34 『軍艦技術あるいは温泉掃除』

 静かになったところで、サツキは海老川博士えびかわはかせと玄内を相手に話を切り出した。


「今のこの時代、蒸気船がすでに存在していますよね。気になっていたんですが、潜水艦ってこの世界にはありますか?」


 玄内は断言した。


「存在したって記録ならある。せいおうこくやアルブレア王国、ルーン地方でな。それも百年以上前にだ。性能はたいしたことはないかもしれない。しかし、現状は存在しねえ。あったとしたら、どこかの国や組織が世界への公式発表をせずに開発に成功したことになる」


 なるほど、とサツキはあごに拳をやった。

 海老川博士は不思議そうに、


「どうしてそのようなことを気にされるのです?」

「昨夜サツキに、蒸気船がこの世界でつくられていると言ったんです」


 と玄内が言って、サツキがそれに続いて海老川博士に述べる。


「蒸気船は、軍艦技術を恐ろしく発展させます。だから、蒸気船が徐々に姿をあらわしていくと、高性能の軍艦が増えます。そして、軍艦としての機能が求められる中、自然、強力な潜水艦が登場する」

「話に聞く限りじゃあ、アルブレア王国の大臣が科学によって軍事力を高めようとしているらしいしな。世界樹を狙っていると言ってたが、それだけじゃねえだろう。世界樹を手中に収めることで魔法世界をコントロールし魔法の制限をする――そして、科学技術で世界を制圧する。そのためには安定した軍事力としての軍艦技術は必須だ。そこまで手をつけていても不思議じゃない。そういうことだろう?」


 やはり玄内は話が早い。


「はい。もしアルブレア王国が潜水艦をつくりあげていたら、この神龍島にも追っ手が来ていてもおかしくないと思いまして」

「まあ、その調査は明日以降で遅くない。だが、おれたちの戦いは別だ。技術が育つ前に、大臣らを負かして政権を取り戻さねえといけねえな」

「そうですね」


 海老川博士が理解を示す。

 しかし、サツキには引っかかる。


 ――果たして、政権を取り戻すだけでいいのか……? いや、それで済むだろうか。


 クコにはそのために協力すると言ったが、これが新たな世界でもアルブレア王国が生き残れる方法なのか。クコやリラたち王家が安心して暮らしていける道なのだろうか。

 この靄のかかったような引っかかりには、オウシたちの存在が関わることになる。

 だが、サツキが新たな構想を得るのはまだ先の話である。




 クコたち士衛組女子メンバー六人は、温泉掃除に精を出していた。

 女子しかいないから、みんな濡れてもいいように下着姿になって張り切っている。チナミだけはこの家に置いておいた水着である。一昨年の夏にヒナとこの家で過ごしたときに着ていた水着で、紺色のスクール水着のようなものだった。一応ヒナもそのときの水着があったのだが、サイズが合わなくなっているから着られない。


「ステキな温泉ですね」


 温泉は露天、ヒノキでつくられている。大きな屋根があり、そこからは小さな中庭が見えた。クコにはあまりなじみはないが、晴和王国にある盆栽を大きくしたようなものがいくつかある。ただこの庭も竹の生け垣に囲われているから、外からは見えない。もっとも、この島には、ほかに家はおろか人さえいないから気にするほどでもないが。

 リラがルカのスタイルを見て、


「すごいです、ルカさん。憧れます」

「そうかしら」


 口ではそう言っても、ふっと口元が緩んでうれしそうだった。

 実際、肉づきのよい身体は、胸や臀部は豊満ながら腰はきれいにくびれているし、クコもまじまじと見てしまう。


「わたしもまだまだ成長期ですし、ルカさんに負けられません。もっと食べて修業もがんばらないとです!」


 素直に感心していた。

 ヒナはくやしそうに歯がみしてルカとクコをにらむ。


「出るトコ出てへっこんでるトコへってこんでるからってなによ、あたしだって昔の水着もきつかったくらいだし、そのうち――」

「ふ」


 と、ルカに勝ち誇った顔で見られて、ヒナがルカに飛びかかる。


たからァー!」


 しかし、ルカがすっと避ける。ヒナは勢い余って滑って転んでひっくり返ってしまった。


「いったーい! くう! あたしだって成長してんだからねっ!」

「太って昔の水着が入らなくなっただけでしょ?」

「違うから! 成長だから!」


 ムキーと怒っているヒナをルカが挑発するものだから、クコが止めようにも「あの、あの……」と言うばかりでフォローしきれず困るほどだった。

 リラがチナミとナズナの元へと行く。


「サツキさんに一番風呂を楽しんでもらうためにも、リラたちはがんばろう?」

「うん、がんばる……!」

「だね。お姉さんたちはあの調子だし、参番隊がしっかりしないと」


 参番隊は、夜にいっしょに寝る予定なだけでなく、こういった掃除からも結束を高めようとしていた。


「チームワーク、大事に、したいね」


 ナズナがそう言うと、リラが思いついたようにぽんと手を叩いた。


「士気を鼓舞するのに、ときの声を上げるでしょう? あれ、リラたち参番隊もやろうよ」

「賛成」


 チナミが即答して、ナズナも「うん」とうなずく。


「案はある?」


 リラが聞くと、チナミが提示した。


「えいえいおー、かな。わかりやすく」

「いいね!」

「あと、最初に、参番隊って、隊長のリラちゃんが言うのは?」

「うん、合図も大事」

「じゃあ決まりね」


 と、三人はかけ声も決めた。

 そして、リラが二人に声をかける。


「じゃあ、いくよ。参番隊っ」


 と言うと、三人は鬨の声を上げた。


「えい! えい! おー!」



 しばらくすると、丁寧に掃除しているナズナ以外は、みんな下着もびっしょり濡れていた。

 たまにヒナとルカが水をかけあって戦い、チナミに無言で冷水をかけられて頭を冷やす場面もあったが、参番隊で協力しながら、青葉姉妹でも明るく風呂を磨き、せっせと働いた。

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