35 『サツキの想像あるいは選択』
お茶の間では、サツキが『
「ブロッキニオ大臣は、どこまで考えているでしょう?」
士衛組の敵、ブロッキニオ大臣はアルブレア王国を乗っ取ろうとしている。クコの両親を幽閉し、何度も追っ手を差し向けてきた。そのブロッキニオ大臣がどこまで先を考えているのか、サツキは気になっていた。
「どこまで、というと?」
玄内に促され、サツキは言った。
「
「要は、世界樹にどう始末をつけるかってことか」
「はい。先に科学技術で軍事力を高め、世界樹をこの世界から完全に取り除くつもりなのか、世界樹を自分のものにして魔法も利用するのか。もし世界樹がなくなれば、魔法世界は終焉を迎え、科学の世界になります。逆に、世界樹を利用するなら魔法のさらなる発展が望まれる。ブロッキニオ大臣は、どっちの未来を描いているのでしょう?」
「さて、どうだろうな」
言葉を濁すが、玄内はわからなくて困ったという顔はしていない。言うべきか迷っている顔に近いだろうか。『大陰陽師』リョウメイの家系からその術を学んだり、怪異などにも詳しい玄内のことだから、もしかしたら視えている未来もあるかもしれない。だが、答えはくれなかった。充分な間を取って、
「ただ一つ言えるのは、世界樹のおかげで科学技術の進歩はその速度を抑えられているってことだ」
サツキはうなずいた。
「ええ。もし魔法がなければ、俺のいた世界みたいに科学は飛躍的成長を遂げます。でも、魔法があるからこそ、この世界での科学は絶対に一定のラインを超えずに、かつゆるやかな成長を強要される」
うんうんと聞いていた海老川博士だが、穏やかに述べる。
「魔法があれば、あらゆることへの理屈が必須ではなくなりますからね。論理的な説明ができない現象があって当然です。これでは科学は進歩しない」
学者らしい意見である。これもサツキたちが以前にも話した考えだった。さらに海老川博士は言った。
「また、アルブレア王国の大臣が世界樹をこの世界から取り除き、魔法を封じれば……そこからは歯車が噛み合ったかのように、急激に科学は発展する。それは間違いない。しかしそれは、新たな争いを生み出す。そういう話でしょう?」
「はい。この世界では、人間はその身体という器が持つ以上の力を扱える。筋力以上のことができてしまう。たとえば俺の世界では、倍力システムというのがありました」
「ほう」
「なんですか?」
この辺はやはり学者で、二人共、その単語へ興味の色を強く浮かべている。
サツキは簡単に説明する。
「ざっくり言うと、力学によるもので、道具を使って半分や三分の一の力で物を引っ張ることができる論理です。半分の力で引っ張る場合――引っ張りたい物体をロープで結び、それを途中から二又に分かれさせます。そして一方を、木や岩などの重たい安定した物体に結び、もう一方を自ら引っ張ります。つまり力の分散です」
「三分の一の力で引きたい場合は、少し手が込みそうだな」
と、玄内はさっそくその理屈を理解している。実際、サツキが読んだ本にあった説明では、滑車などを用いて分散を手伝っていた。
「それも、自分が引っ張るほうをさらに分岐させるとより力を分散させられますし、重い物を動かすには効果的ですね」
海老川博士の頭の中でも、イメージができているようだった。サツキは自分のつたない説明でもあっさり理解してしまう二人の学者に感心してしまう。
背後に控えているフウサイは無表情だがこういう話は苦手みたいだったから、サツキは紙に図を描いて見せた。
「こう描くとわかりやすいだろうか」
紙を手渡されたフウサイは、
「なるほど。拙者にもわかりやすく描いていただき、かたじけない。有り難く頂戴するでござる」
と大事そうに紙を懐にしまった。こんなものでもサツキが自分のために描いてくれたものは、フウサイにとっては大切なものなのである。
「こんなことしなくても、この世界の人は魔法でなんとかなりますからね」
「だな。しかしサツキ、おまえのいた世界の人間はみんなおまえみたいに物理や力学に通じていて、頭が回るものなのか」
玄内も内心、もう慣れてきたとはいえ、こんな少年が物理学や力学の法則を解説するなど、不思議で仕方がない。この世界では学業を修める年齢はサツキの世界より早く、十代前半で社会に出る人がほとんどだ。それも、就学率の高い晴和王国で。学問のレベルがサツキの世界より低いにしても、サツキという少年が持つ頭脳は驚くべきものであった。
サツキは平然と首を縦に振った。
「そうですね。俺のいた世界では、いろんな本がありますから。コンピュータ上には情報があふれかえっている。アクセスしようと思えば、だれでもいろんな原理原則などの科学を目にできるんです。俺の知らないことを知ってる子供だってたくさんいます」
そんなわけはなかった。確かにサツキが知らないことを知っている子供はいくらでもいるし、特定の分野において学者並みに詳しい子供もテレビやインターネットで見かけるほどだが、サツキみたいな変に知識を持った人間はまれである。日本人らしいサツキ独特の謙遜と、サツキ本人も自分はたいしたことないと本当に思っているので、これには海老川博士も面食らった。
「すごいですね……。私も、できるならサツキさんのいた世界に行っていろんな本を読んでみたい。でなくとも、サツキさんからいろんな話を聞いてみたいです」
「俺はたいしたことないですよ」
あんまり当然のように平然というものだから、海老川博士はサツキのいた世界の住人への期待値がうなぎのぼりだった。
このあと。
サツキは、元いた世界に関する話を海老川博士にしたのだが、一つの話題に区切りがつくと、玄内が言った。
「なあ、サツキ。おまえは科学が好きだよな」
「はい」
「昨晩、船で言ったこと、覚えてるか」
どの話かはわからないが、サツキはすべて覚えている。サツキの返事は聞かずに、玄内は語を継いだ。
「この先、辿る未来はいくつもの可能性を秘めている。おまえがブロッキニオ大臣に勝つ可能性も、負ける可能性も。おれはそう言った。おまえが勝ったと仮定して――おまえは科学が好きだから、科学の世界を選ぶかもしれない。そうなれば、おまえが魔法を駆逐するかもしれない」
サツキはごくりと唾を飲む。まさか、自分が破壊者になる未来など想像もしなかった。しかしそれは、破壊者であると同時に、創造主でもある。
「ブロッキニオ大臣が勝ったら、逆になるんですか?」
「いや、わからねえ。そもそも、おまえは魔法も好きだから、魔法世界を保持するかもしれないしな」
そう聞くとホッとするが、現状維持こそが最良の選択なのかは、わからない。
「ブロッキニオ大臣ってのは魔法が使えない人間なんだが、やつが科学世界を望み魔法を消し去るかもしれない」
「え。ブロッキニオ大臣は魔法が使えないんですか」
初めて聞いた事実である。
「ああ。知ったところで、おまえに影響はほぼない。おまえは個人同士の魔法の勝負を、やつとするわけじゃねえ。もっと大きな戦いをするんだからな。国家規模の」
「……そうですね」
「結果がどうなるのかは、まだわからない。だが、おまえが勝てば、おまえは未来を選ぶ権利を手にする。もちろん、さらなる大戦が続くことになっていく可能性もあるし、すべてをおまえ一人が決定できるわけではないかもしれない。それでも、この世界をよく見て、自分のいた世界と見比べ、未来を考えておくといい。おまえがどうしたいのかを」
「はい」と、サツキは小さな声で返事をした。まだ戸惑うことだが、大事なことだ。もっと世界を知らなくてはならない。サツキは自分が背負っているものの大きさに、改めて気づかされた。
一方――
その頃ミナトは、海老川博士の家から程よく離れた場所まで足を伸ばしていた。
とある目的を遂行するために。
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