36 『ミナトの暗躍あるいは決意』

 ミナトは、海老川博士えびかわはかせの家を出てから森を歩いていた。

 森は茂っており、ここからでは遠くを見通せない。動物や恐竜が通ったような獣道はあったので、それに沿って歩いていた。

 当てもなく足を運ぶ。

 実は、ミナトには目的があった。

 ちょっとした野暮用である。

 家から少し歩けば、黒い岩に囲まれた不思議な畑がいくつもあったり、ほかの土地では見られない光景があった。海老川博士がすることは、ミナトにはわからない。

 恐竜とも話せる海老川博士は、道の整備も大雑把にやっていた。

 最初は、獣道がただあるばかりかと思っていたが、恐竜たちに「ここが道だよ」と教えたのだろう、ミナトが歩く獣道を恐竜が歩いていることもある。だから、単なる獣道よりもよほど道らしくなっていた。恐竜とすれ違う際に、


「やあ」


 と手をあげたら、「ぎゃう」と返事がきたときにはうれしくなったほどだ。


 ふらりふらりと歩いてきて、少し広い場所に出た。

 草っ原が約半径十メートルはあるだろうか。

 その真ん中で、ミナトは足を止めた。


「恐竜がたくさんいて心躍るなあ。もう四種類は見た。またサツキと見にこよう」


 今も、木々に隠れて身をひそめ、ミナトを見る小型恐竜がいた。


「でも、どうやらこの辺りにはあんまり大きな恐竜はいないらしい。もっと深いところにいるのかな」


 竜のいる島。

『太古の楽園』しんりゅうじま

 見る限り、特大の恐竜がいる雰囲気はない。しかしこの辺りはほんの一角。博士の生活範囲は小さな恐竜がのびのびしているように見えるが、人の立ち入りが難しそうな奥まった場所や遠くの広い草原には巨大恐竜が住んでいてもおかしくない。


「ゴホゴホ」


 ミナトは咳をした。


「ここなら、気兼ねなく咳をしても大丈夫だ。まあ、そんなことのために歩いてきたわけじゃあないんだけども」


 そして、ミナトは小さく息をつく。


「さァて。隠れているみなさん、出てきてごらんなさい」


 淀みのない落ち着いたミナトの声に、茂みからぞろぞろと数人の騎士が姿を現した。ミナトが振り返ってみると、そこには全部で十一人いた。


 ――ああ、予想より二人多い。てことは彼ら、まずまず腕が立つかなァ。


 彼らは、アルブレア王国の騎士である。

 その中から、特にがたいのいい中年の騎士が前に進み出て言った。


「よく気づいたな、『しんそくけん』イザナギミナト。おれたちがだれかわかるか?」


 あまりきれいな声ではない。精神のひずみが聞こえてくるようなしゃべり方だ。そんな傲慢な声の騎士に、ミナトは平素の透明な笑顔で答える。


「だれでしょう。察しはつきますが、用件を知りたいなァ」

「ぎはは。おれたちゃ話し合う気はねえんだよ」

「へえ。それなら、どんな御用向きです?」


 騎士はニヤリと口の端をつり上げる。


「せっかく壱番隊隊長がひとりで士衛組から離れたんだ。報復をさせてもらおうと思ったんだよ」

「報復ですか」


 ミナトは乱れない。


「そうさ。貴様が、我らが仲間であるれんどうけいを殺した。その報復だ」

「ああ」


 と、ミナトは納得する。


 ――こんな人がいたら、嫌になるかもなあ。仲間が殺された報復だと話しているのに、殺されたその仲間への悲しみなどはなさそうだ。


 騎士には今も嫌な笑みが口の端にある。

 ケイトがスパイだと知り、ミナトは斬らなければならなくなった。ケイトとはいろいなことを話して、結局、最後には斬った。ミナトがどんな気持ちだったか、目の前にいる騎士たちは理解もできないだろう。ケイトのことを、士衛組を攻撃するための口実としか考えていない連中だ。


「じゃあ、僕を斬りに来たんですね」

「そういうことだ。さすがにそれがわからねえ壱番隊隊長じゃなかったか」


 ミナトはさみしげに笑った。


「困るなァ。わかりますとも。僕はあの砂漠に、罪の花を咲かせてきた。それは事実ですから」

「ぎはは。だったら、斬られてくれるな?」


 ギロリと、騎士の目が光った。

 だがミナトは、世間話でもするような調子で、思い出すように言った。


「そうだ。この島へは、どうやって参られました?」

「質問してるのはこっちだぜ。答えられるかよ。やっぱり話にならねえな」


 不快そうに言って、騎士は仲間たちに指示を出した。


「いくぞ! このガキを――」


 サッ


 と。

 ミナトの剣が泳いだ。

 全、十一太刀。

 内、突きによって六人が串刺し。

 四人が袈裟に斬られ、あの口数の多かった中年騎士は首から上が斬り落とされている。

 最後に、後ろに潜んでいた騎士が襲いかかってきた。


「油断大敵ィー!」

「仲間が斬られてるってのに、うれしそうに言うもんじゃァありませんぜ」

「うぉおおろおう!」

「こういうとき、便利だなァ」


 ミナトは、自分の腹に向かって刀を突き刺した。

 刃がミナトの身体を突き抜け、叫ぶ騎士の脇腹を貫いた。


「て、てめえ……自分を……刺しや……がった……のか?」

「いやあ。怪我がないようにですがね。先程玄内先生にもらった魔法だとそれができるんですよ」

「……な、にィ……」


 騎士は苦しげに腹を押さえて膝をつき、うずくまった。


「《すり抜け》って言ってね。物体をすり抜けられるんです。僕の肉体が他の人間をすり抜けることはできないようですが、物体の素通りはさせられますから」


 元の魔法は、名を《ブロッケージ・パス》。

 せいおうこくの王都で、サツキが戦ったアルブレア王国騎士『武装殺しコアスナイパー条須央羅伏ジョーンズ・オーラフの魔法であった。オーラフ騎士団長は、自身の身体をブラインドにして剣の動きを見せず、身体をすり抜けさせた剣で斬りつける《アッパースルースラッシュ》が必殺技だった。しかも、武器による攻撃はすり抜けて素通りできるから、肉弾戦でないとダメージすら与えられない。サツキが戦ってきた中でも、屈指の実力者だった。


「なん、て……強さ、だ……余裕ぶり、やがって……」

「どうにかこうにか頑張って、今ここにいられてるんです。それに、最後の強さはもらい物でね。これが僕の本物の強さになるのは、いつか自分で壁を越えてからだ」


 騎士は意識を保つことができなくなり、気を失った。


「限界を突き破って、高みのその向こうへ行かなくちゃあならない。そうでないと、僕に託してくれた人との約束を結ぶことはできないと思うんです」


 計十二人が斬り伏せられ絶命。

 剣閃を目で追えた者はひとりもいなかった。

 寂しげな顔で、ミナトはつぶやく。


「つまらないものを、斬ってしまったなァ……」


 懐から懐紙を取り出して、愛刀『あましらぎく』についた赤黒い血を拭う。懐紙は、倒れている騎士の上に捨て置き、ミナトは刀を鞘に戻す。

 服は、どう斬ったのかまるで返り血がなかった。

 ミナトは空を見上げる。


 ――こんな人たちが正義の騎士を語っていたら、ケイトさんの死が浮かばれない。目的を……いや、約束を果たすまで、僕は斬りますよ。


 初めてミナトがその命までを斬った相手は、ケイトだった。それまでは、斬らずに済むなら致命傷すら与えなかった。船で『けんせい』と呼ばれるほどの腕前の実力者に挑まれた戦いでは、手加減できずに相手に大怪我をさせ、それだけで気分が優れず一睡もできなかったものである。しかし、ケイトを斬ってから、ミナトは決意が変わった。

 必要ならば斬る。

 それだけである。

 このとき、ミナトの剣には怒りも憎しみもなかった。ただただ、ケイトとの約束のためには必要な剣だと思っていたし、相手が剣を抜いたから斬っただけのことである。

 ミナトは、少し考える。


 ――しかしどうやって彼らはこの島まで来たんだろう。


 海老川博士の家に行く途中で、彼らの存在には気づいた。


 ――ほかに気づいていたのは玄内先生とフウサイさんくらいのものだろう。先生の手を煩わせる程の使い手じゃない。フウサイさんにはみんなの警護をしてもらいたい。そのためひとりで出てきたが……。


 いつから彼らがこの島に存在していたのかもわからないし、どうやってこの島にたどり着けたのかもわからない。

 でも、これらは今ミナトが考えても詮無いことだ。

 ゴホゴホっと咳をしてから、ミナトは身をひるがえした。


 ――よし。あとでサツキにでも聞いてみようかな。この島へたどり着く方法が、あの蒸気船のほかにあるのか。


 ミナトは海老川博士の家へと歩き出す。


「戻るか」

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