6 『えてして枯れ尾花』
同じく八月二日。
サツキたち士衛組を乗せた馬車は夕暮れの道を走っていた。
修業の日々は続く。
森を抜けて、小さな宿屋にたどり着いた。
空は、もう陽が傾いて不安そうな藍色が広がる。
宿屋に入る。
この宿屋のご主人は、まるで観光名所を自慢するように言った。
「このあたりにはおばけが出るんだよ。目撃情報も多いんだ。なんでも、布をかぶった人間みたいなんだけど、足がなくて浮いてるそうだ」
ナズナは、つい隣にいたサツキの腰に腕を回して怖がる。
それに気づいたヒナが、思い出したようにニヤリとして、
「晴和王国には、
と、いたずらっぽくナズナに言った。
「ぅ」
本気で怖がりいっそう強くサツキに抱きつくナズナを見て、ヒナは優しく笑いかける。
「似てるのは本当だけど、おばけなんて迷信だよ。大丈夫だって。ナズナちゃん」
「で、でも……」
「大丈夫」
チナミにも大丈夫と言われ、クコは太陽のような明るい笑顔で、
「そうです。もし寝る前に怖くなったら、わたしのお布団に来てください。いっしょに寝ましょう」
「う、うん」
幼い頃から姉のように慕っているクコにそう言われて、ナズナは一旦、安堵したのだった。
その晩、ナズナは目を覚ました。
「リラちゃん!」
夢をだと気づき、時計を探して時間を確認する。
丑三つ時。
草木も眠るこの時間、あたりはしんと静まりかえっている。
ナズナは、怖い夢を見た。
――リラちゃんが、大きな鳥におそわれてた……でも、ただの夢……。大丈夫だと思うけど……。おばけ、怖い……。
おばけが出てくる夢だった。厳密に言えばおばけではなく妖怪や怪物のような存在だった。それが影のように真っ黒な姿でリラに襲いかかってきたのである。
寝るまでは大丈夫だったのに、夢でそれを見てしまうと、もう眠れなくなってしまう。
――ク、クコちゃんの……お布団に……行こう、かな。
妙に不安になってしまっていた。
こんなに暗いから、本当は部屋を出るのも足がすくみそうだった。それでも、ナズナは夕方のクコの言葉を思い出して、部屋を訪れる。
ノックをする。
だが、出る気配がない。
この日、ナズナにとっては不幸なことに、部屋は全員がバラバラだった。小さな部屋だから一人一部屋になっている宿なのである。
各部屋には鍵がついており、就寝時には、みなが鍵をかける。
そのため、ナズナはドア越しに呼びかけた。
「クコ、ちゃんっ……」
返事がない。
部屋の中では、クコは幸せそうな顔をして眠っている。出ないのも当然である。
仕方なく、ナズナは親友チナミの部屋に足を向けた。
チナミならば、と期待していたが、またしても返事がなかった。ここ数日、チナミはフウサイから忍者の体術や忍術を学んでいるため、疲労が溜まっていて、ぐっすり眠っていた。
――疲れてたもんね……。
ここで、ナズナの選択肢は二つしかない。
よくいっしょに遊ぶヒナか、近くいると安心できるサツキか。
普段なら、ヒナのところに行くことも考えられた。しかし、このときばかりはそうはいかない。ヒナが一反木綿の話をしたからおばけや怪物が夢にまで出てきてしまったのである。
ナズナは意を決して、サツキの部屋のドアをノックする。
――これで、ダメだったら……。
どうしよう。
そう思ってぎゅっと目を閉じる。
すると、ドア越しに声が返ってきた。
「だれかね?」
サツキの声を聞いた途端、ナズナはもう安心してしまった。
「な、なじゅ、ナズナ、です」
ちょっと噛んでしまったが、サツキは数秒でドアを開けてくれた。
「ナズナか。どうした?」
聞かれて、ついサツキに抱きつく。
「怖い夢でも見たのか?」
「……は、はい」
サツキは小さく笑った。
「おばけの話など聞かされたからな。仕方ないさ」
もうこれは、ひとりでは眠れないだろうな、とサツキにはわかった。
ナズナの頭に手をやり、
「部屋に入りなさい。眠るまで、起きてついていてあげるから」
と、なるべく優しく言った。
こくりとうなずき、ナズナが部屋に入る。机を見れば、さっきまで勉強していたのか本とノートがあった。
――こんなにずっとがんばってて、大丈夫かな……?
サツキがドアを閉めて、布団に腰を下ろした。ナズナもその隣に座る。勉強の邪魔をしちゃ悪いと思ったが、それも言い出せない。
――きっと、心配して聞いても、「大丈夫」って……言うよね。強がらせるだけ、だね。サツキさん、本当はみんなが思ってるほど、強くないって……わたし、知ってるよ。だから、なにも言えないの……。
考え過ぎてしゃべれなくなるときが、よくある。回るのは頭ばかりで、口は回ってくれないのだ。
自分の不安も忘れてサツキのことを考えていることに、ナズナ自身も気づいていなかった。
どんな夢を見たのか、サツキは聞かない。代わりに、なぜだか懐かしむ調子で言った。
「一反木綿というのは、俺のいた世界でもあった作り話だ」
「サツキさんの、世界でも……?」
「うむ。妖怪に分類されていた。おばけも妖怪も似たようなものだが、日本……つまり、晴和王国特有の伝承であったんだよ」
「……妖怪」
全然怖がらないで、むしろ少し楽しげなサツキが、ナズナには不思議だった。だが、その理由もすぐにわかる。
「アニメというのがあってな」
「動く、絵の……」
「そう。それで、妖怪が出てくるアニメは結構あって、有名な妖怪アニメでも登場していた。そこでは主人公の味方だったり、シリーズで特徴も異なっているんだ」
と、サツキは妖怪アニメを子供向けアニメの親しみやすい物語として話して聞かせて、ノートに絵も描いてやった。また、ナズナがアニメそのものにも興味を持ったため、別のアニメの話もしてやった。
それがおもしろくて、ナズナは夢中で聞いていた。
「なんだか……夢の、世界みたいです」
アニメの設定や世界観、特別な力など、ナズナには夢のものに思えた。
「そうだな。でも、俺からすれば、この世界だって夢のようだ。ナズナの魔法だってすごい」
「そう、ですか?」
「うむ。俺のいた世界の人がみんな願うこと。それは、空を飛ぶことだ。機械ではなく、生身の身体で。俺がこの世界を俯瞰的に知ったとして、みんなの魔法も知ったなら、俺も空が飛んでみたいと願ったと思う。たぶん、人類最大の願いだ」
サツキがそう言うと、ナズナは小さな手を握る。
「じゃ、じゃあ。約束、です」
「約束?」
「……はい。わたしが、サツキさんを抱えて……飛びます。いっしょに、空を飛びましょう」
ナズナは意気込む。
――いつか、できるように。がんばるぞ!
サツキはうなずく。
「ああ。約束だ。楽しみにしてる」
「は、はい……!」
それから、またナズナにせがまれ、サツキはアニメの話をしてやった。あまり長い時間でもなかった。が、
「……そして、そのとき――て、眠ったか」
ナズナは眠ってしまった。
遅い時間だから無理もない。気持ちのよさそうな寝顔である。
いつの間にかしっかりとサツキの手を握ったまま離さない。サツキの手を握ったら安心してきたらしい。
その手を離すのも忍びなく、サツキはそのまま寝ることにした。
「今度は、いい夢が見られるといいな。おやすみ」
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