7 『花祭りの伝説』

 巨大な鳥、『くうかいちょう』ルクちょうに連れ去られたシャハルバード。

 それを追って、キミヨシは《きんとんうん》に乗り飛んでいた。

 額に手をやり、遠くを見るポーズをとる。


「この《きんとんうん》もだいぶ速く飛べるが、あの鳥も相当だなも。だが、おそらくせんしょうさまにもらったこの雲のほうが……ん? あれは、もしやだなも?」


《きんとん雲》は、思いのまま自在に空を飛べる。

 おそらくそうだろうという影に向かって一直線に飛んで行った。




 シャハルバードは、ルク鳥に連れられて、火山の近くに来ていた。

 火山の脇の谷であり、割れ目噴火を起こしているような、溶岩が流れている場所だった。

 ルク鳥はシャハルバードを下ろすと、


「ぎゃう」


 と鳴いて空を旋回し、溶岩が流れる噴火口に飛び込んで行った。


「まさか!」


 噴火口に溶け込むように姿を消したルク鳥。

 その光景をしばらく眺めていたシャハルバードだったが、実はそれもほんのわずかな時間であったらしい。

 なぜか、空から黄色い雲が飛んできた。

 雲の上にはキミヨシが乗っている。


「キミヨシくん!?」

「やあやあやあ! 我が輩、シャハルバードさんを追いかけてここまでやって来ただなも!」


 猿のような身軽さでシュタっと地面に飛び降りるキミヨシだが、周囲を見て疑問を口にした。


「おや? ルク鳥はどこだなも?」

「この噴火口に飛び込んで行ったよ」

「だなも!?」

「ああ」

「うきゃきゃ、これはシャハルバードさんの威光のなせる技だなも?」

「いいや、違うさ。キミヨシくん、みんなは?」

「心配御無用! みんなはこの方角へ向けて船を回しているだなも。この調子だと、早ければ明日の朝にでも港町アルバスに到着するだなもよ」

「ならば、少しだけ話を聞いてくれるかい? あの鳥に関する伝説を」

「もちろんだなも。みんなのところへ戻るのはそのあとで」


 シャハルバードはうなずくと、この地方の伝説について語り始めた。


「ワタシは、火に飛び込むあの鳥を見て、あれがフェニックスであったと確信した」

「だなも?」

「フェニックス。キミヨシくんたち東洋では、ほうおうともいわれる鳥だね。厳密には、フェニックスと鳳凰は違うらしい。晴和王国の火ノ鳥は鳳凰と同じものであの一帯の空を飛ぶというが、フェニックスはこのアルビストナ圏の空を飛ぶ。本当に別のものかはわからないし、鳳凰もフェニックスも同じかもしれない。ただ、フェニックスはこちらではルフとも呼ばれる」

「ルフだなもか」


 アラビアンナイトの世界に相当する一帯は、アルビストナ圏と呼ばれている。その圏内では魔法の絨毯や魔人の存在など、特有の伝説が残っているのである。

 シャハルバードは言った。


「やっとわかった。ルク鳥は、人さらいの伝説もあるが、これこそがルフだったんだ。ルフの音がなまってルクとなり、ルク鳥と呼ばれた。ルフは死と再生を繰り返す、永遠の命を持つ鳥だというのは知ってるよね?」

「火ノ鳥とそこは同じだなもね」

「そう。伝説だから別物のように語られているけど、それらは同じだったのさ。世界中すべての空を飛ぶから、各地で見た人によってその性格が少し変わって伝えられただけだった」

「なるほどだなもね」

「また、ルク鳥が『時空の怪鳥』と呼ばれたのも、火ノ鳥と同じく時代を超えて生き続ける特徴からだったんじゃないかと思うんだ」

「確かに、一理あるだなも」


 トオル曰く、一般的にルク鳥は時空の狭間に住み、突如として旅人の前に出現する。そのため『時空の怪鳥』と呼ばれたとのことである。

 だが、ルク鳥が火ノ鳥と同じ存在であるならば、元々は時空を司る鳥であったことが由来と考えたほうが自然である。


「となると、これは……」

「そうだね。時空を象徴する、死と再生の儀式」

「輪廻転生」

「鳳凰なんかがどう伝えられたかはわからないが、ルフは死と再生をする姿を人には見せないと言われているんだ。しかし、ルフが認めた人間には、その姿を見せることがあるらしい。ルフによる死と再生の儀式、それは『はなまつり』と呼ばれる」

「それならトチカ文明でも聞いたことがあるだなも」

「花祭りは五百年に一度。詳しいことは明確にはわからない。ただ、花祭りを見た者はこの世の富と名声を手に入れるという言い伝えが伝説として語られるのみだ。だから、ワタシはこれらのことから推論を立てた」

「なんだなも?」

「ルフは、自分が認めた人間を連れ去り、その人間に自らの死と再生の儀式を見せる。花祭りに呼ばれ連れ去られたところだけを見た人が、それをルク鳥の仕業だと噂した」

「でも、ルフなら炎をまとった鳥の伝説だなもよ?」

「それがこのルク鳥の誤解されたところなんだ。黒ずんだ身体は、死を迎える寸前の姿だった。そのためにルフが別の鳥だと認識されてしまった」

「なるほど、それならありそうな話だなも」

「ワタシはルフに捕らえられる直前、目が合った。なにかを訴えるような目をしていた。素直につかまろうと思えた。だから魔法も使わなかった。飛んでいる間も、芳香があった。花のような芳香がね。それはルフの特徴でもあるし、そうじゃないかと思っていたら、やはり火山地帯に連れて来られた」

「そして、ルフの死を見て確信したんだなもね。祝着至極、おめでとうございますだなも」

「いや、明日の朝、本当に再生を見てから結論を出そうとは思ってる。でも、確信はあるんだ」

「ではでは、我が輩はこのことをみんなに伝えてくるだなもよ」

「手間をかけるね。頼むよ」

「そして、明日の朝にここに来て、いっしょにルフの再生を見たいだなも」

「花祭りに参加できるのは一人だけという話もない。そうするといい」

「あいにく、我が輩の《きんとんうん》には三人乗るのもギリギリ。しかも心の綺麗な者しか乗れないときてる。みんなも連れて来たいが、ちょっと厳しいだなも。もしかしたら、シャハルバードさんも帰りに乗せてあげられるかどうか」

「あははっ」


 シャハルバードはおかしそうに笑った。


「ワタシには《風船カザフネ》がある。風に乗れる魔法がね。もし風が吹いてなければ、そのときは歩いて帰るさ」

「わかっただなも。じゃあ今日はおやすみなさい。さらばだなも」

「おやすみ、キミヨシくん。みんなによろしくね」


 キミヨシはまた《きんとんうん》に飛び乗り、南へ飛んで行った。

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