幕間紀行 『ファントムケイブシティー(4)』

 町長は言った。


「この町は、何者かに支配されているんです。若い人間たちがどんどん消えていき、残ったのは年寄りや子供ばかり。消えた人間は戻ってこない。まだこの町に残っている若者もおりますが、やつらに見つかれば攫われてしまうので、隠れながらひっそり生活しています」

「やつら……?」

「町を支配する何者かがしばしば差し向けてくる荒くれ者どもです。やつらが、町の人間たちの金を徴収にしやってくるのです。命が惜しければ金を出せと言って、出せなければ家の中にある金目の物を奪われ……。歯向かえば殺す寸前まで殴る蹴るの暴行を受けます。先程も、町の者たちは報復を恐れていたのです」

「そうだったのですか」

「お年寄りしか見ないのも、町の人が恐れていたのも、そういうわけだったんだな」


 クコとサツキが納得し、士衛組の面々も晴れない顔になる。

 ルカが問うた。


「疑問がいくつかあります。よろしいですか?」

「ええ。どうぞ」

「まず、町を支配する何者かとはだれなんです?」

「それが、わしらにもわからんのです」


 淡々と、町長が答えた。

 サツキが目線をルカにやり、


「あの青年が言っていた『あのお方』というのがそれだろう」

「でしょうね」


 と言って、ルカは町長に質問を続ける。


「次に、若い人間たちばかりが攫われてしまう理由はなにか、わかりますか?」

「いいえ。それもわかっておりません」

「では、その何者かが金を徴収する目的はなんでしょう?」

「さあ。それも、まるで検討がつきません」


 あごに手をやり考えていたサツキが、別の質問を繰り出した。


「気になっていたのですが」

「はい」

「先程いた、荒くれ者というあの青年、彼はだれかに操られていると思われると話しましたよね?」

「ええ、そうでしたね」

「俺は魔力が視認できるから、彼が禍々しい魔力をまとっているのでそう思いました。でも、町長さんはどうしてそう思ったのですか?」

「……」


 視線をそらし、言いにくそうにしていた町長であったが、悲しげな顔で肩を落とした。


「あの青年は、この町の人間だったのです」

「この町の……?」

「攫われた人間は戻ってこないんじゃなかったっけ?」


 サツキとミナトが疑問を呈すると、町長はつらそうに話してくれた。


「実は、あの子は小さい頃からこの近所に住んでいた子でしてなぁ……わしもばあさんも我が子のように可愛がっていました。本当の我が子たちが町の外に出て行ってしまったわしらにとっては、我が子のような……いや、孫のような子だったんです」

「それが、人が変わってしまったんですね」


 と、クコも悲しそうな顔になる。


「ええ。攫われてしばらくして、あんな人が変わったようになって、町の人間から金を徴収するようになってしまったのです。そして、あの子以外にも、何人かがその役になりました。あの子たちはわしらのことなどまるで最初から知らなかったような態度で、話をしようとしても、血の通っていない別の人間と話すようになってしまって、わしらもどうしていいのか……」

「つらいお話ですね」


 眉を下げたクコに、町長は儚い微笑を浮かべてみせる。


「これ以上、どうしようもないのです。下手に歯向かって、あの子たちが町の人間を傷つける姿を見たくないですし、なにもいいことはありません。だから、この町のことは放っておいて、あなた方はもう出て行ってください。今なら、町を支配する『あのお方』と呼ばれる者の手もあなた方には届きません。悪いことは言いません、わしらに関わるのはやめてください」


 なるほど、とサツキは落ち着いた声で言った。


「お話はわかりました。さて、我々士衛組の方針も決まりました。決定事項を述べさせていただきます」

「なんです? 決定事項とは」


 不思議そうな顔でサツキを見る町長。

 サツキは玄内に聞いた。


「先生、士衛組の旗を出せますか?」

「おう」


 玄内は甲羅に手を引っ込めると、旗を持ってまた手を出した。玄内の甲羅は《甲羅格納庫シェルストレージ》という魔法によって、生き物でも食べ物でも収納できる。


「バンジョー」

「押忍!」


と、玄内に言われてバンジョーが旗竿を持った。バンジョーの身長ほどもある大きな旗である。そして、玄内とバンジョーと同じ弐番隊のヒナが、旗を広げるように持った。旗には『勇』の文字が力強く描かれている。


「はい。サツキ、これがどうしたの?」

「士衛組の旗印は、この『勇』の文字です。これは、『義』を貫くための勇気のこと」

「勇気……。では、『義』とはなんなのですか?」


 町長に尋ねられる。これにはクコが答えた。


「『義』とは、人間として正しい道。すなわち、正義の心です。そして、正義の道理である義理を果たす勇気が、わたしたち士衛組の精神に則ることなのです!」

「義をみてせざるは勇なきなり。ゆえに、我々士衛組はこの件を見過ごすことなどできない」


 サツキがそう宣言すると、町長はオロオロと、


「いけませんっ! 町の勇敢な男たちでもなにもできずに蹂躙され、連れ去られてしまったのに。これを聞いても、まだ引く気はありませんか」

「いやだなあ。武士に二言はない。言ったことを成すこと、そんな『誠』の精神を忘れては武士じゃァありませんぜ」


 と、ミナトがゆるやかに微笑む。

 同じ微笑がサツキにも移る。


「そういうことです。我々士衛組に、預からせてくれませんか」


 町長に申し出ると、少し驚いたような顔でつぶやいた。


「遥か東方……晴和王国の地には、強い心を持った存在・サムライがいると聞いたことがあります。あなた方がそのサムライでしたか」

「士衛組の『士』は、サムライの『士』です!」


 と、クコが笑顔で答えた。

 リラがくすりと笑って、


「名前の由来はそう聞いていますが、リラたち自身はサムライではなかったような……」

「う、うん……」


 ナズナも口元に人差し指を当てて微苦笑を浮かべた。

 バンジョーが豪快に言った。


「とにかく、オレたちは正義の心を誓った士衛組だ! ドーンと任せてくれよ、町長さん!」

「この件に関わる道理は、おれたち士衛組の精神にあった。首を突っ込んでも、問題はないみてえだな」


 玄内がフッと口元を緩めて、ヒナが旗を持つ手を離して席に戻った。ヒナはサツキや町長を見て、


「でさ。ずっと気になってたんだけど、下でカチカチいってる音、あれってなんなの?」

「ヒナさん。やっぱり音が鳴っていましたか。私にもかすかに聞こえていました」


 とチナミがヒナを見上げる。

 ルカも二人の言葉を聞いて思う。


 ――私の思い違いではなかったみたいね。地下でかすかに響く音……地下でなにかが起こっているの……?

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