20 『気合と正解』

 バンジョーは突然、叫び出した。

 勝利を前に、最後の気合を入れたのである。端から見れば、ただの体力馬鹿だが、なぞなぞを解くための気合の入れ方ではない。

 これを見て、ドナトは確信する。


 ――彼は強いメンタルを持っていマース。油断をしていまセーン。ワタシが平常心でいようとしているコトがわかった今になっても、おバカさんの演技をやめまセーン。しかし、ワタシはさらに上を行きマース。ミスターバンジョー、アナタの傾向と対策をつかみ、この問題で挑みマース。


 ドナトは三問目を出題する。


「第三問。今回は特別問題、答えは簡単デース。ワタシは次にどんな問題を用意しているでしょう?」

「な、なにィ!」


 バンジョーは驚いた。


「フフフ」

「ぜ、全然簡単じゃねえぜ! オレは相手の考えなんて読めねえ。ヒナはよく空気を読めとか言うけど、そんなのとは比較にならない難しさだぜ!」


 歯噛みするバンジョーがドナトを見て口を開きかける。しかし、ドナトはそれに合わせて言った。


「ヒントはありまセーン」

「まだなにも言ってねえじゃねえか! くそう、こっちの考えを読んでやがる」

「制限時間はありまセーン。ゆっくり考えてくだサーイ」

「ちくちょう!」


 バンジョーは考える。

 だが、わからないものはわからない。


 ――ヒントはあったか? いや、ヒントはねえ。オレがなんとかヤツの考えを読まないといけねえ。でも、オレにはできねえぜ。サツキなら不思議な推理力とかを発揮してわかっちまうのかもしれねえが、オレは料理バカだからよ。


 バンジョーは空に向かって叫んだ。


「ちっくしょう! わかんねえぜ!」

「焦る必要はありまセーン。ミスターバンジョー、アナタの頭脳ならば解き明かせマース。答えは簡単デース」

「どこも簡単じゃねえよ! こうなったらヤケだ! 答えは、難しい問題! どうだ?」


 ドナトは残念がるように肩をすくめて腕を広げた。


「全然違いマース。むしろ逆デース」

「逆!?」

「答えは、簡単デース」

「は!?」


 目が点になるバンジョー。まるで理解できないという顔をしている。


「ワタシは最初に言いました。『今回は特別問題、答えは簡単デース』と。つまり、答えは『簡単』デース」

「な、なにィィ!?」


 バンジョーは驚いて尻もちをついた。すぐに頭を左右にブンブン振って、


「やってくれるじゃねえか! おい、次の問題はまだか!」

「落ち着いてくだサーイ。言われなくても出題しマース」

「来い! うおおおお! しゃああああ!」


 充分な気合をみなぎらせるバンジョーを、ドナトは頭の先からつま先まで観察する。


 ――ワタシの策にハマったようにも思えマース。しかし、この策士がそのまま対策を練らずに次を促すとは思えまセーン。


 そこで、


 ――ハッ!


 ドナトは気づく。


 ――落ち着くべきはワタシデース! 彼はおバカさんのフリをして、また同じ系統の出題をさせようと誘導していマース。類推されるなぞなぞ、それらを予測しているはずデース。どこまでも賢者デース、ミスターバンジョー。おそらくさっきの問題、彼には別の解答が一つか、あるいは二つ以上浮かんでいたのデース。一度あえてそこでおバカさんのフリをして間違えて、ワタシの引っかけ方を観察し、ワタシの手の内を引き出したのデース。だから解説も聞こうとしなかった。ギリギリ……ギリギリで、ミスターバンジョーにしてやられるところでした。


 つーっと、ドナトの背中を汗の玉が伝う。


 ――ここまでワタシを苦しめた相手は、今までありまセーン。ヒリヒリする真剣勝負に、震えが止まりまセーン。さあ、ミスターバンジョー! ワタシをもっと楽しませてくだサーイ。


 一人でドナトが勝手に必要以上に楽しんでいることなど知らないバンジョーは、まばたきすら忘れ、一人妄想にふけるドナトをにらみつける。


 ――なんだ、アイツ! なんかちょっとぷるぷる震えてやがるッ! やっぱりアイツ、変だぜ!


 にらみつけられたドナトは、その視線を挑戦の合図と受け取った。


 ――ミスターバンジョーがこちらを見ていマース。待ちきれないようですね。では、また少し違ったなぞなぞで攻めマース。ミスターバンジョー、今のワタシは冷静デース。


 冷静さを武器に、ドナトは次なるなぞなぞを出題する。


「第四問。春、夏、秋、冬、一年の中で最も長い日数なのはどれでしょう?」

「そうきたか!」


 腕組みするバンジョー。


 ――これは数えるだけでいい。簡単といえば簡単か。


「簡単だが、ここでの問題はその区切りか」

「そうデース。区切りがポイントの問題デース」

「秋は短い。春は微妙。冬も短いようで長い。夏は長いようでいて、あちいと思ってても、もう秋だったってパターンもある。なんてことだ」


 これらは完全にバンジョーの主観だが、客観的にすべてを説明できるかと言うと、バンジョーには難しかった。


「だれ目線かが問題ってことか?」

「違いマース。だれから見ても明らかデース」

「そうだよな。数字は見りゃあわかる」

「そういうことデース」


 バンジョーは指を折りながら数えてみる。だが、よくわからなくなってきた。


「わからなくなっちまった。そもそも、こんなのいつが区切りかが曖昧じゃねえか。晴和王国には立春とか季節の言葉もあるけど、その通りじゃなさそうだしよ。こうなったらオレの体感で行くぜ! 答えは、夏だ! 五月から暑くなって、十月まであちい! 一年の半分は夏みたいなもんじゃねえか」


 ドナトはゆるゆると首を振った。


「違いマース」

「違うかー!」


 うなだれるバンジョーに、ドナトは言った。


「答えは、一年デース」

「は?」

「選択肢に、一年も含まれていたのデース」

「そりゃないぜ! きったねえ!」

「どこも汚くありまセーン。『春、夏、秋、冬、一年の中で』と言っていマース。区切りがポイントの問題だと言いました。だれから見ても明らかで、数字を見ればわかりマース」

「くうぅ! 確かに、あいつはそう言っていやがった」


 だが、このまま引き下がるバンジョーではない。



「もうあとがねえ。だが、オレは正解してやるぜ!」

「さて、どうでしょう? ミスターバンジョー、アナタの苦手傾向はつかみました。では、次で決着デース」

「おうよ!」


 バンジョーの目を見て、ドナトは思う。


 ――ミスターバンジョー、アナタはよくやりました。ワタシが見込んだけのコトはありマース。しかし、あのチーム最大の敵であるアナタをここに閉じ込め、ワタシは一足先においとまするデース。今頃きっと、部下たちが残りの三人を始末していマース。


 ドナトは出題する。


「最終問題。アレックスくんのお父さんとお母さんには、5人の子供がいマース。イチロー、ジロー、サブロー、シロー。最後の一人はなんという名前でしょう?」

「そんなの簡単だぜ!」

「……!」


 まさかの即答に、ドナトは目を見開く。


「アレックスくんだ! 最初におまえはそう言ったじゃねえか」

「アナタの苦手なタイプの問題のはずなのに、お見事デース。今回ばかりは、ワタシの完敗デース」

「へへ。おまえのなぞなぞもおもしろかったぜ! 『なぞなぞ怪人』!」

「ありがとうございマース。しかし、このなぞなぞ空間が解除されたとき、あの現場はどうなっているコトでしょう?」


 ニヤリとするドナトに、バンジョーはカラッと笑って言った。


「んなもん、なぞなぞでもなんでもねえ! 先生がいる! ヒナがいる! チナミもやるやつさ! 負けねえよ、あいつらは」


 その瞬間、特殊な空間《なぞなぞワールド》がゆがみ、ドナトの魔法《なぞなぞ怪人》が解除された。

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