24 『夜明けと鷹不二水軍』

 メイルパルト王国から遠く離れて、せいおうこく――。

 そうれき一五七二年八月現在、晴和王国は二宮三十三国に分かれている。その中でも、国王の住む『王都』あまみやを首都とし、その西隣に武賀むがくには位置していた。

 武賀ノ国は、たか氏が治める小さな国である。

 サツキの世界で言えば、王都が東京二十三区、武賀ノ国が西東京といった感じだろう。ただ、武賀ノ国には神奈川県の川崎市も含まれる領土を持つ。さらに、この春から地図は変わった。

 さらに南にある、『世界の窓口』うらはまが武賀ノ国の領土となった。

 これまで浦浜はおうみさきくにの領土だったが、十五年前に幕末が終わり、新戦国時代が始まって、黄崎ノ国はその歴史上、初めて浦浜を手放すことになった。貿易港として国内最大規模の港町でもあるため、この変化は大きい。新戦国の世の勢力図も変わりだしている。

 動乱の時代、晴和王国内の地図は次々に塗り替えられ、各国が和の国統一を目指す。

 武賀ノ国の国主・たかおうも覇を唱える一人であり、そのためにも様々な活動を行っていた。

 他国に比べて風変わりで、かつては『大うつけ』とも呼ばれたこの大将は、今、浦浜にいた。

 新しい時代の風が吹く街から、海の外へ。

 船着場に寄せているのは、鷹不二氏の持つ鷹不二水軍の一軍艦。

 オウシは朝陽をにらんでいた。


「船出日和の輝きじゃ」


 時刻は、早朝五時。

 メイルパルト王国よりも七時間ほど時間が進んでいる晴和王国では、すでに日も変わって朝になっていた。

 季節は夏。

 この時間だと日は昇り出し、空はもう明るい。

 船着場では、茶人風の衣装をまとった人物がオウシの隣に進み出て、懐から取り出した小瓶のフタを開けた。

 コルク製のフタは、すぽっと外れる。

 フタの先を海に向けると、小瓶の中に入っていた船が出てくる。ボトルシップかと思われた瓶から、本物の大きな船が出てきたのである。


「はい、鷹不二水軍一軍艦の蒸気船『アルタイル』登場」


 鷹不二氏五奉行兼黒袖大人衆の一人にして鷹不二水軍総長、『ちゃせいつじもとひさし。四十代前半ながら落ち着き払った空気を持ちつつ、口ぶりや表情には軽快さもある。彼は、なにがおかしいのか、自分で船を出しておきながらヘラヘラ笑っている。


「ほんとこれ、便利だよねえ。『便利屋』のボクにぴったりじゃない?」

「ヒサシさんもよくこんな魔法道具を見つけて来ましたね」


 穏やかにそう言ったのは、深い緑色の着物に身を包んだくせ毛の青年、『ほほみのさいしょうたかとうである。武賀ノ国のナンバー2にして、国主・オウシの双子の弟でもある。まだ弱冠二十三歳の双子は、兄弟助け合ってこの新戦国の世を渡り、トウリはオウシの補佐役だった。

 隣にいるおかっぱ頭の十一歳の少女、『てんしんらんまんひいさまとみさとうめが楽しげに船を見上げる。好奇心の塊のような目をヒサシへと移して、


「この浦浜に売ってた魔法道具なんですよね?」

「そうだよ。この魔法道具、《瓶詰ノ船着場ポートボトルシップ》はこうやって船を瓶に入れて運ぶことができる。二軍艦から十軍艦、そして測量艦の分まで買っておいて正解だったね。あとお嬢の馬車の分もさ」

「ひーさん、それ何年前の話?」


 笑いながらそう言うのは、『運び屋』たか栖萌々すもも。オウシとトウリの妹で、今年十八になる。二つ名の通り、彼女が一軍艦『アルタイル』を操縦する。普段は馬車を駆ったり、魔法によって手紙や物を一瞬で届けたり、オウシとトウリのどちらかの側にいることが多く、二人の連絡線にもなる。


「まだ半年じゃ」


 ウルトラマリンのマントをなびかせ、オウシは妹に軽くつっこむ。双子の弟であるトウリを見返り、短く言った。


「トウリ、いってくるぞ」

「いってらっしゃい」

「お気をつけて」


 同じ一軍艦のトウリとウメノだが、今回はただの見送りになる。送り出す相手は、一軍艦の仲間たち。


「おう。わしの留守中、頼むぞトウリ。ウメノもな」

「はい、お兄さま」


 ウメノが元気に返事をして、今度はスモモがトウリに声をかける。


「帰ってきたら、今度はわたしがトウリくんたちを送るよ」

「うん。よろしくね」


 続けて、オウシの側近『けんていなるしょともえまると、参謀の『しょうねんぐんおかもりみつが丁寧にトウリへの挨拶をする。


「それではトウリ様。ごいっしょできないのは残念ですが、その分、オウシ様のことをお支えします」

「イストリア王国とその近海へ赴いての経済活動、大将とお嬢とヒサシさんとチカマルさんがいれば、なにもこの人数である必要もありませんし、私はトウリ様についているほうがよいのかもしれませんが、また面倒をおかけします」

「でも、すぐに戻るばい」


 と、『化学者軍医ケミカルメディックまつながが笑顔で言う。

 チカマルはウメノと同い年ながら大人びているが、顔は実に愛らしい。ウメノ同様おかっぱ頭で、常にニコニコしている。ミツキは十七歳の少年参謀であり、メガネの下には鋭い知性を秘めた瞳がのぞく。ヤエはトウリやオウシと年も同じで身長も変わらぬ長身の軍医である。同い年の三人は、共に一七〇から一七一センチほど。

 最後に、黒人の侍『きょしんへいすけは力強くお辞儀した。


「楽しみでごわす」


 なにを言うかと思えばそんなことで、トウリは笑ってしまった。二メートル以上の大きさと筋骨隆々のガタイのよさ。年は二十代後半くらいになる。

 上品に笑うトウリとは反対に、ウメノはゴスケを見上げて不満そうに詰め寄った。


「なにか楽しいことがあるんですか? 姫も行きたくなりました!」

「オウシ様と旅ができるでごわす」


 恍惚とした顔でゴスケが即答した。


「そうですか。姫は、また今度にします」


 オウシに心酔しているゆえ、オウシと共にいられることがゴスケの喜びなのである。そんな理由ではウメノが遠慮しても仕方ない。

 一同がおかしそうに笑うと、オウシが船に飛び乗った。


「はわっ! さすがお兄さま、《どう》でお空を飛ぶのはロマンですねえ」


 ウメノがオウシの魔法に感心している間に、残る一軍艦のメンバーも船に乗り込む。

 オウシは懐手をしてトウリを見おろす。


「ではな、トウリ。さらばじゃ」

「うん」

「今度の航海、よい出会いがある気がしてならない」


 こういったオウシの直感は凄まじいほどに的中する。次に帰ってきたときのオウシの報告が楽しみなトウリであった。


「お土産も買ってくるからねー!」


 スモモが手を振り。

 オウシがマントをはためかせ、水平線を指差した。


「一軍艦、出航じゃ」

「はーい!」


 その合図で『運び屋』スモモが運転を開始し、一軍艦は出航した。

 黄色い朝日が海を鮮やかに彩る。

 大海原に出た船が、徐々に小さくなってゆく。

 トウリはそっとつぶやく。


「イストリア王国。あの二人は、兄者たちに会えるだろうか。早ければ、もうそろそろキミヨシくんが到着する頃だ」

「キミヨシさんはせっかちさんなのでしょうか」


 ウメノの疑問にもトウリは正直にうなずいた。


「そうだね。いつも急いでる。全力疾走なんだよ。かえって回り道になるルートを選びはしても、それが自分のためになることだと思えばこそ。リラさんとも別れたようだから、いくらでも急げるしね」

「リラさん……」


 今年の春、王都で出会った少女。そこで友だちになり、以降、彼女が旅をしている中で手紙のやり取りを続けている。


「今頃、お姉さんとお約束した場所にも着いてますよね。お会いできたでしょうか」

「ふふ。それだけは間違いなく言える。きっと、会えたよ」 


 トウリの笑顔を見ると、ウメノも笑顔になる。元気にうなずいた。


「はい! リラさん、がんばってくださいね!」

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