33 『拙者たち忍者は影の者』

 四月十二日。

 ミナトは旅立つ。


「一日もあれば着くかな。いや、ちょっと急げば半日もかかるまい」


 しかし。


 ――まあ、急ぐのは好みじゃない。


 ゆったりとした足取りでミナトが王都を歩いていると、大工仕事をしている人たちがいた。

 そこに、見知った顔があった。


「こんにちは。ミチタカさん」

「お? ミナトくんじゃないか」


 おんみちたかは、先日同じ宿に泊まり、食堂で知り合った。その際、《あんぐすり》という魔法道具をいただき、今の王都は人斬りが出るし道場荒らしのならず者も出ると教えてくれたのである。


「先日は《暗視目薬》をいただきまして、ありがとう存じます」

「いやいや。その様子だと、大丈夫みたいだったな」

「はい。おかげさまで。この新しい刀とも出会えました」


 本当は『ならず者』と道場で戦い、それで新たな刀を手に入れたのだが、いかんせんミナトの説明は端折り過ぎていてわからない。しかし、ミチタカにはいい縁があったことはわかった。


「よかったな。またいい縁があるよう、おれも応援してるぜ」

「ミチタカさんも。お仕事うまくいくといいですね」

「おう。またな」

「はい。また」


 ぺこりと頭を下げ、ミナトは歩き出す。

 しばらく歩き、やがて王都を出た。

 振り返って、ミナトは王都に向かって小さく言った。


「また来るよ。次はいつになるかわからないけど。良い旅になる予感があるんだ」


 王都を飛び出した『てんさいてきけんぽう』は、浦浜を目指す。

 新しい剣『わのあんねい』を腰に下げ。

 おうみさきくにうらはま

 港町にして、次の物語が待つ場所へ。

 ただただ、己の剣を極めんがために。




 同じく四月十二日。

 ヒナはかわぐらを発った。

 図書館での調べ物も終わり、やるべきことはこの町にない。


「浦浜は、多文化の近代都市。そこでも図書館には寄っておかないとね」


 少しの不安は、自分の目的のために調べ物をしていたせいで、あの不思議な少年がすでに船出してしまっていないかという点だった。


「でも、なにより……あいつに会って確かめたい。目指すパラダイム転換を引き起こす最後のトリガー、しろさつき


 目的地浦浜はもう目の前にある。

 手鏡に自分を映して、唇を結ぶ。


「大丈夫。明日のあたしには、きっと笑顔が似合ってるんだから」


 ポケットに手鏡をしまい、顔を上げた。

 セーラー服のリボンを涼風になびかせて、ヒナは探究と出会いのために、浦浜へと足を踏み入れる。




 リラが目を覚ますと、外は明るかった。

 頭は冴えるようで、身体も『化学者軍医ケミカルメディックまつながに治療してもらった直後に比べさらに健康になった実感があり、意気天を衝く気持ちだった。


 ――これほどまでに元気なのは、長らくなかった気がするわ。


 自分の健康がリラはこの上なくうれしい。

 改めて、治療してくれたヤエといろいろと手配してくれたトウリにお礼を言いたい。しかし部屋にはだれもいない。

 が。

 そこへ、足音が聞こえた。

 襖越しに呼びかけられる。


「リラさま。起きてますか?」


 ウメノの声である。


「はい。どうぞ」


 カラリと襖を開けて、トウリとウメノが部屋に入ってきた。


「おはようございます」


 と二人が言って、リラも「おはようございます」と返す。

 さっそくリラはお礼を述べる。


「トウリさん、ウメノさん。おかげさまですっかり元気になりました。ありがとうございました」

「いいえ。それはヤエさんに言ってやってください。といっても、今はもういないので、また会ったときにでも」

「そうでしたか。はい。ところで、今は何月何日の何時ですか?」


 どのくらい眠っていたのかもわからない。リラには時間の感覚がなくなっていた。

 トウリはにこやかに答えた。


「今は、四月十二日午前十一時半。丸一日眠っていたことになりますね」

「まあ。そうだったのですね」


 驚いたが、外の太陽の加減からそんな気はしていた。


「まずはお食事でもいっしょにいかがですか? リラさん、ずっとなにも食べていないでしょう」

「そうでした」

「食べましょう!」


 ウメノが明るく誘いかけ、リラは食事をいただくことにした。

 布団から出て立ち上がったところで、トウリがそろばんをリラに触れさせた。


「私の《へんそう》で体力の増強をしていましたが、『芸術』の数値も戻しておきますね」

「はい。今までになく体力を感じることができました」


 そろばんの数値が戻るのに合わせ、リラは満ち満ちていた自分の体力が少し通常に戻ったように思った。


「ただ、元に戻してしまうだけだと私としても不安ですから」

「……?」

「特別に、これを」


 そう言うと、トウリは手の中からそろばんの珠を出してみせた。珠は三つ。これをどうしようというのか。


「一人につき、珠を三つだけ追加することができるんです。これをするには条件もあるのですが、説明は割愛させてもらって……」


 トウリはそろばんに珠を埋め込むように置いてゆく。すると、三つの珠がそろばんに溶け込み、そろばんに表示される数字が変わった。


「同じ珠一つならば、五を足すほうがいい。残る二つも『体育』に加え、数値を七上げておきます。偏差値の七は、意外と大きいですよ」

「五を足せるのは一度だけ。つまり最大で七増やすことができます」


 と、ウメノが教えてくれる。

 数値が七追加され、リラは再び体力の増強を感じた。


「おそらく、これで旅で病気になることもほとんどなくなるでしょう。さっきのは秘術ですから、他の方にはナイショにしてくださいね」

「は、はい! ありがとうございます」


 リラは大きく頭を下げた。


 ――ここまで親切にしていただいて、本当に感謝だわ。今もまた、体力がついた感じがしてる。


 ウメノの小さな手がリラの手を握る。


「さあ、リラさま。お食事にしましょう!」

「そうですね」

「こちらです。食後、私たちも城を出ましょうか」


 トウリの案内に付き従い、リラはうなずいた。


「はい」


 午後、リラは鹿城を発った。『ほほみのさいしょうたかとうと『てんしんらんまんひいさまとみさとうめの二人と共に。

 リラには、再会したい人たちがいる。


 ――お姉様、ナズナちゃん、ルカさん。待ってて、みんな。会いに行くから。そして、サツキ様。リラはあなたにお会いしたいです。


 少女はゆく。

 まだ見ぬ少年と出会うために。

 また、新たな物語を描くために。

 目指すは、爽やかな風薫る港町・浦浜。




 翌日。

 四月十三日。

 士衛組一同の旅の支度も整い、出発するのは早朝。


「ではな、風才。忍びの者として、どんなときも主人を守りなさい。とびがくれの忍者は、言葉より行動で示すが誠なり。強くあること、術を磨くこと、約束を守ること。これらを忘れずにな」


 フウジンからの言を受け、フウサイは片膝をついて頭を下げた。


「誓うでござる。今日より、拙者の命はサツキ殿のもの。拙者は、サツキ殿のために強く生き、サツキ殿を生かす。サツキ殿、よろしくお願い申し上げるでござる」


 フウサイから改めて言われた言葉に、サツキも挨拶を返す。


「こちらこそ、よろしくお願いします」

「拙者のことはフウサイと呼び捨てにしてください。緊急のとき、呼びやすいよう、普段から慣れておいたほうがよいでござる。また、サツキ殿は拙者の仕える主君、敬語は不要でござる」


 サツキがフウジンを見ると、この里長はうなずいた。そうしなさい、ということだろう。それを受けて、サツキはフウサイに言った。


「わかった。そうさせてもらうよ」

「わたしの国を救う旅に付き合ってもらうことになりますが、どうぞよろしくお願いいたしますね」


 クコも改めてそう言うと、フウサイは端然と答える。


「よしなにお頼みするでござる、クコ殿」


 ナズナとチナミも、


「わ、わたしは……ナズナです。よ、よろしくお願いします」

「チナミです。何卒お願い申し上げます。忍術も教えていただけたらうれしいです」


 と挨拶し、ルカも同じように落ち着いた丁寧な挨拶をする。


「ルカといいます。以後、よろしくお願いします」

「おれは玄内。よろしく頼むぜ」


 玄内がいぶし銀な声で言った。

 みんなの挨拶を機嫌よさげに聞いていたバンジョーが、フウサイの背中を叩く。


「ま、オレの挨拶はいらねーな。料理一筋の料理バカっつったらオレのことだ。これから、よろしくな」

「ナズナ殿、チナミ殿、ルカ殿、玄内殿、そして料理バカ殿も、よろしくお願い申し上げるでござる」

「バンジョーだよ!」

「……」


 ぷいっとフウサイはバンジョーから顔をそむける。


「またこいつー!」

「フウサイ様は仲間になることを選んだみたいでござるが、ぼくはおまえだけは認めてないでござるからね!」


 そんな宣戦布告じみたことをバンジョーに突きつけたのは、まだ八歳の少年忍者フウタであった。

 こんな小さな子にまで言われて、「ふ」とフウサイは笑った。バンジョーはこれに気づいて、


「今笑ったなー!?」

「知らぬ」


 二人が言い合っているが、サツキは士衛組局長として呼びかける。


「さあ。そろそろ行こう」

「馬車は堀があるから城下町に置いてきてます。一度、田留木城下町に戻りましょう」


 クコも朗らかな声でそう言って、バンジョーがサツキの元まで舞い戻る。フウタはまだちょっと納得いかない顔つきだが、若返った姿のフウミになだめられる。


「ほら、フウサイはもう行きますよ。気持ちよく送ってやりなさい」

「はい。フウサイ様」


 フウタがフウサイに抱きつき、涙ながらに言った。


「また会えますよね?」

「むろん。フウタ、強くなるでござる。修業をかかさずに」

「はい!」


 泣きながら答えるフウタの頭を撫でて離れると、今度はそのフウサイの頭を兄貴分のフウゼンがぽんとした。頭に手を置いたまま言う。


「フウサイ。のびのびやってこい。おれはここから応援してるから。おまえにはいつもおれがついてるから」


 濡れかかるフウサイの瞳は、すぐに閉じられ、フウサイは力強く答えた。


「有り難うでござる。兄者」

「ああ」


 フウサイはそっと離れた。

 そして、一瞬にして音も立てずに、サツキの元へと飛ぶように移動した。


「気をつけるでござる」


 とフウゼンとは同い年で親友のフウテツが、フウゼンの横でフウサイの背中に言った。


「フウサイ様~! 拙者、頑張るでござるー!」


 フウタが大きく手を振る。フウゼンはそんなフウタの肩に手をやり、もう片方の手でエールを送るようにぎゅっと拳を握った。

 すっと顎を引き、フウサイはうなずいた。

 歩き出した士衛組一行。

 振り返って、フウジンやフウミ、フウアンにフウカといった、見送りに来てくれた夜鳶の一族と、他にも顔を出してくれたフウゼンやフウタ、フウガにフウリュウ、メラキア出身の忍者フウビたちにも大きく手を振った。

 フウリュウは腕組みしたままに言う。


「里のことは我らの任せるでござる」

「また来るニン! ニンニン!」

「いつでも待ってるぞ! サツキ、頑張れよー! フウサイさん、また帰ってきてくださいねー!」


 フウビとフウガがそろって親指を立て、バンジョーが「あばよ!」と言って同じように親指を立ててみせる。

 続いて、フウミは柔らかく言った。


「みなさん、お気をつけて」


 フウカが大きな声で、


「チナミ! ナズナ! 頑張るでござるー!」


 チナミとナズナが手をあげて応えると、フウカはもうひと言、


「また来てねー!」


 と両手を振った。

 そんな妹をフウアンは優しい目で見て、また士衛組一行に顔を向けて手を振る。


「フウサイ兄さんをよろしくお願いしますね!」


 みんなが完全に前を向くと、バンジョーが景気よく拳を突き上げる。


「任せとけ! よーし! そんじゃあ行くか! 浦浜目指してしゅっぱーつ!」

「おー!」


 クコもいっしょになって拳を空に向けた。

 サツキは一歩後ろを歩くフウサイに言った。


「フウサイ。よろしく頼むよ」

「どんなときも、サツキ殿の力になるよう尽くすことを誓うでござる」


 それだけ言うと、フウサイは姿を消した。


「あ……」


 驚くサツキに、フウサイはどこからか、声だけは近くから言った。


「拙者たち忍者は影の者。人前に姿をさらすのは好ましくないゆえ、普段は《かげがくれじゅつ》でサツキ殿の影に潜んでおくでござる。いつでもご指示を」

「うむ」


 サツキはうなずいた。


 ――フウジンさん、フウミさん、フウアンさん、フウカ、フウゼンさん、フウテツさん、フウリュウさん、フウガさん、フウビさん、フウタ、そして里のみなさん。フウサイさんを一人にはさせません。俺たちみんなで強くなってみせます。




 天才忍者『ふうじんよるとびふうさいを仲間にして八人になった士衛組一行は、晴和王国七大貿易港の一つ浦浜を目指す。

 それは、雄大な海を抱えた港湾都市。

 多くの人と物が出入りする流通拠点であり、ゆえに複数の異文化が入り混じった異国情緒あふれる港町として、晴和王国第二位の人口を誇る『かいまどぐち』。

 そして、次なる物語の舞台となる場所である。

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