17 『壊乱オペレッタ』

 針売りが二人。

 猿顔の青年が呼び込む。


「やあやあやあ! この針はなんでも縫える針だなもよー!」

「……」


 会計係の青年は、座ったままテーブルに針を並べてお金の計算をしている。

 その間にも猿顔の青年はしゃべるしゃべる。


「どんな上等な着物も綺麗に縫えるし鞄やぞうきんだってすらすら縫えるだなも。この針、芸事の上達を祈って天女さまが使っていたのと同じというじゃないだなもか。針仕事が苦手な人もあっという間に上達必至、洛西ノ宮では誰も彼もが買い求めた自慢の針だなもよー! そうそう、この便利な針にも縫えないものと言えば、おしゃべりな唇だけ! え? 我が輩の唇? それはどういう意味だなもかな? うきゃきゃ! お客さん、どうぞ試してみないだなもか? いやいや、我が輩の唇じゃなくてそのほつれた着物の袖口だなも」


 よく回る口をせっせと動かし、存分にしゃべり終えると、針がまた売れていた。


「トオル。あとどれくらいだなも?」


 呼びかけられ、トオルと呼ばれた会計係の青年が顔を上げた。


「このテーブルの分だ」


 前髪を左右で分けた品のいい髪型に、やや細身で背も少し高め、顔立ちもいいが表情のせいもあろうが強面の印象である。常に怒ったような顔も、その実まったく怒りなどはなく、河童の寒稽古のようなものである。


「キミヨシ。売り場を変えないか?」


 猿顔の青年キミヨシは、からりと笑った。


「それもそうだなも。食事を終えた人たちが通りかかるこの場所も、今はちょっと人波も落ち着いてきただなもからね」

「やべえ! やべえ!」


 そんな二人の目の前を、金髪の大柄な青年が駆けてゆく。青と白のボーダーのノースリーブと白いズボンに白い靴。爽やかな船乗りのような格好である。

「ラーメン博物館に寄るの忘れてたぜ!」


 青年を見送り、キミヨシは笑った。


「まだ食事の人もいるだなもねえ」

「あれは違うだろ。それより、繁華街でも中心部がいい」

「その辺はトオルに任せるだなもよ。頼りにしてるだなも」


 それには答えず、トオルは針をしまいテーブルを片付ける。


「《大熊猫加速パンダッシュ》!」


 今度は、パンダのおもちゃみたいな自転車にまたがり猛スピードで走るチャイナ服の女騎士が、トオルの前を横切った。


「あのガキぃー! どこにいるアルかー!」


 女騎士は喚いている。

 キミヨシは平然と言った。


「あ、トオル」

「なんだ?」

「我が輩、パンダ肉まんが食べたい気分だなも」

「あれはやめとけ。それより、あのデカい肉まんにするぞ。オレらまだ昼飯食ってねえしな」

「まああれなら文句のつけようもないだなも。『』だっただなもか」

「うっ」

「耳が痛いだなも」


 突然、耳に痛みを覚える。しかも二人同時に。

 さっきの女騎士などは悲惨だった。


「アイヤァーッ!」


 手を離して両手で耳を塞ぎ、自転車はコントロールを失ったまま店に突っ込んでいた。

 身長二メートルはあろうかという八百屋の主人に怒られて、女騎士はぺこぺこ頭を下げている。「ごめんなさいアルごめんなさいアル」と繰り返していた。

 キミヨシはもうケロッとした顔で笑う。


「きっと超音波系の魔法だなもね。迷惑な話だなも」

「だろうな。ホント、町中で暴れてんじゃねえよ」


 つぶやき、トオルは横目にキミヨシを見る。


「おい」

「なんだなも?」

「なにニヤニヤしてんだ? 良いことでもあったかよ?」

「うきゃきゃ!」

「笑うな。むしろ悪いことがあったばっかりだってのに、不気味なやつだぜ」

「『おんぞうとおるともあろう者が我が輩の考えを読めないはずないだなも。違うんだなもよ、良いことがあったんじゃない。これから起きるんだなも」

「は?」

「人がニヤニヤ笑うのは、おかしなことを思い出したか、これから良いことがあるとわかる場合か、だなも」

「そうかよ」

「だなも。で、我が輩、これからなにか良いことが起こる予感がビンビンするだなも」

「具体的には?」

「さあ? だから楽しいだなも。人生は」

「はん。いい加減なやつだぜ」

「心配ご無用! 『たいようわたりきみよしに任せるだなも。おっと、これはしたり。うきゃきゃ、我が輩がなにもしなくても良いことが起こるんだっただなも」


 小さく嘆息し、トオルは歩き出す。


 ――こいつの勘の良さと運の良さは、オレも評価するところだ。まあ、ちっとばかし期待させてもらうぜ。キミヨシ。


 太陽のような笑顔で陽気に歩くキミヨシと、近寄りがたい強面で隣をゆくトオル。

 二人が出会うのは……。




 数分前――。

 浦浜某所。

 玄内は気分転換がてら歩いていた。

 ここで、玄内はアルブレア王国騎士を見かける。スーツにハット、蝶ネクタイが特徴的な青年で、一見すると騎士に見えないが、ブローチがアルブレア王国騎士のものだった。

 相手も玄内に気づいた。


「報告にあったカメはアンタか」

「おまえさんはアルブレア王国騎士だろう?」

「ああそうさ。アンタを倒すためにやってきた。いや、クコ王女をブロッキニオ大臣に差し出せればアンタなんざどうでもいい。眼中にもないが、こうして出会ったが運の尽きってやつ」

なげぇ」

「あん?」


 騎士は怒りをにじませ、こめかみに青筋を浮かべて両手の拳を握った。


「カメの分際で言ってくれんじゃねえの。お見舞いしてやるよ、アタクシの魔法をな」

「興味ねえな」

「いいから聞いてもらうっての。冥土の土産にな。アタクシは『ちょうおんいきのマエストロ』可葦雄板帯カイユー・バンタイ。そして魔法が、《超音波式音響兵器スーパーアーミーノイズ》。鼓膜をぶち破らせてもらうぜ」


 バンタイは口を大きく開けた。

 周囲に人はいない。

 だから、他の人間の反応はわからない。

 しかし隣の通りからは悲鳴が聞こえてくる。


「いたーい! なんなのー!?」

「耳がァーっ!」

「アイヤァーッ!」


 人々の悲鳴に、バンタイは満足した。


「アッアッア! アタクシの攻撃を受けて耳が無事な者なんて……え?」


 高笑いしたバンタイだが、玄内が平然とマスケット銃を向けてきたのを見て、愕然とする。


「どうして?」

「カメだからさ。なんてな。バリアでも貼られたと思って観念してくれや」

「ななな、なんだって?」

「《痺レ弾エレキテルバレット》」


 弾丸を撃ち込まれ、バンタイはビリビリと身体をしびれさせて倒れてしまった。気絶しており、これより二十四時間はそのままになる。


「あと。その魔法、没収だ。《魔法管理者マジックキーパー》」


 手の中に鍵を出現させ、バンタイの首の後ろに差し込み、ひねる。


「ナズナにおあつらえ向きの魔法が向こうからやってくるとはな。が、技名は変えてやるか。ナズナが持つには覚えにくい。歌のサポートはバトル開始時で充分だったし、ナズナには戦闘中の役割が欲しかったところだ。こいつは使えそうだぜ。超音波による検査や探知ができれば、チナミと調査隊の仕事をさせられる。戦闘中、鼓膜まで破らずとも、音波で敵の隙を作れればそれだけで武器になるってもんだ」


 企画力に富みすぎるこの発明の天才には、いくらでも使い道が思いつく。ただの無差別音響兵器にするのはもったいない。


 ――まあ、細かいことはあとで考えるとするか。まずはクコにグリップの魔法を与えてやれるように、さっきの魔法をいじってやらねえとな。


 玄内はニヤリと頬をゆがめた。

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