14 『カルミネッロスクエア』

 美術館を出て、リラは言った。


「サツキ様、お腹は空きませんか?」

「そういえば、少し空いてきたかな」

「もう十一時半ですからね」

「もうそんな時間か」

「楽しい時間は、過ぎるのが早いんですよ」


 とリラがサツキをからかうように言った。


「よく聞く話だ」


 まいったな、とサツキは少し照れたように苦笑してみせる。


「では、ちょっとだけ歩いて、広場に行きましょう」

「確か、カルミネッロ広場だったな」


 しおりには、バラクロフ美術館の次はカルミネッロ広場になっている。


「はい。参りましょう」

「うむ」


 またリラがサツキの手を握り、二人はカルミネッロ広場に向かった。

 二十分ほど歩いて、リラが前を指差した。


「あそこがカルミネッロ広場ですよ」

「さっきの絵の作者がデザインしたのか?」

「あら。気づいていましたか。そうです、そのカルミネッロ広場です。入りましょうか」


 リラに手を引かれて少し進むと、広場の様子がよく見えてきた。

 サツキは目を丸くした。


「なんだか、広場の中央には変わった模様もあるぞ」

「観光スポットにもなってるみたいですよ」


 二人は案内板を読む。


「『くうかんじゅつ』と呼ばれた天才芸術家、問笛螺徒駈峰路モンフェルラート・カルミネッロがデザイン・設計した広場。二百年前に描かれた魔法陣は未だその効果を保ち続けている。つまり、魔法がかけられた広場か」

「幾何学模様は花を表現しているとも言われており、花びらは常に動いている。花びらの一枚一枚に乗ると、歩行せずとも決まったマス目まで移動できる。この《ムービングウォーク地帯エリア》は、カルミネッロの魔法《空間上ノ魔法陣ワンダースペース》によるもの。ですって」


 サツキもこれですべてが理解できたわけではない。だが、リラはその辺のことも調べていそうだ。


「向こうには変わったベンチもあるし、それもカルミネッロの作品なのかな」


 リラが「ええ」と答えようとしたところに、頭にターバンのようなものを巻いたおじさんが声をかけてきた。


「あんたカルミネッロを知らないのかい? 珍しいね。『ばんのうげいじゅつ』とも呼ばれた偉人だよ。空間に作用する魔法陣を描くことができてさ、勝手に動く地面や回転する床を創り出したんだ」

「そうでしたか」

「あんた、せいじんだろ? だから知らなかったのかもしれないけど、この機会に覚えておくといいよ。あと、ここ《ムービングウォーク地帯エリア》は観光スポットの側面もありながら、おれら地元の人間には生活様式の一つとして溶け込んでんだぜ。いろいろ試してみな」

「ありがとうございます」

「勉強になりました」


 と、サツキがリラがお礼を述べると、おじさんは気安い笑顔で手を振って魔法陣へと歩いていった。

 おじさんは花びらの一枚に乗る。

 そこからは流れるように動いていった。

 リラを見ると、ちょっと複雑そうな顔をしていた。


「せっかくリラがサツキ様に教えて差し上げようと思っていたのに。だいたい言われてしまいました」

「あの人もきっと悪気はないよ」


 リラは小さく笑って、


「ふふ。わかってます。サツキ様、リラたちも試してみましょう?」

「うむ」


 さっそく花びらの一枚に乗ると、反時計回りに移動していった。やや不規則に思える軌道だが、よく観察してみれば、まっすぐに反対側まで通り抜けるルートに乗る人や五時の方角から九時の方角へ流れてゆく人など、機械仕掛けのようにちゃんと法則性もあるらしかった。


「おもしろいですね、サツキ様」

「ちょっと無駄に思える軌道も、遊び心って感じだ」

「まっすぐだけは無駄がなかったり、複雑さとシンプルさがあります」

「うむ。ああいったまっすぐの地面は、俺の世界にあった動く歩道みたいだ」

「サツキ様の世界のお話、聞きたいです。デザインとしてはどのような感じなんですか?」

「ええと、エスカレーターっていうのがあって、それが……」


 サツキが元いた世界の話をして、リラが目を輝かせる。

 途中、「ここで降りましょう」とリラが手を引いて魔法陣から出て、しゃべりながらベンチに腰を下ろした。


「へえ。おもしろいですね。エスカレーター、リラのお城にも欲しいです」

「あったら便利だろうな。まあ、自宅に設置する人は聞かないけど、俺のいた時代もいずれそうなったりするかもしれない」


 メフィストフェレスもそうだが、クコやリラもこの手の話は好きなのだ。まだ話したそうにしていたが、リラは言った。


「さて。それじゃあお昼ごはんにしましょう?」

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