35 『ドルフィンスキャン』

 今朝、またレオーネに潜在能力を一段階引き出してもらった士衛組一同。

 午前中、サツキとヒナと玄内が出かけている間、それぞれが自由に過ごす中で、修業をしているメンバーは自身の能力が発掘されたことを実感していた。

 参番隊は、隊長リラの部屋に集まり、各人の能力上昇について報告会を開いている。

 リラはナズナとチナミに言った。


「リラは、絵を描くスピードが上がったの」

「スピードが?」


 ナズナの疑問を受け、リラは自信を覗かせて鉛筆を走らせる。


「リルラリラ~」


 絵を見て、チナミとナズナが驚く。


「本当だ」

「デッサンも、正確になってる……!」


 ふふ、とリラは微笑して、チナミに顔を向けた。


「チナミちゃんは?」

「強い風が出せるようになった。見てて」


 チナミは窓を開けて、扇子を舞わせた。


「《はや》」


 突風を吹かせる。

 数十メートル先の木の枝も揺らして見せた。


「わあ」

「すごい風」


 ナズナ、リラの順につぶやき、チナミは小さな拳を握る。


 ――他の魔法も、自分のこれまでの努力では超えられなかった壁を超えた実感もある。


 パタンと窓を閉めて、チナミは将棋の本にも目を移す。


「あと、将棋の思考力もアップしてた」


 ――将棋にまで影響してたのは予想外。考えてみれば、リラの絵も魔法を使わない部分の成長もあったわけだし、これはいろんな面で効果が大きい。あと何日か、レオーネさんに強化してもらえば、みんなもっと強くなれる。


「潜在能力を引き出すのって、頭の良さにも影響するのかな? なんだか頼もしいわ」


 リラの言葉を受けて、ナズナも「チナミちゃん。ますます、頭良くなっちゃうね」と話す。


「まあ。私はそんなに賢いわけじゃないけど」


 とチナミは照れながらつぶやき、ナズナに聞いた。


「ナズナはどう? ナズナの超音波とかは目に見えない魔法だけど、実感ある?」


 ナズナは笑顔で答えた。


「超音波の魔法、レベルアップしたみたい」


 魔法名を《超音波模様ドルフィンクラドニ》。

 自分以外では、サツキしか見ることができないハートマーク。いつもそれを練習していたが、


 ――複雑な形も、できるようになったよ。もう少し、がんばれば……文字も、描けるかも。


 というところまで来ていた。


「《超音波探知ドルフィンスキャン》は?」


 チナミが聞く。


「探知能力だよね。ナズナちゃん、そっちは試した?」


 リラにも聞かれて、ナズナはあいまいな微笑を浮かべた。


「うん、試したよ。でもね、ちょっと、わかりにくいの。目で見た物と、音の反響の輪郭がくっきりしてる気がしてるけど……感じ取れることが増えたみたいな、変な感じ、かな?」


 自分でもわからない部分の変化もあるらしい。


「そっかあ。感じ取れるものが増えても、それがなんなのかわからないとだよね。でも、成長はしてるっぽいよね」

「うん」


 とリラとナズナが話すのを、チナミは横で聞き考える。


 ――単純に、感じ取れるものが増えたってことは、得られる情報が増えたってこと。でも、その情報の正体がナズナ自身わかっていない。スキャンだけしても、情報化されなければ意味を持たない。


 これではまだ、ひらがなが読めるようになったばかりの子供が、経済や法律に関する文章を読むようなものでしかない。


 ――おそらく、っていう予測はある。試してもらおうか。


 チナミはナズナとリラに提案した。


「ねえ。検証してみない? かくれんぼで」

「それは楽しそうだわ。やってみよう」

「かくれんぼ?」


 乗り気なリラに対して、ナズナは小首をひねっている。


「やることは簡単。ナズナには一度、今この状態で《超音波探知ドルフィンスキャン》をしてもらう。そして、ナズナは目隠しして、私とリラが部屋の中を移動する。リラには障害物を一つくらい《真実ノ絵リアルアーツ》で描き上げて実体化してもらってもいい。私とリラは別のポイントに移動したら動かないから、あとは再度《超音波探知ドルフィンスキャン》して、私とリラを探してほしい」

「なるほど! おもしろそうね!」

「で、できるかな?」


 これまで、ナズナは戦闘でもなんらかのミッションでも《超音波探知ドルフィンスキャン》を使用したことはない。この能力はまだまだ発展途上で、実践のレベルにはなかった。だから不安もあるのだろう。


「できると思う。まあ、ただのかくれんぼだし、気楽にやろう」


 淡々とそう告げると、ナズナもにこりと微笑んだ。


「うん。そうだね。やってみる」


 リラが二人に声をかける。


「さっそく始めよっか。いくよ。参番隊っ」


 と言うと、三人は鬨の声を上げた。


「えい! えい! おー!」




 まず、ナズナが「あー」と声を出して超音波を発生させる。

超音波探知ドルフィンスキャン》により部屋全体を把握して、覚えておく。

 次に、スカーフでナズナを目隠しする。


「大丈夫? 見えてない?」

「うん」


 リラが縛って、準備もできた。


「いいみたいだね。じゃあリラ、私たちは隠れよう」

「うん。ナズナちゃん、頑張って」

「ファイト。探知開始は三分後だからね」


 二人からの声援に「うん」と答えて、ナズナはじっと待った。


「いち、に、さん……」


 と数えてゆく。


 ――《超音波探知ドルフィンスキャン》の、探知能力が、アップすれば……わたし、もっと……みんなの役に……立てる!


 待っている間は、ちょっと時間が長く感じる。だが、それは実際にはごく短い時間だった。

 三分はあっという間に過ぎた。

 この間、リラは部屋を歩き回って、ベッドの脇に着ぐるみを置いた。これは、メイルパルト王国でリラが《真実ノ絵リアルアーツ》によって描いて実体化したもので、着ぐるみに入ってリラは戦ったのだ。テディボーイというキャラクターである。魔法道具《ほん》からこの着ぐるみを取り出して配置すると、ドアの前に移動した。

 しかし、チナミはなにか考えたあと、クローゼットをそーっと開けて、その中に入ろうとしている。これを見てリラが慌てると、チナミは「しっ」というように人差し指を口に当て、クローゼットに入ってしまった。


 ――中に入ったら見つからないよ。大丈夫なの?


 リラの心配をよそに、ナズナは三分を数え終えた。


「三分、経ったよ。探すね」


 すぅっと小さく息を吸い、「あー」と声を出して、《超音波探知ドルフィンスキャン》を開始した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る