15 『同心メインストリート』

 チナミは大きなアーチを無表情に見上げる。

 それを見て、ナズナはにこっと笑った。


「うれしそう、だね。チナミちゃん」


 クールな無表情も、幼馴染みの目には喜怒哀楽がはっきりわかるものらしい。


「別に。ちょっとした挨拶みたいなものだから」

「うん」


 優しく微笑み、ナズナはうなずいた。


 ――やっと来られたんだもんね、チナミちゃん。


 アーチには、可愛らしくポップな文字が描かれている。

『ぺんぎんぼうやミュージアム』

 いつもチナミが頭につけているお面のキャラクター・ぺんぎんぼうやのミュージアムなのである。

 前からチナミは気になっていたらしく、チナミの机の引き出しにぺんぎんぼうやミュージアムのチラシが入っているのをナズナだけは知っている。

 二人はアーチをくぐり、ミュージアム内に入った。

 建物の壁にはぺんぎんぼうやが描かれており、チナミの期待は否が応にも高まってゆくというものだった。

 そわそわしながらチナミはぺんぎんぼうやミュージアムを歩く。


「なかなかの迫力」

「そうだね」


 家族連れや小さな子が多いが、カップルなど大人の客もいる。

 壁にはぺんぎんぼうやがたくさん描かれていて、ぺんぎんぼうやの妹や友だちがいる。

 自然と表情が緩んでいるのを、チナミ本人は気づいていない。

 だが、ナズナにはよく見えていた。


 ――いっしょに来られてよかったよ。チナミちゃん、こんなに喜んでる。


 幼馴染みの親友が楽しんでいるので、ナズナは自分も楽しくなっていた。

 ぺんぎんぼうやの置物が並んでいるエリアでは、チナミの目もピカピカ輝いている。


「かわいいね」

「ぺんぎんぼうやだからね」


 得意そうにチナミが言う。


「そうだね」


 てくてく歩いて、絵のコーナーに来た。

 ぺんぎんぼうやの絵が展示されている。一枚絵の漫画のようなものもあり、漫画がないこの時代・この世界においては珍しいものだった。


「絵がたくさん。すごいね」

「うん。ぺんぎんぼうやは、絵のタッチが優しい」

「へえ。あ、ほんとだね」

「この作者、ふじがわ先生に会ってみたい」

「会えるといいね。あれ……?」


 なにかを思い出そうとしているナズナに、チナミは聞く。


「どうしたの?」

「なんだか、聞いたことあるお名前……のような……」

「……」

「かんちがい、かも」

「そっか」


 絵のコーナーは、これまで公開・出版された絵が多く展示されており、距離も長めに取られている。ファンにとってはここがメインストリートだと言われているほどで、二人はゆっくりと見ながら歩く。

 すると、少年が立っていた。

 少年は特に一枚の絵を気に入ったように微笑を携え、眺めている。年はナズナとチナミより一つか二つ上くらい、後ろで束ねた黒髪は絹のようで、袖口にだんだら模様が入っている。


「いなせだねえ」


 サムライのかっこうをしたぺんぎんぼうやの絵の前だった。

 チナミはそれを見て、にやりとする。


 ――この人、わかってる。あれは、かっこいい。


 少年の頭には、王都のお面屋さんで売られているぺんぎんぼうやのお面もあり、耳の横に回してある。


 ――お面まで……。かなりの通とみた。


 とことこ歩いて少年の横に並び、チナミもサムライのかっこうをしたぺんぎんぼうやの絵を見る。腕組みして何度もうなずく。


 ――うん。うん。何度見てもかっこいい。ぺんぎんぼうやはやっぱり人気なんだ。子供にも大人にも。さすが、ぺんぎんぼうやだね。


 一方の少年は絵を眺め、


「うん。いなせだねえ」


 と何度も言っていた。

 チナミはぺんぎんぼうやの人気や少年の反応に満足して、通り過ぎた。

 そのあとも、ご満悦なチナミは気分よくミュージアム内を歩き回った。

 すべて見終えて、あとはお土産コーナーを残すのみとなる。


「なにか、買うの?」


 ナズナに聞かれ、チナミは親指を立てる。


「記念品。ナズナのも選ぶから、任せて」

「あ、ありがとう」


 結局、チナミはペン、クリアファイル、下敷き、マスキングテープなどの文房具、マグカップ、アクリルスタンド、缶バッジ、ポスターなどいろいろと買い物カゴに入れた。

 レジに行こうと歩いていたが、チナミの足が止まる。


「これは……」


 飾られているのは、『おいでよ ぺんぎんぼうやカフェ』という商品だった。

 小箱を見てナズナが首をひねる。


「ランダム商品……?」

「うん。この六つのラインナップの中から一つが出る。私の狙いは1番と3番。ジオラマがつくれるんだけど、キッチンと看板のセットか、テーブルとパフェ。スイーツプレートもいい。ほぼハズレなし。三つ買えば、どっちかは……」

「出るといいね」


 こくりとうなずき、チナミは三箱をカゴに入れた。レジに行くと、くじが開催されていると知る。


 ――これは、テディボーイとかかえるおうじでもやってたキャラクターくじ。ぺんぎんぼうやもあったんだ。


 ハズレなしのくじですよ、とレジのお姉さんが教えてくれる。

 C賞のお皿は全部なくなっている。


 ――残ってるのは、A賞のぬいぐるみが一つ、B賞のぬいぐるみ付きブランケットが一つ、D賞のハンドタオルが三つ、E賞のラバーストラップが五つ。そしてラストワン賞の目覚まし時計。欲しいのはB賞。ぬいぐるみもくっついててかわいい。ラストワン賞もいい。でも……微妙に、全部買うのはためらわれる。


「い、一回、お願いします」

「はい。一回ですね」


 ――E賞じゃなければ負けじゃない。ハンドタオルでもいい。確率は半々くらい……。


 引いたくじの結果は、


「はい。D賞のハンドタオルです。三種類とも残ってますが、どれがいいですか?」

「これで」


 絵柄を選び、店員の「ありがとうございました」の笑顔に送られて売り場を出る。


 ――ま、こんなもんかな。くじも悪くなかったけど、大収穫。


 巾着袋に荷物を入れた。この巾着は《しょうげんぶくろ》という魔法道具である。見た目は小さいが約五十リットル分入るから、まだ余裕がある。さらに、収納してしまえばファイルやポスターも折れないから安心して動ける。

 外に出る前にガチャガチャの台が並んで置いてある。そこで、またチナミの足が止まった。

 ナズナはシール集めが好きだからシールだけ買って、チナミの横に来た。


「ガチャガチャ……」

「一回、やろう」

「アクリルキーホルダー……どれも、かわいい」

「狙いは、ぺんぎんぼうやマリンセーラーバージョン」


 そう言ってコインを入れて回して、カプセルが出てくる。チナミは小さな手でカプセルをつかみ、パカッと開けた。


「す、すごい……!」

「やった……」


 なんと、狙いのぺんぎんぼうやマリンセーラーが当たった。

 ほくほくした顔でミュージアムを出て、チナミは言った。


「大仕事だった」


 大きな仕事を終えた『ちいさなごとにん』からは笑顔がこぼれる。


「楽しかったね」

「うん」


 帰りは庭をぐるっと歩く。

 庭にはぺんぎんぼうやのキャラクターたちの等身大の人形が置かれているのである。

 チナミはぺんぎんぼうやのくちばしを撫でる。


「ぺんぎんぼうやのくちばしには幸運が宿る。触るといいことがあるから、ナズナも撫でるといい」

「うん」


 言われるまま、ナズナもぺんぎんぼうやのくちばしを撫でた。

 他にもぺんぎんぼうやのキャラクターたちを見て、庭を抜けて通りに出る。


「これから、どうしよう?」

「シーバスに乗って、水族館に行こう」

「そうだね」

「じゃあ、行こっか」


 うん、とチナミがうなずき、二人はシーバスに乗って水族館を目指す。

 水族館では、サツキと待ち合わせをしている。いっしょに水族館を回る約束なのである。

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