21 『ヒナと跳躍』

 ヒナとチナミは、それぞれ一対一で戦った。それを後ろから玄内がサポートする形で、バンジョーが消えてからの戦闘はフィールドが複雑化されている。

 玄内が《幕引煙管キセルスモッグ》の魔法によって張り巡らせた煙幕で、敵味方が入り乱れた状態になっていた。

 しかし、チナミは鍛えられた反射神経で、敵との距離が詰まってからでも動き出して、愛刀『れいぜんすか』で敵を斬り、魔法《潜伏沈下ハイドアンドシンク》で敵を沈めるなどして、器用に動いていた。

 元々、《潜伏沈下ハイドアンドシンク》は追っ手のアルブレア王国騎士が持っていた魔法で、それを玄内が没収し、チナミに与えたものだった。地面に潜り、移動できる。しかも、他者まで地面に引きずり込むことができる。ただし、地中では引きずり込まれた相手は動くことができず、術者のチナミが引っ張ることで共に移動できる。

 運動能力と動きのよさのせいで、小さいのに空中戦に頼りがちなチナミ。それを、玄内が地中も利用するようアドバイスしている。

 今ではこの魔法を使うのもだいぶ慣れてきた。


 ――扇子を使ったら煙を払ってしまって、敵に視界を与える。《げんえん》で酸素や二酸化炭素だけ飛ばしたりとか、元素を扱うのに適した状況じゃない。やっぱり、刀がいいっぽい。


 元々自分が持っていた扇子で風や煙や元素などを飛ばす魔法と合わせて、たくさんある攻撃の手から選択するのもうまくなっていた。


「!」


 後ろに敵の気配を察知して振り返り、即座に地中へと沈む。


「お? ここにいたような……」


 続けて、その騎士の足を引き、地面に引きずり込む。


「どおおううう!」

「顔だけは出しておきます」


 呼吸は確保してやり、あっという間に三人を仕留める。士衛組は殺しはしない組織だから、玄内お手製の砂を扇子で送り、騎士たちは眠らせておいた。《みんえん》という。


 ――三人、完了。ヒナさんは……。


 ヒナはというと。

 新技の実験の最中だった。


「ちょうどいいわ! 全部聞こえる。……そっちね」


 太ももに力を入れて、飛んだ。

 びょーんとバネが入ったようなジャンプである。


「《つき》! もらったばかりの魔法よ!」

「もらった魔法だと!?」


 相手の騎士は、ヒナの声に反応して、攻撃に備える。


「たああああ!」

「うらあああああ!」


 声のするほうへと、大雑把に斬りかかる騎士。


 ――雑な剣ね。でも、見えないんじゃ仕方ないわよね。


 ヒナの逆刃刀『げんげつ』が、騎士の剣と刃を合わせる。


「たいした力じゃねえな!」

「知ってるわよ! だから……」


 びょーんと、後方へと飛んで行ってしまった。ヒナは剣もバネの一部みたいに反発させ、敵と距離を取ったのである。


 ――この《跳ね月》は、チナミちゃんがバミアドで戦った『レッグホッパー』から先生が没収して再開発された魔法よ! あたしの身体全体がバネになって、敵も跳ね飛ばせるしあたし自身も跳ね返ることができる!


 元の持ち主・女盗賊のネバーは、バネになるのは手足だけだった。それを全身にも応用できるようになっている。


 ――バネの力による高い跳躍力、勢いによる腕力の補強、全身への負荷軽減が可能になる。そして、こんなことだってできちゃうんだから!


 後方へと飛んだヒナが着地したのは、木の幹だった。その足場をまた強く蹴って、同じ方向へと飛んでいく。


「たあああああああ!」

「なに!? 早え! うっらああ!」


 しかし、騎士が剣を振るのは遅れて、ヒナの逆刃刀が騎士の身体を綺麗に斬った。実際には刃がなめらかにあたり、身体に切り傷はできない。


「《まどろみ》」


 ヒナの魔法によって眠気を誘発された騎士は、夢心地に後方へと吹き飛ばされた。


「弾き飛ばされたパワーを利用させてもらって、さらに勢いを増して返ってきたの。その上《跳ね月》で今度はあんたを弾き飛ばしたってわけ」


 眠ってる相手にそう教えてやって、ヒナは刀を鞘に収めた。

 煙幕が晴れてきた。


「三人を倒せたわね。先生、どうでした?」


 ヒナが振り返って聞くと、煙もなくなったおかげで、ダンディーな顔をした亀の姿が見える。玄内はフッと微笑んで言った。


「合格点だ。使いこなすのもすぐだな。おれが手を出すまでもなかったか」

「お疲れさまです」


 チナミは平然と立ったまま、玄内に聞いた。


「煙幕、私がやるべきでしたか?」

「構わん。が、参番隊に戻ったら適宜判断してやるといい」

「はい」


 うなずくチナミとは対照的に、ヒナがぶーぶー文句を言う。


「そうそう煙幕っ! なんで月明かりがあったのに視界を悪くしちゃうんですか。おかげで敵の陣地まで殴り込みに行って、さらに目の前にくるまで突っ込まなきゃいけなかったんですよ?」


 するとチナミが、「え」と驚いたように小さな口を開けてヒナを見る。まるで、なにを言っているのかわからないという顔である。


「ふへ? あたし、変なこと言ってたかな? チナミちゃん?」


 チナミは無言で「……」と玄内で見る。

 玄内はため息をついた。


「こっちが少数、相手が多数の場合、暗闇で視界が悪い中でバッタバッタと斬ったほうが有利だ。相手は誤って味方を斬ることさえあるしな。そのための《乱レ弾カオスバレット》じゃねえか」

「戦いの基本です」


 本気で言ってるわけではないですよね? というニュアンスを多分に含んだ目を向けられて、ヒナは陽気に頭の後ろをかいた。


「うんうん、基本だよねー。チナミちゃんがうちの弐番隊の戦い方ってのを理解してるか確認するために聞いただけだしさ。あたしには《うさぎみみ》があるから、相手の視界を悪くするほうがむしろ好都合だったしね」


 ジト目で、チナミはぽつりとつぶやく。


「ちょっとうそっぽいです」

「しかし、あいつはどこに消えたんだかな。厄介なことになってなきゃいいが」


 玄内が視線を周囲へ走らせるが、まるで気配がない。

 ヒナがうさぎ耳を動かすが、


「うーん。いませんねえ」


 チナミもどうすべきかわからず玄内を見ると、玄内は腕を組んだ。


「まあ、待つしかねえだろうな」


 それから二分後。

 不意に、バンジョーとドナトが現れた。

 二人が元々いた場所に、それぞれが立っている。


「うおー! 戻ったぜー!」


 元の空間に戻って喜ぶバンジョー。


「さあ、者ども! 敬愛すべき賢者でもあるミスターバンジョーですが、今は彼を全員で……ホワイ?」


 そこまで言って、ドナトは指示を出すのをやめた。当然あのバンジョー以外は弱いものと思っていたはずが、逆にやられてしまっていたのである。

 この四人の中では最強のはずのバンジョーだけを隔離し、残った三人をさっさと片づけ、《なぞなぞ怪人》が破られようと最後に全員でバンジョーを倒せばいいとドナトは考えていた。

 それが、どうした訳か、味方のみが倒れている。

 玄内は呆れたように言った。


「やっぱりおれたちを侮ってやがったか。しかも、よりにもよってこいつだけをつわものと思い込むなんてな。舐められたもんだぜ」


 そして、バンとマスケット銃から眠らせる弾《昏レ弾スリープバレット》を撃ち、ドナトを眠らせた。


「ワッツ!?」


 それが就寝前最後の言葉になった。


「バンジョー」


 呼ばれて、バンジョーは玄内を振り返る。


「はい」

「やつの作った空間にでも行ってやがったのか?」

「そうっす!」

「どんな魔法だったか説明しろ。魔法によってはサツキには内密に始末しておく」


 それから、バンジョーから《なぞなぞ怪人》のことを聞いた。玄内は、《魔法管理者マジックキーパー》によって他者の魔法を没収することができる。条件は、相手の魔法の名前を知ること、あるいは魔法を使っているのをこの目で見ること。

 しかし、玄内は説明を聞き終え、そっと言い捨てた。


「放っておけ。こいつらから離れるためにも先を急ぐぞ」

「はい!」


 ヒナがしゃきっと返事をして、玄内はバンジョーに指示を出す。


「バンジョー、馬車を出せ」

「でも、オレこんな暗い森じゃあどう進めばいいのかわかんないっすよ」

「なら、これを使え」


 玄内は甲羅の中からボールのようなものを取り出し、ひょいとバンジョーに投げた。バンジョーは咄嗟に手を伸ばして、二回三回と手で跳ねさせてからキャッチした。


「おっとっと! なんすかこれ」

「《目印玉ゴールボール》だ。目的地、つまりゴールを設定すると、ボールが浮かぶ。基本的に目の高さになる。ゴールまでの距離がメートル式でボールに表示され、浮かべた人間から見てゴールがある方角にボールが浮いて先導してくれる」

「んじゃあ、ボールに向かって進めばいいんすね!」

「ああ。ゴールとは反対方向を向いていたらボールは見えないからな。ボールを目印に距離を把握しながら進めるってわけだ。ゴールは場所だけではなく、人でも可。人の場合はその人間を知っていること、場所の場合はその場所を実際に見たことがあるかちゃんと理解してること、これが条件になる。地図を見ておれが理解してるから、今回はこの森の出口に設定しておいた。森を抜けたらまた設定し直せばいい」

「押忍!」


 と、バンジョーが威勢よく返事をして、最後尾のチナミがドナトを一瞥して馬車へと歩き出す。


「なぞなぞ……」


 少しだけなぞなぞがどんなものか気になったチナミが後ろ髪を引かれるようにつぶやく。


「どうしたの?」


 ヒナに聞かれ、チナミはやや赤らめたほっぺたを抑えてヒナの前を歩く。


「なんでもありません。行きましょう」

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