イストリア王国編 コロッセオトーナメント

1 『トワイライト』

 早朝。

 クコはイストリア王国マノーラの街をランニングしていた。

 体力をつけるために、剣を振る以外にも普段から走り込みもしているのだ。

 朝陽が上り始めた時間、マノーラの街は青く澄んだ空気が降りてきていて、呼吸を忘れたみたいに静かだった。

 イストリア王国の首都であり、『みやこ』と呼ばれ過去から未来まで永遠に華の都であり続けると称されている。だが、それほどの都市でも朝のこの時間はまだ目覚めていない。

 ここ数日、朝のマノーラの街を走っているが、今日は少しだけ足を伸ばしてみることにした。


「はぁ、はぁ……」


 五分ほど走って、立ち止まる。


「ふう。見えましたね。あそこが、コロッセオ。今日、サツキ様はあそこで戦うんですね」


 もうちょっと近づこうかと思ったが、やめて引き返すことにした。あと数時間もすれば、応援に行くことになる場所。それまでは遠くで眺めるだけで充分だと思ったのだ。

 マノーラにある円形闘技場コロッセオは、ローマのコロッセオそっくりの独特の建築物になっていて、そこでは魔法戦士たちによる試合が行われていた。

 コロッセオにおける魔法戦士同士の戦いは、この世界のこの時代、最高のエンターテインメントだ。多くの人々が熱狂するマノーラのコロッセオは、世界的にも類を見ない人気の娯楽施設といえた。

 サツキとミナトはコロッセオに参加し、シングルバトル部門とダブルバトル部門で戦っているのだ。

 そして今日、コロッセオでは大会が開催される。

 ダブルバトル部門の大会で、『ゴールデンバディーズ杯』という。

 クコはその応援に行く約束になっていて、観戦の前に自分の修業をしておくつもりだった。

 ロマンスジーノ城に戻ってきて、門をくぐる。


「さて。剣を振りましょう」


 走ったあとに剣の素振りをするのがクコの習慣になっていた。

 ロマンスジーノ城で宿泊することになってからは、庭でやることにしている。

 星形の城壁に囲まれたロマンスジーノ城は、敷地内の中央に城館があり、城館の周囲は庭になっている。

 庭をぐるっと回って、城館の裏側に歩いていく。


「あ」


 クコは足を止めた。

 視線の先には、すでに先客がいた。


「おはようございます。サツキ様」

「クコか。おはよう」


 そこで剣の素振りをしていたのは、サツキだった。


「大会の朝にも修業なんて、感心ですね」

「準備運動も兼ねてやってるだけさ」

「コロッセオに行ったら軽いストレッチくらいしかできなそうですものね」

「クコは走ってきたのか?」

「はい。朝の空気が気持ちよかったので、今日はコロッセオが見えるところまで走りました」

「そうか。クコは毎日走っていて偉いな」

「偉くなど……わたしは国のため、そして自分のために鍛えているだけです。サツキ様こそすごいです」

「すごい? なにかしただろうか」


 ピンとこない様子のサツキに、クコはふふっと笑った。


「ずっとたくさんのことをしてくださっています。アルブレア王国を取り戻すためにいっしょに旅をしてくれて、戦える力をつけるために修業を積んで、そして今回も」

「今回……?」

「わかっていますよ。サツキ様がコロッセオに参加している理由。目立つため、ですよね」


 サツキは微苦笑を浮かべる。


「それだと俺がただの目立ちたがり屋みたいじゃないか」

「あ、いえ。そういうことではなくてですね……」


 クコは慌てて釈明しようとするが、


「冗談だ」


 クスリとサツキが笑うと、クコもつられて笑った。


「ふふ。はい。最初は本当に修業のためだと思ってました。でも、違いますよね。それだけではありません」

「……」

「サツキ様は、コロッセオで活躍して目立ち、注目を集め、サツキ様と士衛組を知ってもらうのが狙いです。ヒナさんのお父様の裁判で勝ったとき、その宣伝効果を高めるのが目的かと」

「ああ。その通りだ。士衛組がブロッキニオ大臣たちと戦うとき、どうしても正義の名目が要る。宗教裁判にかけられた悲劇の浮橋教授を救い、正しい科学を世に知らしめた正義の味方となる――そうすれば、ブロッキニオ大臣たちとの戦いに臨む際に味方が増え、自らも正義を語ろうとするブロッキニオ大臣に立ち向かえる。この筋書きを完成させるには、士衛組や局長の俺が目立って知名度を上げておいたほうがより効果的なんだ」

「はい。さすがはサツキ様です。修業もできて一石二鳥な作戦ですね」


 ニコニコしているクコ。だが、語を継ぐ。


「ただ、そうした計算だけでもありませんよね。わたしやリラのために、そこまで気合を入れてくださっているのでしょう?」

「約束したからな。この世界に喚び出されたあの日に。アルブレア王国を取り戻すって。そのためにできることはすべて全力でやっておきたいんだ」

「ええ。わたしのため。リラのため。そして、ヒナさんのためであり、ミナトさんのためでもあります。士衛組とサツキ様の人気が高まれば、宗教裁判がやりにくくなる」

「……」

「サツキ様も推す地動説に科学的根拠があるとわかった上で、宗教上認められないからと地動説を排除することは、裁判官側にたくさんの敵をつくることにもなりますからね。マノーラ、引いては世界中でも人気を誇るヴァレンさんを仲間にしたのも、民衆を味方につけるため。ヴァレンさんという強力な同盟者がいるだけで地盤はできているのにサツキ様自身が頑張るのは、ヒナさんを想えばこそ。ヒナさんのためにも、勝ちたいんじゃないですか?」


 サツキは頬をかいてはにかんだ。


「そうやって言葉にされると少し照れくさいな」


 だれかのためだから頑張れることもある。

 特にサツキはだれかのためだと自分のため以上に頑張れる。そういう気質だとクコは思っていた。

 それからサツキは城壁の上の空を見つめる。


「最後のミナトは言わずもがな、あいつの目標のためだ。ミナトは剣の高みを目指すために、俺たち士衛組の仲間になってくれた。でも、俺がしてやれることは今までなにもなかったし、最後に最強の騎士・グランフォード総騎士団長と戦ってもらうのも、俺たちからお願いしたいことだ。そんなミナトが腕を磨く場所があって、俺もいっしょに隣に立てる。こんなチャンス、アルブレア王国を取り戻すそのときまで、もうないかもしれない。今だからこそできるチャレンジなんだ」

「そうですね。サツキ様が強い気持ちで頑張り続ける限り、わたしも全力で応援します! わたしも心はいっしょです。いっしょに頑張りましょう」

「ありがとう。うむ、頑張るよ。クコの応援があれば、俺はもっと頑張れるから」


 サツキが力強く言い切って、クコもしかとうなずいた。

 前にもサツキは、頑張れって応援してくれたら俺は頑張れるとクコに言ったことがあった。あのときクコはいっしょに頑張りましょうと言ったし、頑張るサツキをこれからも心から応援していこうと思った。たくましい花になってほしいと思った。今のサツキは、あの頃よりもたくましくなっている。そして、ずっと強くなっている。


 ――今のサツキ様なら、『ゴールデンバディーズ杯』だって優勝できる気がします。どんな相手と戦うのかもわかりませんが、そんな気がしてるんです。頑張れ、サツキ様!




 時はそうれき一五七二年九月九日。

 現代を生きていた少年・しろさつきが異世界へと召喚されてから、五ヶ月ほどが経過した。

 一つ年上の少女・あおとの出会いがすべての始まりである。

 クコによって、サツキは異世界召喚されたのだ。

 この世界にクコがサツキを召喚した理由は、クコの事情によるものだった。

 なんとクコはアルブレア王国という国の王女で、クコの国はブロッキニオ大臣という悪い大臣にのっとられようとしているところだったのだが、ブロッキニオ大臣の勢力と戦うために、異世界から勇者を召喚するよう家庭教師・ふじがわはかから助言を受け、ひとり城を飛び出して旅を始めたそうだ。

 その後、クコはいくつもの国を旅して歩き、時には馬車に乗り、時には船にも乗って、アルブレア王国から遠く離れた世界樹を目指したらしい。

 世界樹は天にも届くような巨大な木であり、別名を魔法樹と呼ばれる、この世界の人々に魔法の力を与える特別な大樹だ。

 サツキは最初、魔法と聞いてもその存在を信じられなかったが、手をつなぐことで声を出さずともテレパシーで会話できる魔法を持つクコの力を実際に受けて、本当に魔法があるのだと感動したものだ。

 魔法は人によって使うものが異なり、自らの創造力によって生み出されるとのことである。

 そんな世界樹の根元は、魔法の力が高まる特殊な地点になっているそうで、異世界召喚という難しい魔法を施すために欠かせない条件であるらしい。

 そのため、クコはアルブレア王国から遠く世界樹の根元を目指したのだが世界樹があるのは晴和王国という国になる。

 不思議なことに地理はサツキの世界の世界地図によく似ており、アルブレア王国がイギリスに相当し、晴和王国は日本の位置にある。

 晴和王国をその目で見て、サツキは驚いたものであった。

 なぜなら、晴和王国は昔の日本のイメージを具現化したような場所だったからだ。

 地理だけじゃなく、文化も近いらしい。

 町や村の景観や科学的な文明レベルとしては、江戸時代末期から明治時代初期くらいであろうか。

 サツキはクコから事情を聞くと、彼女に協力することにして、二人の旅が始まった。

 晴和王国を旅する中で、サツキとクコはアルブレア王国奪還のための組織を結成する。

 組織名は『えいぐみ』。

 そこに集うのは、クコの知人が中心である。

 旅をしながら頼りになりそうな人物に当たって、さらにその知人へと輪が広がることもあり、人数は十二人になった。

 士衛組には役職もある。

 組織のトップでリーダーが局長のサツキ、サブリーダーが副長のクコ。

 参謀役で局長の秘書を兼ねる総長が医者の娘・たから

 この組織の頭脳となるサツキとクコとルカは司令隊と呼ばれる。

 次に、壱番隊隊長が不思議な少年剣士・いざなみなと。壱番隊隊士は、時之羽恋ジーノ・ヴァレン。彼は『ASTRAアストラ』という秘密組織のトップで、世界でも五指に入るほど有名な『かくめい』である。この組織はスパイ活動を中心に、彼らの本拠地・イストリア王国の治安を守る活動や時折盗賊のようなこともするらしい。サツキには知らない顔をいくつも持っているとの噂だ。ただし、ヴァレンは『ASTRAアストラ』のこともあって忙しく、士衛組と共に行動することはあまりできないそうで、関係性としては士衛組の仲間というより同盟に近いだろう。

 次に。

 弐番隊は三人いる。

 弐番隊隊長は、亀の姿をしたダンディーな『万能の天才』げんない。その正確な年齢はわからないが、渋いおじさんのようで、士衛組の御意見番であり指導役でもある。弐番隊隊士は陽気なメラキア人の料理人・だいもんばんじょう。そして、地動説証明のために旅をしていた少女・うきはしがそうだ。

 続いて。

 参番隊も三人。

 参番隊隊長がクコの妹でアルブレア王国第二王女のあお。サツキより一つ年下で、白銀の髪を持つクコと違い、和風な美しい黒髪を持っている。クコを晴和王国へと送り出したふじがわはかからはクコの旅立ちのあとに事情を聞き、自らの魔法を習得すると共に古代文字などの勉強をして、先に旅立ったクコを追って旅に出た。その後、海を渡って最初に出会ったヴァレンと友人になり、クコのいる晴和王国まで一気に送り届けてもらったのだ。しかし何度もすれ違ってしまい、再会は遅くなってしまったが、その間によい出会いをたくさんできた。成長した姿でクコと再会した今のリラは、士衛組の作戦・戦術にとってなくてはならない存在になるとサツキは思っている。

 残る参番隊隊士の二人も、リラと同じくサツキの一つ年下だ。一人目は、クコとリラのいとこで空を飛べる少女・おとなずな。もう一人は、ナズナの幼馴染みで祖父が学者のかわなみふじがわはかはこの海老川博士と学者仲間で、アルブレア王国でクコの家庭教師をし、大臣の動きを察してクコとリラをアルブレア王国から逃がしてくれた人だった。藤馬川博士は今もアルブレア王国でクコたちが仲間を集めて帰って来るのを待っている。

 最後に、偵察や局長の護衛を担う監察が、超一流の技を持つ影の忍者・よるとびふうさいである。




 現在、士衛組は晴和王国から船で海を渡って大陸を旅してきて、イストリア王国という国までやってきていた。

 イストリア王国は、サツキの世界の地図でいうイタリアのあたりである。

 文化も似ている。

 景色や食もそうだが、首都・マノーラにある円形闘技場コロッセオは、ローマのコロッセオそっくりの独特の建築物になっていて、そこでは魔法戦士たちによる試合が行われていた。

 コロッセオにおける魔法戦士同士の戦いは、この世界のこの時代、最高のエンターテインメントだ。多くの人々が熱狂するマノーラのコロッセオは、世界的にも類を見ない人気の娯楽施設といえた。

 マノーラは『みやこ』と呼ばれ、古代から未来まで、永遠に華の都であり続けると称されている。ここでは、歴史に美術、音楽から演劇まで様々なものがあり、ないものはないと言われるくらいだが、中でもコロッセオの人気はすごいものだった。

 サツキはミナトと共にコロッセオに参加した。

 シングルバトル部門ではそれぞれが個人戦で試合をするが、ダブルバトル部門では二人でバディーを組んでの参加である。

 そして今日、サツキは、ダブルバトル部門の大会『ゴールデンバディーズ杯』に出場するのだ。

 早朝に目覚めたサツキは、クコと試合前最後の修業をするのだった。

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