34 『トゥインクルファウンテン』
サツキとヒナがやってきたのは、噴水広場だった。
ビナーレ噴水広場という名称で親しまれる場所で、観光地にもなっていた。
そこに、『
サツキのいた世界にある、トレヴィの泉のようなもので、言い伝えもある。
「ばーん」
ヒナは大仰に手で泉を指し示した。
「この『星屑ノ鏡』に背を向けてコインを投げ入れるの。そして、手を合わせてお願い事を心の中で三回祈る。そうすると、その願い事が叶うんだって」
「へえ」
ヒナの説明を聞いて、
――なるほど、やはりトレヴィの泉に似てると思った。
どこかに伝承が残り、それが引き継がれてその過程で少し話が変わり、今日に続いているのだろう。この世界にはそういった文化の継承がよく見られる。もっとも、サツキのいた世界と時間的地続きになっていればだが。
未だ、サツキは今いるこの世界がまったくの異世界である可能性も捨てていない。
いずれにしても、今考えることではない。
サツキは今気になっていることを聞いた。
「『星屑ノ鏡』って、どうしてそう呼ばれているんだろうな」
「それはね、噴水にもなっているけど、この泉の底にはコインが光ってるでしょ? それが星屑のように見えるからなのよ」
と、ヒナが楽しそうに教えてくれた。
「ふむ。それはいいな」
「ねっ」
楽しげにヒナが共感を示し、サツキの手を引いた。
「ほら。あたしたちも行こう!」
「ああ」
はしゃぐヒナを見て小さく苦笑し、手を引かれるままサツキも走った。
二人、コインを手に握る。
「ほかにもやってる人たちがいるね」
「だな」
「サツキ、願い事は決まった?」
ヒナはまつげをあげ、サツキの横顔をうかがう。ほんのり頬を朱に染めて、回答を待つ。果たしてサツキは言った。
「うむ。とっくに決まってる」
「そっか」
気になるが、それを聞くヒナではない。あとは投げるのみである。
「じゃあ、投げるぞ」
「うん」
『星屑ノ鏡』を背に、そろって後ろにコインを投げた。
コインは放物線を描き、ぽちゃん、と音を立てて、二枚のコインは同時に水面に入り、底へと沈んでゆく。
サツキとヒナは目をつむり、手を合わせ、お願い事を三回祈る。
言い伝えのこの作法をこなし、サツキは顔を上げた。
「……」
隣のヒナは、まだ祈っている。
ヒナは真剣に祈る。
――サツキともっと仲良くなれますように。で、でも、仲良くって言っても、そんな変な意味じゃないし。うん。あと二回。サツキともっと仲良くなれますように。サツキともっと仲良くなれますように。
やがて祈りも終わり、ヒナがまぶたを上げると、サツキが言った。
「さて。行くか」
このままここにいてもほかの観光客の邪魔になる。だから早々に立ち去ろうとするサツキだが、ヒナは呼び止めた。
「ね、ねえ。サツキは、なにを祈ったの?」
「だれかに話してもいいものなのか?」
「さあ。でも、決まってないなら問題ない……かも」
「判然としないな。ただ、祈ったことはヒナと同じだぞ」
当たり前のようにそう言われて、ヒナはドキンと心臓が跳ね上がった。顔も瞬く間に赤くなる。
――そっ、それって、サツキもそうだったの!?
ヒナの心拍はこれまで感じたことないほどに高まっていた。
「え、そう……なの?」
チラチラとサツキを見て、恥ずかしそうにヒナは聞いた。
サツキは平然とうなずく。
「当然な。こうやっていっしょに来て、ほかに今、祈ることなんてあるか?」
ハッキリ堂々と言ってのけるサツキ。逆に聞き返されて、ヒナはその短めの髪を指先でいじりながら、
「だ、だよね。ふ、二人で、いるんだもんね」
うむ、とサツキは再びうなずいた。
「もう決戦の日も近い。いくら俺たち自身が完璧に立証したと思っていても、不安もあるからな。祈りたくもなるさ」
「サツキもそうなんだね。あたしも不安はあったんだけど……ん? 決戦の日? 立証? て、ああ……」
と、サツキが祈った願い事というのがどのようなものか、ヒナは理解した。
普段は無愛想な少年だが、サツキは柔らかく微笑みかけた。
「二人で祈ったんだ。きっと、四日後は浮橋教授と手を取り合って喜んでる」
「ぷっ」
ヒナは思わず噴き出す。
サツキがなにを祈ったのか理解した瞬間、落胆もしたが、サツキの言葉を聞いてその顔を見ると、なんだか笑いがこみ上げた。ただこれも、どこか温かい妙な笑いで、
――あたし勘違いしてたみたいだけど、でも……サツキは、どっちにしても、あたしのために祈っていてくれたんだよね。超がつくほど真面目なサツキらしいっ。
そう思うと余計に笑みがこぼれてくる。
「どうした? おもしろいことでもあったのかね」
不思議そうな顔でサツキに聞かれて、ヒナは首を横に振る。
「ううん。なんでもっ」
「おかしなヒナだな」
サツキもくっと笑って、ヒナもふふっと笑う。
――あのときあたしは、すごい引力で引き寄せられた。サツキはどこまでもあたしの心に入ってきて、あたしの心を透かして見てる。それなのに、いつまでもこの距離が縮まない。あたし、衛星みたい。ヘンなの。
でも、そんな今も大事にしたかった。
「じゃあ行こう、サツキ」
「うむ。そろそろお昼だ。みんな待ってる」
こうして少し温かい気持ちでサツキと並んで帰る道を楽しみ、ヒナの短いデートは、あっという間に終わったのだった。
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