33 『インテグラルモーニング』

 翌日。

 サツキはミナトと朝から修業して、そのあと朝食に向かった。


「マノーラの朝食ってどんなだろうね」

「俺のいた世界のローマでは、クロワッサンが定番だって聞いたことがある。カプチーノとかも飲むらしい」

「へえ。いいねえ」

「そういえば、ミナトはコーヒーってどうなんだ? いつも緑茶の印象なのだが」

「コーヒーも好きだよ。ただ、緑茶はせいの心だからねえ」

「その気持ちはわかる。俺も一日に一度は緑茶を飲まないと落ち着かない」

「おや? いい香りが」


 おいしそうな匂いに誘われて大広間にやってくると、朝食が用意されていた。

 大広間は、昨晩の夕食をいただいたのと同じ場所である。

 ヴァレンは忙しいらしく、ルーチェ共々この席にはいなかった。

 いるのは士衛組の十一人とアキとエミ、それからヴァレンとルーチェを除いた城館に住んでいる五人である。

「おはようございます」とサツキとミナトは声をそろえてみんなに挨拶して、近くにいたグラートにミナトが問うた。


「朝ごはん、おいしそうですね。パンですか?」

「マリトッツォです。パンにクリームを挟んだものになります」

「クリームも好きだなァ」


 メニューは、パンにクリームを挟んだマリトッツォという軽食で、肉類を挟むパニーノとは違って甘いのが特徴である。サツキもマリトッツォは知っていたが、食べたことはなかった。

 飲み物はカプチーノらしい。


「カプチーノもいい香りですね」

「クロワッサンとかって食べるんですか?」


 ミナトが尋ねると、グラートはにこりと微笑む。


「そうですね。もっともよく食べられます。今朝は、昨晩バンジョーさんに作り方を教えていた際のマリトッツォがたくさんあって、それをみなさんに消化していただこうかと思いまして」

「なるほど。バンジョーの旦那は加減を知らないんですよ」


 と、ミナトが透き通るように笑った。ついグラートもおかしくて笑ってしまう。あははと笑って、「勉強熱心で素晴らしいことです」と楽しそうだった。

 サツキはミナトに言った。


「じゃあ、おかわりはたくさんしてもよさそうだ。しっかり食べて、体力をつけよう」

「うん。今日もいっぱい頑張れるようにね」


 朝の修業で動いてきたから、サツキとミナトはつい何個も食べてしまった。おいしかったのもある。クリームはたっぷりだが、爽やかで優しく、重たくないのである。作ったグラートとバンジョーはうれしそうだった。

 食事を終えると、さっそくレオーネに潜在能力の解放をしてもらった。魔法、《発掘魔鎚ポテンシャルハンマー》によって能力の階段を一段のぼってさらに一段上限を加えられたのである。

 その後すぐ、サツキはヒナと玄内の二人と出かけた。

 浮橋教授と相談するために。




 サツキとヒナと玄内は、浮橋教授の部屋に赴いた。

 そこで、三人で考えた地動説の証明について話す。


「うん、すごい。確かにこれなら証明できたことになる……!」


 感嘆する浮橋教授。

 玄内は自身がつくった装置をしまいながら、


「これをつくったのはおれだが、それは確認でしかない。昨日も言ったが、今回の件は、ほとんどこのサツキの手柄だと思ってくれ」

「そうでしたか。サツキくん、キミがヒナの隣にいてくれてよかった。ありがとうございます」


 サツキは謙遜する。


「俺も、ヒナや先生がいなかったら考えられませんでした。むしろ、ヒントになるかもしれないことを提示した程度で」

「そうよ、お父さん。あ、あたしの隣にいてよかったとか、変な誤解されるでしょ。いっしょにやるって約束したんだから、あたしの横にサツキがいるのは当然なのよ」


 ヒナは腕組みして顔をそむける。

 サツキが浮橋教授に向き直る。


「あとは当日を迎えるだけです。弁護人として我々三人がこの証明を持って参戦します。それまでに確認したいことがあれば、ヒナに聞いてください」

「あたしは一応、毎日お父さんに会いに来るからさ」

「みなさん、よろしくお願いします。ヒナも来てくれてありがとう」


 浮橋教授はお辞儀をして、サツキたち三人が部屋を出る。ヒナの顔は晴れ晴れしていた。




「ねえ、サツキ。せっかくだからさ、三人でどこか見て回ろうよ」


 通りに出ると、ヒナが提案した。


「そうだな。構わないけど、行きたい場所はあるか?」

「うーん、どこがいいかなー。あ、先生は? どこかありますか?」


 陽気にヒナが問いかけるが、玄内は手をひらりと振って歩き出した。


「悪いな。おれは調べたい機械がある。二人だけで行ってこい」


 調べたい機械というのは、おそらく神龍島に乗り捨てられていた潜水艦だろう。玄内は海老川博士と共に調査したあと、潜水艦を魔法で小さくして、自分の別荘の《げんくうかん》に運び、そこで保管していた。サツキには潜水艦の研究を手伝うこともできないため、素直に見送ることにした。


「じゃあな」


 とっとと歩き去る玄内を見て、ヒナはため息交じりに、


「まったく先生は。ほんとマイペースだよね」

「それは仕方ないだろう。さて、そういうことだし、ヒナが行きたいところでいいぞ」

「うん。ありがと。じゃあねぇ、んーと――」


 と、考え出して。

 急に、ぼっと顔が赤くなる。

 ヒナが気づく。


 ――あ、あれ……? も、もしかしてこれ、その……デート、よね?


 ブンブンとヒナは頭を振った。


 ――いやいや、まさか。あたしとサツキが……。ま、まあ、べ、別に、あたしはただいろいろサツキにこの街を案内しようと思っただけだし、デートだろうとなんだろうと観光がてら楽しめればいいんだけどさ。


 さらに、そう思うと、玄内のさっきの言動にも意味があるように思えてならない。


 ――はぁう! ひょっとして、先生……あたしのために気を利かせて!? あたしとサツキがそういうふうに見えるからって、なんてアシストなの……!


 実際そんな意図など玄内にはなく、ただ蒸気機関というものの研究をしたいだけなのだが、玄内のそれはヒナにはそうとしか思えなかった。ソクラナ共和国バミアドで、バンジョー相手に気を利かせたことがあったため、ヒナにはアシストされた意識が生まれたのである。

 悶えるような悩むような素振りをしながら考え込むヒナ。

 その様子を眺めて、サツキはこう思うのだった。


 ――ローマも観光地だし、ここもこの世界ではそういった需要が高いのかもな。あんなにヒナが悩むほどだ。観光スポットは多かろう。いろいろと見られそうだな。


 フッと笑って、サツキはマノーラ観光への期待をふくらませた。

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