99 『ノットルーズガード』

 イーザッコの《魔防領域デルタ》結界を突破することは、堅城を崩すことに似ていた。

 城攻めをするかの如き難局である。

 かの《魔防領域デルタ》内の城兵は、この場合はイーザッコたった一人。

 しかし城攻めをする兵士もまたブリュノしかいない。

 元来城攻めは攻め手が不利とされる場合が多く、時間と労力がかかるのだ。

 攻め手の人数が多くなければ崩すのは長引き、疲弊するのは攻め手ばかりとなる。

 城兵が弓矢やら砲弾で攻撃するところを、攻め手が同じように弓矢を放っても虚しく、砲弾で破壊しようものなら性能が要る。

 ブリュノには現在、その性能は愚か飛び道具そのものが存在しなかった。

 しかも相手には、銃器という飛び道具が用意周到に在る。

 有利不利は明確。

 必勝の守りをイーザッコは敷いていた。


「ボクが勝つことは難しいと思うかい?」


 ブリュノはそう聞いた。


「つまらないことを聞くんだな、ジェントル。当然じゃないか。おまえがぼくの《魔防領域デルタ》結界を壊せないことはぼくの勝利を意味する。すなわち、おまえの敗北だ」

「もしここに、どこに勝利を見出すかという問題を与えればどうだろうね?」

「またまたつまらないことを言うんだな、ジェントル。ぼくの《魔防領域デルタ》結界を壊せない限り、どんな勝利も見出すことはできないじゃないか」

「果たしてそうだろうか。ボクは残念ながらキミとの相性が悪い。しかしそれだけですべては決まらないんだ。ボクの魔法がキミを制することは絶対じゃない」

「ははーん、わかったぞ。どこまでもつまらないことを考えているんだな、ジェントル。まさかおまえは、だれかが助けに来ることに期待しているな?」


 仮にブリュノが《魔防領域デルタ》結界を破壊せずとも、戦闘能力が堅城を崩すに足りなくとも、助けがあれば勝ち負けはわからない。

 きっとブリュノはそう考えているのだろう、とイーザッコは思ったのだ。

 ブリュノは肩をすくめる。


「それも戦術として悪くはないかもしれないね。そのうち世界が変わり、試合が長引けばなんらかの進展は見込める。でも違うよ、イーザッコくん。ボクが《魔封じ突きアンチ・マジック・フェンサー》という魔法を使うのは、ボクがボクの力を信じているから。そして、ボクは自分の見る目も信じてる」

「ど、どういうことだ?」


 イーザッコにはブリュノの次の言葉が読めない。


「ボクはデータで判断するわけじゃないから、詳しいことはわからないし言えないんだ」

「だったらなんだってんだよ、この会話!」


 少し苛立ちを覚え、イーザッコは銃を構えた。

 撃ったときには、ブリュノは華麗にかわしてみせた。

 バン、バンとさらに二度。

 飛び出した銃弾はいずれもブリュノにかすらない。


「ちっ。やるじゃないか。一人の時間を楽しもうと思ったが、ちょっとずつ興が乗ってきたぞ」

「ボクも試させてもらおうかな。いろいろと」


 肥大した《魔防領域デルタ》結界といえど、幸い防御断面は小さく魔法物以外は通す。

 レイピアが届く長さじゃないだけで、ブリュノが降参する理由にはならなかった。

 そして、策は自分だけが生み出すものではなく、信じる者もここでは自分だけではなかった。


 ――こっちにはチナミくんがいる。そちらにオリエッタくんがいるように。これは二対二だ。


 チナミに託す前に、ブリュノには実証実験をする必要がある。

 ブリュノは再びレイピアを構えた。




 チナミには、オリエッタが不気味だった。

 ずっとイーザッコとブリュノの戦いを見ているオリエッタ。

 片時もチナミに視線を切ることすらせず、向こうの戦いに注視している。

 それなのに。


「……」

「……また」


 またもや、つまりは幾度目かになる牽制をされたのだ。

 わずかにチナミが指先を動かしただけで、オリエッタもなにかを始めるかのように腕を動かす。

 行動をやめると、オリエッタもまた腕を下ろす。


 ――やりにくい。でも、有難くもあるのは確か。


 その理由に、戦局把握から見えた警戒の必要性があった。

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