19 『解-懐-怪 ~ The Rainy Season ~』

 季節は梅雨になった。

 六月九日。

 四季のはっきりする晴和王国では、雨が降っている。

 王都の隣、武賀むがくにでは。

 国主であるたか氏が住むここ鹿じょうの一室に、双子の兄弟がそろっていた。

 弟のほうが言う。


「兄者。浦浜からは怪しい組織を除けたよ」

「で、あるか。トウリとひーさんに任せておいて間違いなかった」


 りゃりゃ、と兄は笑った。


「ヒサシさんは顔が利くし、裏側のよく見える人だからね。二ヶ月近くかかったけど、これで外国からの防御は随分とよくなった」

「で、あるか。わしもそう思う」


 兄弟の会話が切れると、少女がつぶやく。


「外は雨ですね」


 窓の外を眺めていた少女は、顔を振り返らせた。


「もう梅雨だからね」


 そう言って、トウリはにこりと微笑んだ。

 現在、この部屋には当主『どう使つかい』たかおうとその双子の弟『ほほみのさいしょうたかとう、そしてさんえつくにから来た『てんしんらんまんひいさまとみさとうめがいた。

 双子の兄弟は、いつも二人同じ部屋で共に書物を読み勉学に励み戦略を練る。ウメノも当然のように居座るが、二人の邪魔はあまりしない。

 そこに『かさりん』と呼ばれる参謀の『しょうねんぐんおかもりみつや、オウシの側近で『けんていなるしょともえまるなどを呼ぶこともあれば、肩書きの多い『便べん』の『ちゃせいつじもとひさしを招くこともある。また、オウシとトウリの実の妹『はこたか栖萌々すももがふらりと遊びに来て、三兄弟でおしゃべりをすることもしばしば。

 だが、基本的には二人で、そこにウメノがいるくらいである。

 ウメノは読み書きそろばんをする手を止めて窓の外を眺めていたが、思い出したようにトウリに聞いた。


「そういえば、リラさまはどうしたでしょうか」

「リラといえば、アルブレア王国の王女か」


 と、オウシが口を挟む。


「そうです。姫はずっと知りませんでした」


 あの少女・リラと出会ってすぐに事情を読み取っていたらしいトウリはにこりとして、


「まあ、姫は知らなくて当然だし、リラさんは素性を隠している様子だったから、知らなくてよかったことだよ。浦浜で測量艦の三人と食事をしたとき、『アルブレア王国の王女が姉妹とも城を抜け出して旅立った』と店員さんが言っていたのは覚えているかな?」

「はい。こっそり教えてくれました。あ、もしかして! 『えきしゃずいうんさまが言っていた高貴な少女との出会いって、王女さまだからでしたか!」

「おそらくね」


 易者の随雲に高貴な少女との出会いがあると言われ王都へ行き、リラに出会った。あの占いは当たっていたのである。

 ウメノは、また窓の外を見る。どこか遠くへ目を向けて、


「リラさまは今、れんじくを目指して旅をしています。大変な旅だそうです。妖怪も出てくると言ってました」

「そうだったね。彼らは西さいゆうたんの中にある。確か、しゅおうという『ようかいだいおう』がいて、共に旅する法師様が特殊な魔法を持つせいで狙われているとか。また、目的の経典には様々な魔法に関する知識が書かれているため、その首羅王は経典をも手に入れようとしているとか」


 話を聞くと、オウシはおどけたように言った。


「ほう。それは大変な旅をしたものじゃ。このオウシでもいれば旅は即座に終わり、その首羅王とやらも恐れずに済むものを。しかし、王女と法師様も付き添いがいるならば問題もあるまい。五人もいればあやつがハゲることもなかろう」

「ハゲ?」


 と、ウメノは首をかたむけて目を丸くした。


「この旅でハゲるようでは勉学以前じゃ。その法師様のもとであと数年修行でもするがいいわ」


 だが、トウリは苦笑を隠すばかりだった。


 ――そうか。兄者は知っていたか。キミヨシくんのことは本人の意向もあって話さないようにしていたけれど、姫はキミヨシくんとトオルくんについて、兄者にもそれとなく話していたからな。


 ウメノは、「リラさまは、明るいお兄さんと怖いお兄さんといっしょです」としか話していないはずだったが、勘の良いオウシのことだ、他のだれかのなんらかの情報と結合させて推理したのだろう。

 一つの暗示を与えればたちまち推理が冴え渡る。さしずめ神通力のような頭脳がこの兄にはある。

 トウリは微笑で言った。


「うん。兄者が言うように、きっとその必要はないね。戦闘より、もっとのちのことを見越して頭を大事に使う人だよ」

「頭を大事に?」


 またウメノにはわからず首をひねる。

 頭……つまり髪のことだよ、とトウリが言おうとすると。

 オウシが笑った。


「りゃりゃ。ウメノ、サルというのは毛づくろいが趣味だがそれだけじゃない賢いものなんじゃ」

「あ! お兄さま、キミヨシさまのことを知ってらしたのですね」

「ウメノが漏らしくさるわ」

「姫はもうお姉さんなのでおもらしはしません!」

「でも、今ので兄者の推理が確信に変わったね」


 と、トウリは小さく笑った。


「ただわしは、約一年半前、名家の氏のところに猿顔のみすぼらしいのがよく出入りするようになったことと、『おんぞう』が強面だと耳にしたことがあったこと、そしてわしががわ氏に会いに行った折、城下町でおもしろい針売りが西から東へ。天女の使った針を売り歩いていることしか知らん」

「そうなんですか?」


 ウメノには驚きだった。


「だからわかったんじゃ。しかし、改めて口にすれば、そうなるとその針売りは宿場町を回り浦浜にたどり着くだろう。あのあとわしは王都にも行ったが針売りの話は聞かぬし、針を売って作った金を浦浜で使う理由があるとすれば、海へ出る道理じゃ。そして、今の時勢において、名家の息子があの年で海へ出るなら、勉学、つまり留学しかない。『河賀沙の御曹司』に金はあるからサルの金を集めていたのであろう。まあ、あのサルめは金を借りるのをためらうやつではないが、いざ本当に必要になったときにがめつく借りられるよう、今はあえて金を借りたり施しはもらうまい。で、そこでトウリに会って、口止めしたに違いない。世界中の情報を集め、さらにはまた知恵もつけて、機を見て有利に我がたかに仕えられるよう、その準備と手回しのためにな。りゃりゃ、サルの考えなど手に取るようにわかるわ」


 この旅でキミヨシが《たいよう》の魔法を多用してハゲてしまうようなていたらくでは、留学をしても身にならないから、留学前に法師のもとで修行をしたほうがいい。と、そこに話がつながってくる。


 ――それらが一瞬でつながり形になるのが、我が兄ながらこの『波動使い』の恐ろしいところだ。


 とトウリは思った。

 ウメノが聞いた。


「じゃあどこに行くかわかりますか?」

「留学先か。ふむ。あの知恵の回るサルが行くとすれば。また、賢明な河賀沙の家が息子を留学させるとすれば。場所は――アルブレア王国か」

「え。なんでわかりましたか」

「あそこはあと二、三年もすれば大きな変化が起こる。国家規模で生まれ変わる可能性すらある。だからわしも今のうちにそことの貿易窓口が欲しくて浦浜をもらったわけだが、よほどの役者がそろわねばまずそれくらいはかかろう」


 オウシの読みは的中していた。だが、読めていない部分もある。

 実は、国家を動かす役者たちは今、船で西へと向かっている。その渦にオウシたちも絡むことになるのだが、それはまだオウシやトウリが知るところではなかった。


「そうなのですか……」


 だから、浦浜を取るために、ウメノはトウリと王都へ行き、そうくにと同盟を結んだのである。


「そうじゃ」

「測量艦の三人に実地踏査をさせていたのも、その狙いからだね」


 と、トウリも付け加えた。


「あのサルがどこまで読んでるいるかは怪しいがな。変化の大きい土地を選んだだけかもしれん。まあ、メラキアならいつ行っても価値ある場所だから、その可能性も半分くらいあったのも確かじゃ。が、東ではなく、あの王女と西へ向かうとなれば、最終目的地はアルブレア王国に絞られる。近年大きな変革のあったシャルーヌ王国では、終わった話を聞くばかりとなり今更じゃ。あの猿には物足りない。やはりアルブレア王国しかないわ。りゃりゃ、すべてウメノが漏らしたからすっきりじゃ」

「あー! またおもらしって言いましたね!」

「りゃりゃ」

「もうー! もうー! 姫はリラさまみたいなお姉さんになるのにー! もうー!」


 ウメノがぷんぷん怒って言い合っている。

 その声を聞きつけて、


「どうしたのー?」


 軽い調子でスモモがやってきた。

 オウシとトウリの妹だから気安いものである。ウメノはスモモに顔を向けると、仲間を見つけたように言い立てる。


「お姉さま! お兄さまが姫をおもらしって言います!」

「あら、やっちゃったか」

「やってないです! 姫はリラさまみたいなお姉さんになるんですー! むきー!」


 スモモにもからかわれて、ウメノは畳に転がり手足をばたつかせて駄々っ子みたいになってしまった。スモモが苦笑いで「ごめんごめん、冗談だから」となぐさめている。スモモは意外とウメノをからかうことならオウシ以上なのである。

 トウリはその様子を見て微笑した。


 ――そういえば。キミヨシくんは昔、兄者に「ハゲ鼠」と言われたことを気にして、あの魔法の多用はしなくなったからなぁ。「そう釘を刺しておかないと無駄な乱用をするから、やつが知恵を磨くようくさびを打ち込んでおいただけじゃ」とか兄者は言っていたが、キミヨシくんもリラさんのためには適度にあの魔法を使ってやって欲しいものだ。強力な魔法だからね。


 キミヨシが「本当はあんまり使いたくなかったが、必要に応じて使うのが賢い使い方だなも」と言っていたのは、そういう理由である。

 でも、とトウリは思う。


 ――やはりあの『太陽ノ子』の心配はいらない様子だけどね。あと、もう一人の同門の……あの天才剣士の話は聞かないな。どうしてるだろう。


 梅雨空に隠れるように、トウリは旧友の姿がぼやけて見える。

 そんなトウリの心境と語らうように、オウシのつぶやきが聞こえた。


「今は新戦国の世。動乱の世じゃ。義を知り、勇に生き、誠であり、誇りを持つ者だけが、ここに残るのだ。やつらはきっと残るぞ。どんな形であれ、わしらの前に現れることになる。あの剣士も、この世に降りてこようぞ」

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