幕間紀行 『ファントムケイブシティー(5)』
サツキがヒナとチナミに問う。
「そんな音、していたのか?」
「わたしも気づきませんでしたが、いつからです?」
重ねてクコも質問すると、みんなが気づいていなかったことが不思議でならないようにヒナが驚きのリアクションをした。
「ずっとしてたじゃない! 町に入ってからずっと! ヘンな町だなって思ってたのよ! あんたたち、今の今まで気づいてなかったの?」
「私が気づいたのは、この家に入ってからですが」
「そうね。私も」
チナミとルカがそう言うと、リラとナズナが顔を見合わせ、
「ナズナちゃんは、気づいてた?」
「ううん。リラちゃんは?」
「リラも」
と言うし、バンジョーがあっけらかんと笑う。
「ヒナは魔法で小さな音でも聞けるからな!」
「おまえの《
玄内は亀の姿になっているが、この身体でも視覚や聴覚など、あらゆる器官が常人よりも優れた機能性を有している。それも『万能の天才』と呼ばれる無数の魔法のおかげで、魔法で常に五感が強化されている状態なのだ。
一方で、ヒナの《
ミナトがにこと笑顔で、
「まあ、僕ら普通の人間が聞こえない音をだれが拾えたかはどうでもいいじゃァありませんか」
「だな。問題は、ヒナや先生に聞こえているその音がどんな意味を持つのか。町長さん、地下ではなにか行っていることがあるんですか?」
サツキが質問した。
町長は首をひねる。
「いいえ。町として行っていることなどないはずですが。この町は洞窟のように岩山を掘って作られています。地下教会など、地下に施設や生活スペースがある場合もありますが、それも一部。観光産業が廃れてきた現在、住人の数も減ってきて、新たな掘削作業も必要としていない状態です。だれも掘ろうとはしないのではないかと……」
「そもそも、この町は渓谷から横穴を掘って洞窟を作ったことが始まりと言われています」
とおばあさんがお茶をみんなに出してくれた。お茶といっても、
「オリーブのよい香りですねえ」
ミナトの微笑みに、おばあさんも優しい笑顔になる。
「このあたりはオリーブの産地ですから。うちではオリーブ茶もよく飲むんですよ」
「いいですねえ」
のどかに会話するミナトとおばあさんの横で、バンジョーが声を上げた。
「そうだった! オレはオリーブオイルを買いたかったんだ! 忘れてたぜ!」
「町に平和が戻れば、お店も再開すると思います。そのときにいっぱい買いましょう」
クコに励まされ、
「それしかねえな!」
バンジョーもニカッと笑った。
「あの。それで、横穴というのは……」
サツキが話を戻すと、おばあさんが教えてくれる。
「ええ。その横穴は、位置としてはかなり低い場所になります。もしかしたら……」
「そっか! すぐそこの渓谷で横穴を掘っているやつがいて、そのせいで音がしてたかもしれないってわけね!」
ヒナが合点する。
サツキがうむとうなずく。
「だとしたら、この町を支配している『あのお方』の存在と、攫われた人たちの行方がわからないこと、不思議な音、それらを合わせて導き出せる可能性は――」
「若い人間たちを地下に閉じ込め、掘削作業に利用している。そういうことね」
ルカがサツキの言いたいことをまとめる。
クコがサツキのほうへぐっと身を乗り出して、
「それなら、渓谷に行き、横穴から調査してみるのがいいですね!」
「うむ。そうしたいが……」
チラとサツキがチナミを見やると、こくりとあごを引いて言った。
「私がちょっと見てきましょう。《
「頼む」
チナミは口に巻物をくわえる。この巻物は、忍者・フウサイがいた忍びの里でもらった免許皆伝の巻物なのだ。口にくわえると、影に関する三つの忍術を使えるようになる。また、チナミのものは特製で、見た目も変わる。浴衣にポニーテールだったチナミの衣装が、額当てが装着され二つ結びになり、くノ一のような服装に替わる。
「おお……忍者」
と、おじいさんとおばあさんが驚いている。
「なるほどね! チナミちゃんの《
ヒナがビッと親指を立てると、チナミが無表情のまま言葉を返す。
「なにを言っているんですか。ヒナさん」
「え?」
「ヒナさんも来るんですよ」
「うそ! なんで!?」
「その耳で音を聞いて、音の発生源を探ってもらうために決まっています。ほら、行きますよ」
「ちょっとっ! あたしじゃなくてもいいじゃん。あたしって戦闘には不向きだし、いざってとき――」
「目いっぱい息を吸って」
言われるまま、ヒナは「すぅーっ」と息を吸った。
チナミはサツキと目を合わせ、うなずき合う。そして、ヒナの手首をつかみ、二人はドロンと地面に潜るように消えてしまった。
潜った際の地中は、水の中に近い感覚になるらしい。いっしょに潜る人も呼吸ができなくなるから息を止める必要があるが、術者が触れていれば何人でもいっしょに潜れるのは大きなポイントである。ただし、水中を泳ぐよりもずっと速く移動できるし、泳ぐよりもだいぶ少ない疲労感で済む。
二人が消えたあと、町長が感嘆の声を漏らした。
「すごいな……。晴和王国の忍び、初めて見た。サムライと並び、晴和王国を象徴する存在だという」
「ええ。まさしく忍者ですよ」
おばあさんもうれしそうである。
チナミは本当の忍者ではない。免許皆伝の巻物をもらってはいるが、本物の忍者・フウサイに忍びの修業をつけてもらって、術を磨いている最中なのだ。ただ、任務としてできることは多い。
「あなた方なら、この怪事件をなんとかしてくれるかもしれませんね。
「わしからも、改めてお願いします」
さっきは話だけしたら帰ってもらうつもりであった町長だったが、士衛組に期待をしてくれているらしい。
ヒナが地下の音に気づき、チナミが地面に潜る魔法を使った。そして、士衛組の精神を聞いた。それで信頼を得られたようなのだ。
クコはこの老夫婦に頼られたことがうれしくて、力強く胸に手を当て、顔を輝かせて答えた。
「もちろんです! わたしたち士衛組にお任せください!」
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