22 『サツキとミナト』
同時刻。
メイルパルト王国、『
サツキはクコとの修業を開始していた。
魔力移動の練習である。
互いの額を合わせ、クコの魔法《
二人だけのときにしかやりにくいので、ミナトが来る前にこれをやっていた。場所はクコの部屋になる。
前にこの修業をやろうとしたとき、ヒナがノックもせずに部屋に入ってきて、変な誤解をされたことがある。ヒナが士衛組の仲間になって船旅が始まった頃だっった。
士衛組の中でも、クコのこの魔法は妹のリラといとこのナズナしか知らない。玄内やフウサイには知られているかもしれないが、他の仲間に話したとき、それを探る能力者がいたらクコの魔法を知られてしまうため、あえて秘密にしていた。もちろん、船旅のときもヒナには魔法のことをしゃべらずごまかした。
「わたしに身を任せて、目を閉じていてください」
クコはにっこり微笑んだ。そして、額をくっつけて、魔力コントロールをしてみせる。互いの息づかいも聞こえるほどだから、最初はサツキも緊張したものだが、今ではクコと感覚を共有するのはすごい安堵を感じられるし、心地良い。つい、本当に身を任せきってしまっているときがある。
「だいぶ慣れてきましたね」
「うむ。今度は俺がやってみるぞ」
「はい」
本来、魔力の流れ方は個人によって異なる。だが、サツキとクコは元々よく似た感覚を持っていた二人だったから、魔力が互いの身体をひとつの身体のように流れてゆくような体感がある。サツキがこの世界に来て初めて魔力というものを体験するときにやってもらったことも理由かもしれない――だから、クコに開発してもらったままクコの感じ方をサツキもトレースされているのだろう。まだクコのレベルまで達しないが、サツキの魔力移動もだいぶ速くなった。
「ふふ。サツキ様、かなりの速さです」
「うむ」
この日はサツキの成長確認のために二回やって共有してもらったあと、またクコがやって終わった。クコに魔力を開発してもらってから約五ヶ月、サツキは日々理想に近づいている気がする。
「よし。今日はこれくらいにしておくか。さっそく剣術の修業に移ろう」
「はい」
二人は再び外に出て、竹刀を握った。
サツキとクコは、竹刀を振って剣術に励んだ。
それから十分とせずに、ミナトがやってきた。ケイトとの修業も終わったらしい。
「調子はどうです?」
「はい。サツキ様の調子はあがってきてますよ」
とクコが答える。
「ならよかった。では始めましょうか。どちらからにしましょう」
楽しげに、ミナトがサツキとクコを順番に見やった。
「サツキ様、お先にどうぞ」
クコに促され、サツキはさっそくミナトとの組み打ちを開始する。
「ミナト。今日はあっと言わせてやる」
「楽しみだなあ」
二人の組み打ちが始まれば、クコはただ見ているだけになる。クコはサツキのことしか見ていないから、サツキのどの動きがよかったとか、あそこはこうしたほうがいいとか、あとでアドバイスできる点を探すのが常であった。
逆に、ミナトの剣の腕はクコから助言できることなどないくらいの鮮やかさとしなやかさがある。そして速い。助言もできないほどだった。
――サツキ様、反応がいい。これなら……。
と思ったとき、ミナトの剣尖を救い上げるようにして、サツキの剣が絶妙な動きをしてみせた。
ミナトはやや驚いたように、わずかにだが目を丸くする。
その表情の正体は、感心であった。
――お。
だが、それも一瞬で、ミナトはにこりと微笑みさえ浮かべ、剣のスピードが急上昇した。クコはこれほど目に見えて加速した剣を見たことがない。
結果、サツキが突きを入れられてしまった。
「すごかったです、サツキ様! ミナトさんの剣も、緩急がお見事でした」
いや、緩急などではない。そんな甘い表現が似つかわしくないほど、不意の変速であった。
「あと少しだったのに……」
「もうちょっとだったねえ」
「余裕なくせに」
悔しさを滲ませるサツキにも、ミナトは微笑で答える。
「いやだなあ、余裕じゃあないよ」
――やっぱり、サツキ様はミナトさんと打ち合うたびに成長してる。そして、ミナトさんも……。
ミナトの剣の上達は、あまり目には見えにくい。サツキといっしょになってミナトと剣を交えているクコだからこそ、わかるところでもある。
サツキには、特別な目がある。
《
その目でミナトの高速の剣を読んでしまう。だからこそ、ミナトはサツキの目や剣筋を相手にするだけで、通常の敵では味わえない剣を楽しんでいた。楽しみつつ、成長している。
――ケイトさんの言った通り、サツキの剣は特別だ。いいねえ。速さだけではダメだ。もっと強く。もっとしなやかに。もっと的確に。もっと自在に、剣を振れるようにならないと。
一方、サツキはミナト以上に成長が現れやすい。
ミナトの剣は、速さゆえに企図が読みにくい。正確に言うなら、速くて読む余裕がない。気づくと突かれている。目がいいサツキは相手の魔力や筋肉、重心などから瞬時に読むが、ミナトの一ノ太刀を払っても、二ノ太刀、三ノ太刀が飛び込んでくる。それも目で追えぬ素早さで、一度の踏み込みで三段の突きをするから、大抵は二ノ太刀で突き倒されてしまうのである。
しかしサツキの目で読めるところが深くなった。
今宵、二ノ太刀まで防いだかと思うと、サツキの剣尖がスルスルと伸びて三ノ太刀まで払いかけた。
結局、ミナトの三段の突きにはしてやられたが、クコはサツキの成長に心からの賛辞を送る。
「サツキ様! あと少しです。とても惜しかったですねっ」
思わずクコの声が弾む。サツキの成長を目の当たりして弾かれたような笑顔を浮かべる。
ミナトは楽しげな苦笑をこぼした。
「参りましたなあ。よもや、サツキがここまで見切れるようになっていようとは」
「ほんとうに! サツキ様、がんばりましたね! 成長がすごいです」
「それはクコさんもですよ。僕の剣がほとんど見えている。二人の成長にはかなわないなあ」
なにがかなわないのか、とサツキなんかは思う。
サツキから見ても、共に修業していても、ミナトには未だに底を見せてもらえない。加えて表情も読みにくいから、今日の組み打ちだって本気の何割なのかさえわからないほどだ。
ミナトは言葉を続ける。
「しかし、壱番隊隊長として、サツキに負けるわけにもいかないのでね。僕のためにも修業に付き合ってもらいますよ、クコさん」
ミナトは屈託なく、みずみずしいばかりの微笑をひらいた。
サツキは起き上がり、
――ミナト……。今に追いついてやるからな。
と挑戦的にミナトを見つめる。
そんな意識しまくりの強い眼差しも、ミナトはひょいとかわすように軽やかに笑った。
「サツキ、もう一本やろう」
「当然!」
答えて、サツキはちょっと微笑が浮かびそうになっていた。負けたくない、追いつきたい、そんな気持ちも強いが、ミナトといっしょに修業するのが楽しい。
また、二人の組み打ちが開始された。
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