98 『テリトリー』

 チナミは二者択一の分析を完了できない。

魔防領域デルタ》結界の正体はなにか。

 その一、魔法攻撃を通さない空間か?

 その二、何者も侵入できない空間か?

 答えがその二なら、条件探しが攻略の鍵となる。

 ラファエルの《プライベート・スケアクロウ》を想像すればわかるが、術者の裁量で侵入できる存在の取捨選択がされるからだ。

 もしこれをされた場合、生物と無生物の線引きや人数制限など、条件の絞り込みかあるいは解除法の調査をすることでしか、戦術を編み出せない。

 逆に。

 答えがその一なら。

 条件探しが不要になる。

 かといって、それは攻略を容易にしない。

 むしろその可能性は、ブリュノの魔法を思えば望ましくなかった。

 そもそもブリュノの魔法《魔封じ突きアンチ・マジック・フェンサー》は他者の回廊を遮断し、魔力を流れなくする。

 これによって、魔法を使えなくするのだ。

 しかし、《魔封じ突きアンチ・マジック・フェンサー》に魔力そのものを打ち消す効果はない。

 その時点で《魔防領域デルタ》結界は破れるはずもなかったのである。

 チナミがサッと手裏剣を投げる。

 標的は、もちろんイーザッコ。


 ――ブリュノさんへの追い打ちはさせない。でも……どうなる?


 手裏剣を見たイーザッコは、これを見極めたあと、椅子に座ったままよけた。


 ――通った。《魔防領域デルタ》結界を抜けた。手裏剣は、なぜ通った? やっぱり、魔法攻撃専門の結界?


 であれば、答えはその一。

 魔法攻撃を通さない空間――

 それこそが、《魔防領域デルタ》結界だといえる。

 解析は不充分かもしれない。

 だが、手裏剣なら結界を通せる。そうとわかればブリュノが態勢を立て直すための隙をつくりたかった。

 さらに二枚の手裏剣を放つと、その間にブリュノは《魔防領域デルタ》結界に突きを一つしてから下がった。


「やはり、か」

「……」


 ブリュノのセカンドアタック、その突きはなんと《魔防領域デルタ》結界を通りイーザッコに迫った。しかしこれをイーザッコは椅子から立ってよけた。

 けれども、ブリュノの拳が結界に触れた瞬間、レイピアはその先には伸びず、拳は結界内に入ることはできなかった。

 これにはチナミも驚いた。

 すぐにブリュノが退いたことで、イーザッコは座り直す。


「気づいたようだな」

「キミの《魔防領域デルタ》結界は、魔法を防御する結界ということだね」


 ブリュノの言う通りであり、チナミも今の攻防からそれを確信した。

 イーザッコもあっさり開示する。どうやっても結界を破ることなどできないと言わんばかりに、自信たっぷりに。


「ご名答。つまり、魔法物はこちらに侵入できない。もっと言えば、少しでも魔力が含まれたものが《魔防領域デルタ》結界の中に入ることはできないってわけだ」

「納得だよ。ボクの魔法《魔封じ突きアンチ・マジック・フェンサー》が結界を破れなかった理由はそれだったんだね」

「おまえの《魔封じ突きアンチ・マジック・フェンサー》はあくまで人体への直接攻撃で効果を発揮する。しかし人体に届く前にそれは失敗に終わることが決まっていたってわけだな。《魔封じ突きアンチ・マジック・フェンサー》は魔法であり、レイピアは当然魔力をまとっている。それじゃあぼくの《魔防領域デルタ》結界の中には入れない。ぼくの一人の時間を邪魔することはできないんだ」


 最初から、土台無理な相性だったのだ。

 魔法を扱う以上、そこには魔力の存在があり、イーザッコへと届きたくともレイピアは魔力をまとった段階でそれを不可能にする。

 しかし、セカンドアタックは違った。

 また、チナミの手裏剣も違った。

 どちらも魔力を含まない。

 だが人体にはどうしても魔力が流れており、拳の侵入は拒まれた。


「逆に、だけど。ボクの二度目のレイピアとチナミくんの手裏剣が《魔防領域デルタ》結界を通過できたのは、魔力をまとうことない攻撃だったから。だね?」

「ああ。そうだ。だが、さっきのでわかっただろう? あれじゃあぼくには勝てない。なぜなら、ぼくの《魔防領域デルタ》結界は広げることができる」


 再び、イーザッコが印を結ぶような手の動きをすると。

 デルタの大きさが変わった。

 薄い緑色の結界は一回りも二回りも大きくなった。

 そして計算するまでもなく、イーザッコのいる位置へとレイピアが届くことはない。

 飛び道具でしかイーザッコにアタックできなくなったのである。


「どうやら、ボクにはとことん不利な相手のようだね」


 コロッセオの魔法戦士たちには試合での銃器の使用許可が下りていない。イーザッコはそれを使うのだ。

 そうした意味でも。

 銃器との試合に慣れていない正々堂々の騎士、ブリュノには絶対的に不利な相手なのだった。

 さらに、状況の不利もあった。

 最初に銃で撃たれとき、右肩はかすめたのみで服に焦げ跡がつくだけだったが、次の銃撃では確かに撃ち抜かれた。

 血は徐々ににじみ、白い騎士服の肩口全体に赤が広がっている。

 痛みもある。


「ピンチを自覚しているのは褒めてやろう。なんせ、その肩だ。その肩じゃあ、さっきまでのキレで剣を使えないだろうからな」


 冷静に把握されている。イーザッコの指摘通りだった。

 ここからは、レイピアの鋭さがなくなり鈍化することだろう。

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