳥はマストを攻撃してきた。

 鋭い爪がマストを引き裂く。

 リラはこの鳥を見て、つぶやいた。


「なんだか、苦しそう……」

「は?」


 トオルがその声を拾うが、キミヨシは前に出て行って声を張り上げた。


「やあやあやあ! 我が輩たちも戦うだなも! お世話になっておいて見過ごせないだなも!」

「悪いね、キミヨシくん」


 シャハルバードもキミヨシのことは信頼している。キミヨシ、トオル、リラを船内に誘導しようとしていたナディラザードも、兄・シャハルバードといっしょに立ち向かってくれる三人に感謝した。


「ありがとう。みんな」

「いいえ。ただ、わたしは……」

「リラ?」


 じっとルク鳥を見つめるリラ。

 キミヨシは大声でルク鳥にしゃべりかける。


「さあさあ立ち去ってもらいたいだなも! この船にはなにもないだなもよ」


 声の大きさはキミヨシの自慢で、今までもこの大声で魔獣の類いもひるませたり追い払えたりしたこともあったが、この鳥はびくともしない。

 黒ずんだ身体のルク鳥は、体長が五メートルはあろうかという大きさで、鷲によく似ている。尾が長いのが特徴的だった。

 鳥が魔獣化したのだろうか。魔獣化によってたまに大きく育つ生物もあるが、リラはかつてここまで大きな鳥を見たことは無かった。

 昔話に聞いた、翼竜のようにも見える。


「あの鳥は、危害を加えようとしているわけじゃないと思うんです。でも……なんて言っていいか……」

「て言っても、マストも折られてる。このままじゃヤバイのも事実だ」


 と、トオルがこの状況でも冷静にルク鳥を仰ぎ見る。

 トオルとしては、前線に立って戦おうとするキミヨシのことは、危なくなったら助け、可能な限りリラの護衛をしようと思っていた。

 船が襲われ出してから、ものの数分、マストも折られたところで、ルク鳥が滑空してきた。

 シャハルバードへ一直線に向かってゆく。


「七つの海を股に掛け、幾多の困難も乗り越えてきたこの『ふなり』シャハルバード! 受けて立とう!」


 剣を振るおうとして、その動きが止まる。

 襲い来るルク鳥を正面に見て、シャハルバードはぐっと口を引き結んだ。


 ――なんだ?


 トオルがシャハルバードの様子のおかしさに引っかかる。

 だが、シャハルバードはそのままルク鳥の爪につかまれて、連れ去られてしまった。

 ナディラザードとクリフが叫ぶ。


「兄さん!」

「シャハルバードさん!」

「うわああ!」


 アリも慌てて船内を走るが、すぐに船の端に来て追いかけられなくなる。

 トオルがこんな状況でも冷静に言った。


「キミヨシ、追いかけるしかねえ!」

「わかってるだなも!」


 どうやって? とみなが思ってキミヨシを見ると、空に向かってキミヨシが大声を張り上げる。


「きーんとんううううううーん!」


 叫ぶ声が伸びて、キミヨシが息をついたときには、頭上に黄色い雲が飛んで来ていた。


「やあやあやあ! よく来てくれただなもね」


 雲を撫でるキミヨシを見て、夢見る少年アリが憧れの眼差しで聞いた。


「すごいや! なんだいこれは」

「《きんとんうん》だなもよ。とある偉い法師様にもらった物で、本当はだれにも見せたくなかったけど、お世話になってるシャハルバードさんのため! 我が輩、ちょっと物見に行ってくるだなも!」


 ひょいっと《きんとん雲》に飛び乗り、キミヨシは船のみんなに声をかける。


「とにかく、ルク鳥が飛んで行ったあっちに向かって船を走らせるだなも。我が輩、場所を突き止めたらまた戻ってくるだなも。トオル、頼むだなもよ」

「ああ。行ってこい」


 うんとキミヨシがうなずくと。

 びゅーんと《きんとん雲》は飛んでゆく。

 トオルは船のみんなに言った。


「あいつは丈夫なやつだから多少のことなら大丈夫だ。怪我してもオレがなんとかしてやる。まずはルク鳥が飛んで行ったあの方角に向かおう」

「そうだな。行こう。シャハルバードさんが待ってる」


 クリフが答えて、船は進路を変える。

 リラがつぶやいた。


「この方角は、ソクラナ共和国でしょうか」

「だな。港町アルバスが、ひとまずの目的地だ」


 隣に並んでそう言ったあと、トオルはすぐに背を向けた。


「リラ。おまえに今できることはねえ。まずは休んでおけ」

「でも……」

「今考えても仕方ねえこともある。それに、明日以降、過酷な旅になる可能性もあるだろ」

「わかりました」


 トオルは悲観的な観測をしやすい。だからこれも、その癖が出ただけだろう。ただ、リラにはそれがトオルの優しさで言ってくれたことだと思えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る