44 『リーディング』

 サツキは自室に戻り、机に座った。

 いつもならすぐに勉強するのだが、今は少しだけ考え事をした。


 ――失踪事件。コロッセオの参加者を狙ったもの。俺やミナトは大丈夫だよな。シンジさんやブリュノさんも……。


 友人たちになにもなければよいが、と思っていると。

 ルカが部屋を訪れた。


「このあと、クコと魔法の修業よね」

「うむ。魔力コントロールの修業だ」

「それまで少しいいかしら?」

「もちろん」

「ありがとう」


 ルカはしとやかにベッドに腰を下ろして、さっそく話し始めた。


「私とクコは今日もいっしょに修業したわ。そこでの発見なども話しておこうと思ったの」

「発見というと、魔法についてか」

「ええ。潜在能力の解放に伴い、心情の変化も、個人によってはそれぞれあると思う。でも、今大事なのは実際にどう魔法などの能力が変化しているのか、その把握よ。今から私とクコの分は報告するけど、士衛組みんなの分もあとでちゃんと聞いておいたほうがいいわ」


 ルカの言うとおり、局長としてみんなの変化はよく見ておくべきだ。


「そうだな。俺自身、マノーラに来てレオーネさんに潜在能力の解放をしてもらってから、自分で自分のことを知るばかりにいっぱいになっていて、ほかに目が届いていなかった」

「まあ、私や先生がその辺も目を光らせているから、無理せず可能な範囲でいいわよ」

「うむ。明日からみんなともっと話す時間を作ろうと思う」

「みんなの変化を知ることで、新たな戦略を考えられるようになるでしょうし、組織力を高める上でもいいことだわ。さて。とりあえず私とクコだけど……」


 と、ルカは自分の報告をしていった。

 しばらくして、ルカは声を立てずに笑った。


「ごめんね、サツキ。頑張ってきて疲れているのに、ちょっと難しい話をして。眠くなるわよね」

「……くぅ」


 サツキは眠ってしまっていた。寝息を立ててルカにもたれかかっている。そのため、ルカは起こさないようにじっとしていた。


 ――この時間が永遠に続けばいいのに。


 思えばマノーラに到着してから、ルカはサツキと二人でゆっくりとした時間を過ごすことができていなかった。サツキが眠ってしまっていてなにか話をしていなくとも、こうして二人で過ごせる時間のうれしさにルカは穏やかな気持ちになる。


 ――少し本でも読もうかしら。この前サツキに貸した時代小説。もしサツキが起きて、クコが来るまで時間があれば、この本のポイントも聞いておきたいしね。


 ルカの右側はサツキがいるから、《お取り寄せ》の魔法で本を手元に取り出し、左手で本を開いた。

 読むのは時代小説だった。サツキほどではないが、ルカも今日は魔法の修業に肉体を鍛える修業もして、医学の勉強をして頭も使った。だから小説を読むのは気楽ではあれど、これも勉強なのである。

 軍事、政治、いずれの駆け引きをする際にも学びを得られる上、サツキの考え方を知る手がかりにもなる。

 今読んでいるものも、主人公となる旧戦国時代の武将の遠謀深慮とその周囲の環境が描かれている。様々な人間模様と思惑の絡み合いは、新戦国時代となった現在のせいおうこくにも通じる思案の基になるであろうし、晴和王国より外の国々でも彼らの思考と行動は勉強になると思える。


 ――元々、私自身はあまり時代小説なんかも読まなかった。でも、サツキの影響で読み始めておもしろさに気づけたわ。かといって、趣味が完全に変わったわけでもないし、今までの私も私の中にちゃんとある。言うなれば、時代小説にもおもしろみを見出せる、新しい私を知ったって感じかしら。


 ふと、そこから思考がふくらむ。


 ――時代小説は、人の描き方がおもしろい。その影響で、人を見ることもおもしろく感じるようになったわ。推理小説で楽しむのとは違う、人間観察の目が養われているんだと思う。先を読む思考力も、時代小説のそれと推理小説のそれは似て非なるもの。


 これまでルカは恋愛小説やミステリーなどを読むことが多かったが、時代小説も悪くない。もしかしたら、ほかのジャンルも悪くないかもしれない。


 ――私が私を探す旅に出て、いろんな世界を見て、いろんな人に出会った……それでも、サツキというたったひとりの男の子から、本当にいい影響をたくさんもらったわ。私もいつか、サツキにもそんな影響を与えられる存在になりたい欲もあるけど、まだそこまでは求めないでいるつもりよ。今はサツキの頭脳を支える役に立てれば、それでいい。


 サツキの血肉となり、サツキを助けてゆければ満足だ。そう思って、ルカは今日も勉強していた。

 五分ほどして、サツキが目を覚ます。


「……あれ、ルカ?」

「あら。起こしてしまったかしら」

「ご、ごめん。眠ってしまっていた。せっかくルカが話してくれていたのに」


 慌てて謝るサツキの頭に手をやり、ルカは優しく微笑む。


「いいのよ。疲れているのは知ってるから。もう少し寝ていてもいいわ。クコが来たら起こしてあげる」

「いや、いいよ」

「そう。私とクコの変化はあとで改めて話すつもりだけど、サツキからはなにかある? 私に言っておきたいこと、聞いておきたいこと。なんでもいいわ」

「……うぅむ。たぶん、今は一つだけだ」

「一つだけ?」


 なんだろうと思いルカがサツキを見つめると、こんなことを言われた。


「ルカ。俺はコロッセオとか自分の修業のことでいっぱいになっていて、士衛組のことで目が行き届かないところも多いと思う。だから、俺の目になっていろいろ教えてほしい」

「そんなことだったのね。もちろん、そのつもりよ」

「ありがとう。頼りにしている」


 優美な微笑を浮かべるルカだが、表情以上にルカはうれしかった。


 ――サツキに頼られてる。すごくうれしい。期待に応えられるように……いいえ、サツキが私なしでは生きていけないくらいになってみせるわ。


 さっき、ルカが考えていたこととサツキの期待は一致している。

 つまり、やるべきことは、サツキだけでは足りないサツキの頭脳を補い、補佐役としてサツキを支えることだ。

 理性的だが感情的にもなりやすいルカだから、ルカの中でもっとも大事なサツキのことになると、頑張ろうという意志と気持ちがいっそう強くなる。

 ルカは考えがまとまって、穏やかに言った。


「サツキは、自分がやりたいことを頑張りなさい。応援してるから」

「うむ」


 しかとサツキが顎を引いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る