2 『ゴシップロード』

 九月九日。

 イストリア王国マノーラの街には涼風が駆ける。

 夏色だった街にも秋の始まりを感じさせる心地良い風が吹き抜け、青い空も抜けるように高い。

 この日、マノーラでは大きなイベントがあった。

 マノーラ最大の興業、円形闘技場コロッセオで大会が開催されるのだ。

 いつも以上に人々はコロッセオに観戦に向かい、いつも以上に街がそわそわしている。

 ダブルバトル部門の大会、『ゴールデンバディーズ杯』。

 ここに参加する選手を目当てに、マノーラの外からも多くの人が駆けつけてきている。

 そのため、大会の観戦客を目当てにした商売人もやってくるなど、朝からマノーラは賑やかだ。

 通行人の青年が言った。


「おい、あっちにえんがいるぜ」

「あの小さいおじいちゃんか?」

「そうだよ。強そうだなぁ。さっすが前回準優勝っ!」

「マジか! あんなおじいちゃんなのに?」

「ああ。仙人の域だよ」

「うおお、そんな人もいのか! やっぱり『ゴールデンバディーズ杯』っておもしれえ! 俄然楽しみになってきたわ!」


 連れの青年も興奮したように言って、二人はコロッセオの方面に歩いてゆく。

 別の青年たちも話しながら歩いている。


「すげえ! 馬鹿デカい剣を持ってるぞ、あの人」

「もっとデカい武器持ってる人もいるんだぜ! 前回優勝のスコット選手のバトルアックスは見たらビビるぞ」

「ほええ、そんなにかよ」


 などとしゃべり合っていた。

 その少し後ろでは。

 四十がらみの男性がうれしそうに、


「向こうにマドレーヌちゃんがいんぜ! くっそ可愛いかったなあ! サインもらってくっかあ」

 同年代の細身の男性が呆れたように肩をすくめる。

「やめとけ。試合前におまえの汚ねえ顔見せてモチベーション下がったら可哀想だろ」

「なんだと!?」


 彼らのすぐ横を二十歳くらいの女性二人がきゃっきゃしながら通り過ぎてゆく。


「ヒヨクくんとツキヒくん、めっちゃかっこよかったね!」

「可愛くてどうしようかと思った」

「どうもしちゃダメだよっ! そんなことしたらファン失格!」

「大丈夫、一瞬気を失いかけただけだから。だれにも迷惑かけてないから」

「うん。それは隣で見てたけど」


 と、真顔でつっこみ、「でもホント生のヒヨクくんとツキヒくん最高」と天にも昇る心地でコロッセオへと向かう。

 先程の四十がらみの男性はつまらないとでも言いたげに、


「けっ。なにがヒヨクくんとツキヒくんだよ。あんなガキのどこがかっこいいってんだか。ひょろっとしやがって。筋肉が足らねえよ」

「ビール腹のおまえが言うな。なんでおまえは、ああいう努力している若い子を認めようしないのかねえ」

「努力なんかしてるかどうかわかんねえだろ」

「してなきゃ、あんなに強くなれないよ。美形嫌いもほどほどにしておけ」

「はん。美形ってほどでもねえだろ、ヒヨク・ツキヒなんてよ。おまえこそ、自分より美形を褒めたりとか悔しくねーのかよ」

「良いところを良いって言うのは普通じゃないか。おまえは女には甘いくせに、イケメンには厳しいよな。てか、おまえより美形なんてほとんどの男がそうだけどな。ははは」

「なに抜かしやがる! こう見えて、おれも若い頃は……」


 細身の男性はニヤリとして、


「幼馴染みのおれにそれ言うか?」

「う……。まあ、その、なんだ。本気を出せばあいつらならおれでも勝てると思うぜ? 本当は出てもよかったくらいなんだが、相方もいないしよ。全盛期のおれはヤバかったが、少なくとも今でもあのヒヨク・ツキヒ程度には勝てるだろうな。目力だけで圧倒してやるっての」

「馬鹿言ってら。確かにおまえは力だけはあったが、ケンカなんざしたこともなかったろうが」


 と隣の細身の男性がため息をついたところで、すぐ近くを十人ほどの集団が通りかかった。


「ああいう大人数のやつらでも、おれがにらみを利かせれば……」

「?」


 パッと、その集団の先頭を歩いていた少年と視線が交わる。

 黒い帽子のつばの下に光る瞳は、大きく鋭い。

 その瞳が緋色に染まった。

 瞬間、四十がらみの男性は足が内股になってしまった。


「ひぃっ」

「……」


 少年たちが通り過ぎてゆく。

 彼らの背中を見て、細身の男性は言った。


「目が合っただけで、なんでおまえは謝るみたいにうつむいてんだ? てか、その内股やめろ」

「べ、別にちげーよ」

「にらみを利かせるんじゃなかったのかよ」


 そう言ったところで、帽子の少年にだんだら模様の入った着物少年が聞いた。


「知り合い? サツキ」

「いや。なぜだ? ミナト」

「だって、今のおじさん、サツキを見てお辞儀してたから」

「あれは違うだろ。しかし、今日は少し騒がしいな」

「賑やかだよねえ。大会があるせいかな」

「おそらくな」


 二人の会話が遠のいていったとき、細身の男性が声をあげた。


「あ! 今のは最近コロッセオに来るようになったルーキーのサツキとミナトだ。おれ、試合は仕事があったせいでまだ見られてないんだけど、噂になってんだよ。小さいのにオーラあると思ったら、あいつらか。いい目をしてたなあ」

「サ、サツキとミナト? けっ、だれだそりゃ」

「いい試合をするバディさ」

「まあ、あいつらはさほど美形ってのでもねーな。ちっとは可愛い顔してるかもだが、身体も小せえし弱そうだ」

「さっき目が合っただけでビビってうつむいちまったくせに」

「うるせー、ビビってねーし?」


 そう言いながら、


 ――あいつ、ただ者じゃねえな。このおれに、にらみをきかせるんだからよ。試合も見てやろうじゃねえか。


 と思うのだった。


「とにかくさ。おまえも若い子に文句言ってないで、あの二人の試合を見てみるといいぜ」

「別に文句なんか言ってねえよ。つーか、言われなくてもコロッセオに観戦に行くんだから、試合は全部見るっての。サツキっていったな」

「ああ。しろさつき

「覚えたぜ」

「はいはい。かっこつけてないで、行くぞ」

「おい、待てって、置いてくなよー」


 街の人たちは『ゴールデンバディーズ杯』に出場する選手の噂話をしたり、今日の試合の予想をしたり、好きな選手の話をしたりしながら、続々と円形闘技場コロッセオへと集まってゆくのだった。

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