幕間紀行 『ファントムケイブシティー(6)』

「ああ、どうしましょう。わたしにできることはないでしょうか」


 そわそわするおばあさんに、サツキがにこと微笑み言った。


「まずは、偵察に行ったチナミとヒナが戻るのを待ちましょう」

「そうですね」


 ミナトはのんびり音楽を聴くように目を閉じ、


「やあ、耳を澄ませば、わずかにだが聞こえてくるものだなァ」


 と楽しげにつぶやいた。


「で。玄内先生」

「なんだ?」


 急に水を向けられ、玄内はミナトに視線をやった。


「町に着いたとき、サツキとルカさんと話していたアレ。どういうことです? 紛れ込んでいる良くねえもんってのは気になるなァ」

「前のほう歩いてると思ったが、ちゃっかり聞いてやがったか」


 玄内が愉快そうに鼻を鳴らす。


「いやあ。ちょうどサツキと話でもしようと思っていたところでしたから」

「そうかい」

「僕には、その良くねえもんってのが魔法絡みか妖魔かと思いましてね」

「ミナト。おまえ、妖魔の類いの感覚は鋭いほうか?」

「いいえ。旅をしたり、昔ちょっとらく西せいみやにいたこともありましたから、妖怪とは何度か戦ったことがあるだけです」


 洛西ノ宮は、サツキの世界でいう京都の辺り。『古都』と呼ばれ、大きな都市でありながら妖怪も出没する魔都でもある。『王都』あまみやもそうだが、大きな都には妖魔が入り込む側面も持ち合わせていることが多々ある。


「結論から言うと、おれは妖魔の禍々しさを直感しただけだ。あとは、地下に感じた怪しさから、魔法で探ろうとした際に……探知魔法が防がれた。そいつをサツキに言おうとしたってわけだ」

「そうでしたか。まいったなあ、思ったよりもたちが悪そうだ」

「だな」


 緩い顔して笑っているミナトとダンディーな顔で小さく笑う玄内である。

 それを見て、町長とおばあさんが不安そうにサツキを見やる。おばあさんがおずおずとサツキに聞いた。


「あの、たちが悪そうだと聞いて、わたしどもは心配になってしまったのですが、お二人はどうしてあんな平然としていられるのでしょう?」

「平然というより、余裕さえ感じられますが」


 と、町長が続ける。


「我々えいぐみは、これまでもどんな怪事件だろうと解決し、強大な敵との激闘も制してきました。その自信の表れだと思います」

「特に、先生とミナトさんは強いですから!」


 サツキとクコが堂々とそう言った。

 ルカは心の内で感心の笑みを漏らす。


 ――サツキはこの老夫婦を安心させるために自信に満ちたことを言った。この件を見事解決したとき、士衛組が今ここで見せた自信は裏付けられ、士衛組の強さが誇大宣伝されやすくなる。つまり、活躍の噂をより大きなものにする効果を持つ。それは正義を標榜する士衛組にとって、政治的にも有効な計算だわ。けれどクコは素直に先生とミナトの腕を褒めただけ。それでも、クコの純粋さがこの老夫婦にいっそうの安心感を与えるでしょう。


 良いバランスの二人である。

 ナズナがふっと床を見て、


「チナミちゃん、大丈夫かな?」

「大丈夫だよ。きっと」


 幼馴染みのナズナがチナミを心配すると、リラが勇気づける。


「うん。ヒナちゃんも、いるしね」

「ヒナさん、ちゃんと音の発生源まで聞いてきてくれるかなあ……」


 その点、リラはちょっと不安もある。地面の中でどれだけ音を聞き分けられるかという問題のほか、呼吸できないせいでヒナが使い物にならない可能性もあるからだ。

 そうこう話しながら待っていると、地面からざばっとチナミが顔を出した。いつも通りクールに無表情だが、呼吸を止めている時間が長かったせいで、息を整えるのに胸を大きく上下させている。相方のヒナを地面から引っ張り上げており、ヒナはチナミ以上に苦しそうにしていた。


「はあ、はあ……チナミちゃん、もう無理……」

「大丈夫です。もう終わりましたから」


 ふう、と呼吸を整え終えたチナミに、サツキが聞いた。


「調査ありがとう。それで、どうだった?」

「はい。深さは百メートルほどはあるでしょうか」


 チナミの《潜伏沈下ハイドアンドシンク》は、水中に身体を預けるような浮遊感を伴うものの、地面の中を移動するのは泳ぐよりもずっと速くずっと疲れない。


「すげーな、そんな深くまで潜ってきたのかよ!」

「元々この魔法を持っていたアルブレア王国騎士のセルニオさんも、世界樹ノ森では、《潜伏沈下ハイドアンドシンク》で地面に潜って障害物をくぐり抜け、わたしとサツキ様を追いかけてきました。慣れれば移動速度も走るように速くなるのではないでしょうか」


 と、クコが当時の記憶を思い返した。

 玄内は、他者の魔法を没収する《魔法管理者マジックキーパー》という魔法を使える。これでセルニオの魔法を没収し、他者にその魔法を付与する《かんしゃけんげん》によってチナミに譲渡したのだ。その際、術者以外も地面に潜れるようにできる効果を追加した。『魔法学の大家』と称される玄内には朝飯前のことなのである。

 サツキはあごに手をやって考える。


「百メートル、か。だいぶ深いな。中はどうなっている?」

「それが……不思議なことに、壁にぶつかってしまって、その下には行けませんでした。地面に潜れる魔法でも侵入できないとすると、魔法を阻むなにかがあるとか」

「ふむ。魔法を阻むものがある……そのようだな。報告ありがとう」

「はい」


 今度はヒナに顔を向ける。


「ヒナ、音からわかる情報はなにがあった?」


 まだぜいぜいいっていたヒナだが、


「もうちょっと労いなさいよねっ」


 とつっこめるくらいに戻ってきた。


「感謝しているよ。ヒナ」

「そ、そう言ってもらえるなら、頑張った甲斐がなくもないかし――」

「でも、報告は早いほうがいいわ。忘れないうちにね」

「なんですって!」


 ルカに言われるとカチンとくるのは、ヒナとルカが犬猿の仲だからだ。出会った頃から反りが合わないのである。


「ヒナさん、報告が先です」


 チナミに注意され、ヒナが言った。


「わかってる。で、結果から言うと、地下では掘削作業をしている様子だわ。それも、結構な数の人手を使ってる。人の声はほとんどしなかったけど、『休むな』って怒鳴る声も聞こえたから、だれかが強制して作業をさせているとみられるわね。やっぱり、サツキたちの推測はおおよそ当たっていると思うわ」

「詳細はわかりませんが、ヒナさんもそう言うなら、その線で捜査してもよいかと」


 と、チナミも進言した。

 サツキはまたうつむきながら何事か考えて、こめかみを叩く。


 ――ふむ。《とうフィルター》でもなにも見えなかったのはここの岩が大きすぎるから、か。


 魔法、《透過フィルター》は物体ごとに透過して視界を得ることができ、こめかみを叩く回数に応じてフィルターの枚数が変わる。この地下はひとつなぎの岩であるためか、大きすぎて何枚かフィルターを重ねても見えなかったのだ。普段から土の地面の下までは見えないように、これだけ大きい岩は魔法の範囲外らしい。


 ――これは、直接調査に出向くほかあるまい。


 士衛組の面々を見回して、サツキはその視線をリラ、ナズナ、チナミの三人で止めた。


「これより、渓谷の横穴を調査しようと思う。参番隊」

「はい」


 代表して、参番隊隊長のリラが返事をする。


「俺といっしょに来てくれ」


 参番隊の三人はうれしそうに「はい」と返事をした。チナミはいつもと同じ無表情だが、参番隊で動けるのは楽しみというのがわずかな表情の変化からもうかがえる。


「ほかのみんなは、各隊でこの町をパトロールしてほしい。壱番隊のミナトは一人だし、司令隊は俺がいないからクコとルカの二人だが、町の人に話を聞けたら聞き込みもしてもらいたい」

「わかりました」

「ええ」

「了解」


 クコ、ルカ、ミナトと答えて、バンジョーが親指を立てる。


「おう、いいぜ」

「えー。あたしもいっしょに行きたいんだけど」


 ヒナだけは不服そうに駄々をこねるが、玄内に抑えられる。


「おまえの耳は警戒用にも探知用にも使えるが、今度はその役をナズナがやれる。渓谷の岩場を移動するには、メンツも最低限でいい」

「じゃあリラはいなくていいじゃないですか」


 ほっぺたを膨らませる。


「いや、参番隊の二人が行くのに隊長だけ不在はないだろ。参番隊の連携強化にもいい。弐番隊は弐番隊で自分たちの仕事をするぞ」

「そんなあ」


 弐番隊は、ヒナにとっては厳しい修業をしたり、構ってくれる相手がいない場所なのだ。星の話ができるサツキや幼馴染みのチナミ、遊び相手になってくれるナズナあたりと行動したいのがヒナの本音だが、これは遊びではないのである。


「それでは、俺と参番隊はさっそく出かけます」

「いってきます。みなさん」


 リラがにこりと挨拶して、ナズナとチナミも「いってきます」と告げ、四人は町長の家を出発した。

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