100 『チェックオン』

 チナミは、盤面の乱れを恐れていた。


 ――できれば、もう少しの観察と情報解析がしたい。立案の時間も欲しい。


 観察は、オリエッタとイーザッコの二人に対してだ。

 すでにチナミもまた、ブリュノの戦闘を見て、イーザッコの展開した《魔防領域デルタ》結界を見て、一対一は分が悪いことがよくわかった。


 ――イーザッコに有効打を狙えるのはおそらく私。オリエッタは不明。でも、二対二なら可能性は無限にある。


 昨日の『ゴールデンバディーズ杯』を観戦して、それは実感としてチナミの中にあった。

 だから勝算を見出すなら二対二だと思った。


 ――それにしても。盤面の乱れはまだ怖い。


 まだ怖い。

 その意味は、そのまま「まだ避けたい」ということである。


 ――問題は、オリエッタが銃を使うかどうかなんだ。


 イーザッコは銃を使う。しかしオリエッタはまだそれを見せていない。使うかわからない。

 もし銃を二人共が使う場合、チナミとブリュノを乱雑に狙うことも考えられる。逆に、しっかりと個人を狙っても、銃弾が交差する可能性が高い。


 ――オリエッタが銃を使ったら、銃弾の錯綜が怖い。私たちにとって不利でしかない。


 どこでどの流れ弾を受けるかわからないからだ。


 ――見たところ、イーザッコの身のこなしには限度がある。《魔防領域デルタ》結界は魔法物ではない銃弾を通すけど、乱れ撃ちされたそれらをよけられるかは怪しい。だから無茶はしなそうだけど。だからオリエッタは未だに攻撃をしかねているのかもしれないけど。


 実は、オリエッタの慎重さには別の理由があった。

 それはチナミの考えていないポイントによる。

 オリエッタはこう考えていた。


 ――へえ。あのチビ、『小さな仕事人』かわなみ。かなり慎重じゃん。あたしの動きにここまで警戒するのは大したもんだね。なんせ、あたしの攻撃手段はナイフじゃない。銃。


 銃を隠し持っていた。

 ここまでは、チナミの予測通り。


 ――ただ、イーザッコほどあたしは優れたスナイパーじゃないし、だから二人がかりで《魔防領域デルタ》結界を破壊しようと動いたところを狙わないとだし。そんなわけで、先に手裏剣を見せてきたのはお見事。いい牽制だ。おかげであたしは銃に触れられない。きっと、あたしが銃を手に取って撃つより、手裏剣が飛んでくるほうが早い。一度でも銃を手に持てれば五分五分で戦えるけど、初速が違いすぎる。あいつは、それだけの技術を持ってる。


 手裏剣はせいおうこくの投擲武器だ。

 晴和王国の忍者が使う暗器として知られる。

 しかし、このイストリア王国やアルブレア王国のようなルーン地方では珍しく、アルブレア王国騎士のオリエッタは実物を見たこともなかった。

 一応、アルブレア王国騎士にも忍者を抱えている者もいるため、存在だけ知っていたのだが。

 その技術の高さを我が目と第三の目で見ると、オリエッタには手裏剣の速度と精度がよくわかった。


 ――銃を使うのは最後。トドメ。切り札は隠しておきたいし、『小さな仕事人』が仕掛けてきたら応じる。どんな攻撃も見切ることはできるからね。あたしなら、さ。


 あとは、戦術は簡単だ。


 ――あとは、イーザッコが『ジェントルフェンサー』を倒して、二対一で『小さな仕事人』を銃撃して終わり。それだけよ。


 チナミの警戒と観察は、そんなプランをオリエッタに描かせていた。それも、消極的に描かせていた。そうした意味では、チナミの手裏剣は牽制としてかなりの効果を持っていた。

 時間が迫れば本当にその形に戦局は進むかもしれない。

 しかし、チナミにはあと一歩洞察が足りない。もう一歩洞察を推しすすめれば活路を見出せる気がしていた。

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