23 『ライバルと意識』
サツキとミナトは、まるで飽きがこない程に延々と剣を交わらせている。
クコはこの二人の修業風景をじっと観察しながら、ふっと玄内の言葉を思い出す。
ソクラナ共和国で、シムシムたち
サツキがチナミと将棋を指すというので、クコは席を外して暇をもてあますことになり、かねてより悩んでいたことを玄内に相談しに行った。
玄内は、あごをさすりながら聞いた。
「どうした?」
亀の姿をしていても、玄内は威厳がありクコも身が引き締まる。表情も引き締めて、話し始めた。
「わたし、サツキ様には強くなってほしいと思ってます」
「現に、強くなってるな」
「はい。でも、わたしの教えがよければもっと早く成長できるようにも思うのです。そのためには厳しくすることも大切なのかもしれないとも思います。だけど……」
「厳しくできないってか?」
こくりとクコはうなずく。
「……ええ。サツキ様は、もっと早く成長できると思わせる素質を見せてくれる反面、竜が昇るように成長しています。わたしが愛情を込めて手取り足取り教えると、込めた愛情の分だけ成長していくようなサツキ様がかわいくて、どうしても褒めたくなってしまって。もう甘やかしていい子いい子してあげたくなるほどです」
のろけ話のような内容をクコは話しているが、顔は真剣そのものであった。
事実、剣の扱いをまるで知らないサツキをそれこそ手取り足取り教えたのはクコだし、魔法についても無知だったサツキに感覚の共有までして一から手取り足取り魔力コントロールを教えたのもクコだ。最初からずっと言葉通り手取り足取り教えてきたのである。クコにしてみたらかわいくてかわいくて仕方がなかった。
玄内もまじめな顔で本質を突いた。
「クコの指導はサツキを大きく成長させている。最良といっていい。だが、あいつをさらに強くするのは、厳しさじゃねえ。ライバルの存在だ」
「ライバル……ですか」
「ライバルがいて初めて、人はひと皮むけたように成長する」
「サツキ様と士衛組の中で実力がもっとも近いのはわたしです。わたしがサツキ様のライバルになればいいのですね」
「いや」
と、玄内は短く言って、
「ミナトだ。サツキのライバルはミナトしかいないだろ」
「そう、なのですか……?」
クコには半信半疑である。ミナトといえば、士衛組の中でも力が未知数で底のない強さをうかがわせている。たまたま、フウサイが影分身をつくって、複数対一人で修業する様子を見たことがあるが、鞭が高速でしなるようにフウサイの攻撃そのすべてを刀一本で受け流していた。あまりに強すぎて、サツキとは天と地ほどの開きがあるように思える。
だが玄内も、それは百も承知である。
「サツキと切磋琢磨するのは、いずれミナトになる。いや、ミナトはもう危機意識を持ってる。ミナトは実際にサツキとやり合って、危機感を持つようになった」
言われてみれば、ミナトは常にサツキを意識しているようである。同い年の男の子同士、友達として仲良しなのだろう、と思って二人が遊んでいる様子などもほほえましく見ていたクコだったが、確かに玄内の指摘通り、ミナトはちゃんとサツキの剣に興味を持っている。
「ミナトは、サツキと出会って修業に付き合っていくうちに太刀筋が変わった。鋭くなった。追いつかれるかもしれない、追い抜かれるかもしれない、おいていかれるかもしれない、という危機感がミナトを突き上げて成長させている」
そう玄内は語った。
「確かに、ミナトさんも日々成長しています」
「あいつはサツキに出会って初めて、下から迫り来る者の恐怖を覚えた。今まで上しか見てなかったやつが下にも神経を張り巡らせりゃあ、太刀も変わるってもんだぜ」
「サツキ様もそうですね。わたしと二人きりのときにはなかった性質が見えるようになったように思います。サツキ様もミナトさんを意識して、ミナトさんに勝てないことを悔しがってますから」
「ああ。だから、サツキにミナトへ目を向けるようにして、二人を戦わせるようにしておけ。それが、サツキが強くなる最短ルートだ」
「はい」
「それと。厳しさよりも、必要なのは褒めることだ。ある意味、甘さだな。サツキはすでに自分に厳しい」
「だから甘さがあるといいんですね」
「まあ、それも一つ。だが、人間って生き物は褒められると、心身を健康的に強くするホルモン、テストステロンが働く。男性ホルモンの代表だが、これを必要とすることに性別は関係ねえ。これが活発になることで、精神が安定して前向きになり、身体が丈夫になる。そして、成長を助けてくれる。そういうわけだ、成長させたかったら褒めてやれ。サツキはああ見えて単純だから褒めれば褒めるほどよく伸びる」
「わかりました! たーくさん、褒めてあげます!」
厳しくしたいわけではなかったクコとしては、褒めてやれと言われてホッとした以上に、普段から褒めたたえたいくらいだからうれしかった。
「あとは、クコもこれまでみたいにとことんサツキに付き合ってやることだな。魔法面の筋のよさは、クコのおかげだ。おまえがいると、サツキは追い風に乗ったように強くなる」
クコは笑顔を咲かせてうなずいた。
「はい!」
そんな話をしてから、クコは一層サツキを褒めながら伸ばす方針をとるようになった。そして、サツキをなるべくミナトと修業させるようにもした。
現在、ミナトがサツキとの組み打ちを終え、今度はクコを相手にする。
クコはサツキに声をかける。
「サツキ様、わたしも成長してるんです。ミナトさんに近づいてみせます。サツキ様もミナトさんの剣をよく見ておいてくださいね」
「うむ」
サツキは目を光らせて、刹那の動きも見逃すまいとミナトの剣に集中していた。その次はまたサツキとクコがやり、といった調子で小一時間もやって三人での修業を終えた。
クコは修業を終えて先にあがった。サツキとミナトはまだもう少しだけやるとのことであった。
サツキがミナトの竹刀を受けようとしたとき、
――これは……!
ミナトの身体が一瞬硬直する、その前兆が見えた。
――行ける!
思い切り踏み込もうとして、しかしやめた。
「ゴホゴホッ」
ミナトが咳き込んだからである。
サツキは竹刀を下ろす。
「やはり、悪いのか」
聞くが、ミナトは笑って煙に巻こうとする。
「あはは。いやだなあ。サツキに打ち込まれても、調子が悪かったなんて言い訳はしないぜ」
「勝負の話はいい」
――
労咳、つまり結核のことである。こちらの世界の医学の進歩を考えれば、この病が簡単に治せずにいる状態でも納得できる。
「サツキ」
続きの言葉を遮るように、ミナトは話す。
「もしなにかあれば、そのときに言わせてもらう。今はたまに咳が出るくらいなんだ。本当に、今は大丈夫。士衛組隊士のひとりとして、報告の義務はあると思っているからさ。だから、気にしないで平気だよ」
まじめにそう言って、儚いほど透き通る笑みを浮かべるミナト。
サツキは病気かどうかの疑問を飲み込むことにした。
「わかった。くれぐれも、無理はするな」
「ええ。もちろん」
この晩、二人はここで修業を打ち切ることにした。
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