45 『プレイタグ』

 どこまでもサツキのことを考えているルカは、言葉を選んでしまう。


 ――もっと頼って欲しいから、私に頼っていいのよって言って、お姉さんらしくかっこつけてみせたかった。でも、サツキを応援してるって、今はそう言ってあげたほうがいいわよね。


 そのほうが、サツキを前に進ませられることだろう。自分の気持ちを表明してアピールするより、サツキを優先した結果ともいえる。


 ――なんて思っても、自分のことを横に置くのも、お姉さんっぽくかっこつけてることになるのかしら。


 実際は、強がって見栄を張っているくらいのものでしかない。アピールしたほうが可愛いのもわかっている。それでも、自分を影に、サツキを支えるのが真実の愛であり、真に必要とされる存在になれると信じている。

 足音が聞こえる。

 ノックの音がした。


「サツキ様ー!」


 クコの明るい声が響いて、ルカは立ち上がった。


「さあ、サツキ。修業の時間みたいよ」

「よし。頑張るぞ」

「ええ。それじゃあ、また明日ね。おやすみ」

「うむ。おやすみ、ルカ。ありがとう」


 ルカは微笑を残して、歩いていった。

 ドアを開ける。


「あらっ、ルカさん」


 クコが入れ違いになるルカに驚く。


「ちょっと話していたの。クコも修業頑張って」

「はい!」


 最後にルカが「おやすみ」と言って、クコもおやすみなさいと返して、二人はすれ違った。

 クコがドアを閉める。


「サツキ様、頑張りましょう!」

「うむ」




 サツキはクコとの魔法の修業を終えた。


「また明日です、サツキ様。おやすみなさい」

「うむ。おやすみ、クコ」


「はい」と、クコが部屋から出てゆく。

 そうして一人になったサツキの元には、今度はチナミがやってきた。

 トントントンとドアをノックして、


「チナミです。サツキさん、いらっしゃいますか?」


 と声がかかる。


「どうぞ」

「失礼します」


 ドアを開き、チナミが入ってくる。

 夜の十時を過ぎているから、普段のチナミならそろそろ寝る時間になるだろう。


「どうした?」

「夕方に言っていた、修業についてです」

「考えがまとまらないっていうあれか」

「はい」


 チナミが懐に手を入れ、いつも持っている巾着を引っ張り出した。そこから将棋盤と駒を入れた巾着を取り出す。詰め将棋の本も手に取った。


「ベッドに座りながらでもいいですか」

「うむ」


 サツキがベッドの中央に座り、チナミがその前に座った。サツキの足の間にすっぽり収まる形である。

 目の前に将棋盤を置き駒を並べていって本を開いたところで、チナミが言った。


「ここから三手です」

「ふむ。考えてみる」


 二人は普段からこんなふうに詰め将棋をやっているのだ。チナミがサツキの身体の前に入ることで、同じ方向を向ける。幼い頃から祖父に教わって将棋を覚えたチナミだが、父も将軍家の将棋の指南番だったほどの腕を持ち、それをチナミもしっかり受け継いでいた。


 ――サツキさんの頭の体操に、この問題は悪くないかも。


 一応、詰め将棋には思考力を鍛える目的があり、特に頭の体操というつもりでチナミは出題している。向かい合って指すこともあるが、詰め将棋のほうがやや多いかもしれない。

 そうやって将棋をしながら、二人でいろいろ話す。


「それで、修業についてなんですが」

「うむ」

「リラとナズナが話していた、二人の魔法の向上を狙ったかくれんぼは、続けていくつもりです」

「いいと思う」

「ただ、私はもう一つ別の修業も思いつきました。夕方、リラがサツキさんをつかまえたいって言っていたのを覚えてますか?」

「うむ」

「それをそのまま、修業にするんです。リラが着ぐるみに入って鬼役をする。このとき、リラは着ぐるみの動きに適応する必要があります。着ぐるみに入ったまま自在に動けるようになる修業になるかと思ったんです」

「そうだな。リラは《着ぐるみチャック》によって、着ぐるみに入り込むことができる。戦う、尾行する、逃げる……いろんなことに応用も利くな」

「はい。ナズナが言うには、リラは着ぐるみに入ると動きが少しぎこちなくなるそうです。今後のためにもそれを克服するべきかと」

「だな」

「そして、私とナズナは魔法を駆使して逃げるのが修業になります。ナズナは空を飛ぶ修業に、私は忍者の身のこなしといろんな魔法の瞬発的な使用の修業に」

「なるほど。それを夕方、考えていたのか」

「はい」

「良い修業だと思うぞ。効果も意識してやれば、三人の力になるんじゃないかな」

「でも、ここでサツキさんに参加していただいても、サツキさんにはなんの修業にもなりません」


 チナミがそう言って、サツキは小さく笑った。


「ふ。そんなことはいい。俺が参加した際には、みんなの成長を見せてもらえれば充分だ」

「そうですか」


 仮にサツキが参加しても、リラのモチベーションが上がるだけだ。だからチナミは言った。


「もし参加していただけるなら、かくれんぼのほうがいいかもしれません。サツキさんの魔力とリラの魔力、私の魔力――それぞれの違いを超音波で読み取る練習にもなる可能性がありますから」

「確かに、その把握まで超音波でできるようになったら大きい。うむ、あとで参加させてもらうよ」

「はい。まずは私たちでも少しずつかくれんぼの修業をやってみて、その成果を見せながら参加していただきたいです」

「わかった」


 それから、二人は将棋の話やサツキのコロッセオでのことを話し、チナミの忍者修業についても話して、詰め将棋を終わりにした。

 しかしチナミはサツキに背中を預けたまま動かず、


「あ、あの」


 おずおずとチナミが言って、チラとサツキを振り返った。


「なにかね」

「今日、ヒナさんに自慢されました」

「自慢……?」

「ヒナさんがサツキさんといっしょにお出かけしたことです。昨日はビナーレ噴水広場に行って、今日はアマデウス神殿に行ったみたいですね」

「うむ。浮橋教授の元へ行った帰りだな」

「ヒナさんだけ遊び歩いてずるいです」

「ふむ。言われてみれば、その時間にチナミたちは修業していたんだもんな」

「ですから、――」


 チナミは言い淀む。いつもの無表情のままではあるが、少し頬を赤らめ、思い切ったように言った。


「私ともお出かけしてください」


 サツキは即答する。


「そうだな。チナミもたまには気分転換したいよな」

「ありがとうございます」


 まだほっぺたが熱いので、チナミは前を向いたままだ。


 ――誘っちゃった。でも、いっしょにお出かけしてくれるって言ってもらえた。よかった。


 チナミはこっそり呼吸を整えて、そっと振り返る。


「私、行きたい場所があります」

「どこだ?」

「食べたいものがあるんです」

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