16 『追想オーバーラップ』

 ナズナとチナミがぺんぎんぼうやミュージアムを出て、五分。

 アーチをピカピカ輝く瞳で見上げる人影があった。


「うわーっ! やっぱり何度見ても最高だよ、ぺんぎんぼうや!」


 このアーチを前に立ち止まるのは、アキとエミとクコだった。


「エミは本当に好きだなあ。あはは」

「もっちろん! ぺんぎんぼうやは人類の宝だよ」

「作者の藤馬川先生のサインはエミの宝物だったよね」

「だから肌身離さず持ってるんだぁ。先生に会ったことはないんだけどね」


 二人は、カメラで収めた物を収納する魔法を持っている。エミはそれで収納し持ち歩いているのだろう。

 クコはポンと手を打った。


「藤馬川博士と同じお名前です」

「博士?」


 気になる光線を目から発射してエミが尋ねる。


「はい。名字が同じです。下の名前が同じかはわかりませんが、博士はふじがわりょうへいさんといいます。魔法や魔法陣の研究がメインで、他の分野もいろいろ知っているすごい方なんです」

「あーっ!」


 エミが大声を上げて、盛大に尻もちをついた。


「どうされましたか?」

「その人だよ! ぺんぎんぼうやの作者!」

「あら! そうでしたか」

「クコちゃん! あとで、会わせてもらえない?」

「大丈夫ですよ。ただ、わたしはこのあと明日の船でガンダス共和国に行き、そこからアルブレア王国を目指します。博士もアルブレア王国にいらっしゃるのですが、わたしたちがアルブレア王国で問題を片づけたらになると思います」

「それでもいいよ!」

「では、約束です」

「うん! 約束!」


 二人は小指を絡め、指切りげんまんをした。

 アキがにかっと笑って、


「よかったね、エミ!」

「うん」


 わーい、とくるっとターンするエミだが、ピタッと動きを止め、クコに向き直る。


「そういえば、クコちゃんはどの船に乗るの? 実はアタシたちも船に乗るんだよ」

「お二人も船出の予定があったんですね。わたしは明日の九時の便です」

「そっか。アタシとアキは今日の夕方の便なんだよね」

「じゃあ変更しようよ、エミ」

「そうだね、アキ」


 本日の夕方に出航する船に乗る予定だったから、二人は同行したいと言ったクコに夕方までだと答えたのだ。そういう事情だったのかと、クコはやっと理解した。


「でも、まずはぺんぎんぼうやミュージアムだ」

「うん! ぺんぎんぼうやを楽しもーう!」


 はーい、とクコも手をあげて三人でアーチをくぐった。

 ミュージアム内。

 エミが展示されている絵を見て驚いた。


「あ」

「どうしたんだい?」

「これ、二週間前と変わってるよ」

「確かにっ」


 それを聞いて、今度はクコが驚いた。


「お二人は、二週間前にも来ていたんですか?」

「クコちゃんと浦浜に降り立った日にね」

「エミが行きたいって言ってさ」


 これはびっくりである。


 ――あんなにはしゃいでいたから、初めて来たものと思ってましたが。まさか、そんなにマメに来ていたなんて。


 エミはなんてことないように言う。


「近くに来たら寄るから、配置が変わったとかお土産コーナーの商品が変わったとかっていうのもすぐにわかるよ」

「まあ」


 と、クコは笑った。

 相当なマニアだと言える。


 ――ぺんぎんぼうやはチナミさんが好きでしたね。ちゃんと来られていたらいいですが。


 そんなことを思いながら、クコはアキとエミの二人とミュージアム内を歩いた。

 突然、アキがうなった。


「むむぅっ!?」

「どうしたの?」

「あれだよ」

「あれって?」


 アキの指差すほうを見て、エミは顎に手を当て探偵のようなポーズで目をみはる。そして、「あっ」と叫んだ。


「ミナトくんだー!」

「やっぱりそうだ!」


 二人がこうやって大きな声を出しても、館内では怒られない。ちびっ子たちが騒ぐのも当然な場所なので、この二人を気にする客はあまりいなかった。


「おーい!」

「ミナトくーん」


 駆け寄ってくるアキとエミ。

 だんだら模様の羽織の少年は、くるっと顔をそちらへ向けた。


「やあ。これは、アキさんとエミさんじゃありませんか」

「来てたんだね」

「ぺんぎんぼうや最高だよね」


 と、エミがミナトの頭についているぺんぎんぼうやのお面を発見する。


「その節はどうも」


 遅れてクコがやってきて、二人に質問した。


「お二人のお友だちですか?」

「僕はいざなみなとと申します。お二人には、数日前に王都で偶然出会いましてね。そのとき、このお面をいただいたんです」

「ぺんぎんぼうやファン同士、すっかり意気投合しちゃってね」

「えへへ。そうなんだよぉー」


 エミが照れたように頭をかく。

 あら、とクコはにこやかに言って、挨拶する。


「わたしはクコといいます。よろしくお願いしますね」

「そうですか。クコさん。覚えましたとも。ときに、みなさんは浦浜へはなんで来たんです?」


 ミナトが問うと、アキが思い出すようにおでこを人差し指で押さえて、


「えーと、基本的には走ってかな。いろいろ使ったりもしたけど」

「そうだね。アタシとアキはね。クコちゃんは馬車だと思うよ」


 まじめに答えるアキとエミを、ミナトは軽やかに笑い飛ばした。


「あはは。素敵なだなあ、お二人は。僕はちょっと海の外に出ようと思ってましてね、もしかしたら、みなさんもかなって」

「そうだよ」

「アタシたち、アルブレア王国に行くことに決めたの」

「クコちゃんが行くっていうからさ」

「明日九時の便にいっしょに乗ろうと思ってるんだ。船を降りたあとのペースは違うかもだけどね」


 アキとエミの返答を聞き、ミナトはクコを見る。クコはうなずいた。


「はい。そうなんです」

「へえ」

「だからさ、ミナトくんも方角がいっしょにならいっしょの船に乗ろうよ」

「せっかくだもん。旅は道連れ世は情けってね!」


 二人からの誘いに、ミナトはぺこりと頭を下げる。


「では。せっかくです。そうさせてもらいます。ミュージアムを出たら船の案内所へ行かないとだなァ」

「ボクらもいっしょに行くよ」

「予約を変更しないとだしね」


 子供のようにはしゃいで楽しそうなアキとエミ、仲間ができた気分でにこにこしているクコ。

 ミナトは静かな微笑を浮かべた。


 ――これが縁ってやつかなァ。


 そして、波止場での会話を追想する。




 あの忍者は教えてくれた。


「拙者は、主のとある目的のため、船出の予定があるのでござる」

「同じですね。僕も船に乗る予定があったんです」

「そうでござったか」

「僕はただの流浪人。旅の剣士です。ただ強くなるために、海に出るんです。今度の旅の最終目標は、『よんしょう』グランフォードさん。アルブレア王国総騎士団長というお方だそうで」

「『四将』と言えば、世界の頂上の四人。そんな方と戦うのでござるか」

「ええ。戦わせていただけたらのお話ですが」


 フウサイは水平線を見つめる。

 ミナトも同じほうを見て、つぶやく。


「空と海が交わってるみたいだ。ずっと先では、本当に交わっているのかもしれない」


 その言葉を聞いて、やがてフウサイは言った。


「拙者の主が目指す先も同じになろうと思うでござる。氏に悪意も敵意もないとみて、独り言を。拙者たちは明日の九時の船に乗るでござる」

「明日の九時」


 そのとき、波止場には疾い風が吹いた。


「では、失礼つかまつる」


 それっきり、フウサイは姿さえ見えなくなって消えてしまった。

 魔法、《ふうじん》によって風に溶け込み、風と共に去っていったのである。

 忍者らしく消え去ったフウサイを探すようなこともせず、ミナトはひとりごちる。


「決めた。フウサイさん、ありがとうございます」




 追想を終える。

 波止場での会話と照らし合わせ、ミナトは陽気につぶやいた。


「これは楽しい旅になりそうだ」




 一つの歯車が噛み合い、出会いを導く滑車は回り出す。

 さらに次の歯車を噛み合わせるために、別の場所では別の物語が描かれていた。

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