幕間紀行 『ファントムケイブシティー(3)』

 おばあさんの胸ぐらをつかんでいた柄の悪い青年は、ミナトの名前を聞いて眉をひそめた。


「は? 士衛組だ!? 聞かねえ名前だな! そいつがなんの用だ?」


 バッとおばあさんの胸ぐらから手を離し、「きゃ」とおばあさんが膝をつく。

 ミナトに向かって腰の剣を抜いた青年。

 これに、ミナトがにこっと笑顔で答えた。


「僕に用事はないんですが、御用改めってやつです」

「うるせ……」


 怒鳴り声を上げた刹那、青年は息を止めて目を丸くした。

 カラン、と青年の剣が転がる。


「…………へ? いつの間に、おれの剣が……」

「ただの抜き打ちですよ、お兄さん。まさか、見えなかったんですかい? ぼーっとしてちゃあいけないや」


 えいぐみ最強の剣士は、恐ろしく速い剣技を扱う。

 サツキは目で追えるが、ルカでもギリギリで見える程の神速なのである。ただのごろつきみたいな人間に見えるはずがない。


「て、てめえ!」

「まだやりますか。いくらでもお相手しますぜ」


 と、そう言ったときには、見えない速さで抜かれた剣が青年の喉元に突きつけられ、つーっと一筋の血が流れていた。


「おお、お、お……」

「お?」


 少女のように可愛く首をかしげ目を丸くするミナトに、青年が一歩下がって、


「お、おれに、このおれに、手を出して、タダで済むと思ってねえよな!?」

「……ん?」

「士衛組って言ったな!? あのお方に言いつけてやる! てめえら、このおれに手を出したこと、後悔させてやるからな! 覚えてやがれ!」


 捨てゼリフを吐き出して逃走する青年に、ミナトが剣を拾って言った。


「忘れ物ですよ。……ああ、行っちゃった」


 サツキがミナトの横まで来て、


「あの人、普通じゃなかった」

「ははっ。あれが普通じゃあ世界が終わりだ」

「ちょっとっ。この町にとっては普通みたいなんだけど」


 と、ヒナがサツキにささやく。


 ヒナの優れた聴覚は、町の老人たちの声を拾っていた。

「なんてことをする人たちだ」

「あんな人たちがいたら、この町はどうなるのかしらねぇ……」

「困ったことをしてくれたよ」


 ひそひそしゃべる老人たちの声は、サツキにもわずかに聞こえていた。

 だが、サツキは別のことを言った。


「俺が言いたいのは、それとも違う。さっきの人、魔力をまとっていた。しかも、全身を覆っているそれは禍々しかったんだ。何者かに、操られていると思うんだよ」

「あなたもそう思いますか」


 そう言ってサツキたちに歩み寄って来たのは、ひとりの老人だった。もう七十を過ぎているであろうおじいさんで、優しい顔が悲しげな瞳を湛えているようにルカには思われた。

 おじいさんは、周りで声をひそめて士衛組を非難していた老人たちに向かって、


「さあ。鎮まれ。彼らは善意で助けてくださったまでのこと。みなは家に戻りなさい」


 と呼びかけ、老人たちはこの場から去って行った。それでも、「早く出て行ってくれればいいのに」とか、「よそ者が……」とか、去り際にもなにかつぶやいていた。


「すみませんね。町の者たちにも、悪気はないのです。ただ、少々厄介な問題を抱えていましてな」

「やはり、この町にはなにかあるんですね」


 ルカが尋ねると、おじいさんは寂しく微笑んで言った。


「わしはこの町の町長をしております。よかったら、町を代表して話をさせてください。家にお招きします」

「どうする? サツキ」

「俺は、ぜひ話を聞きたい。みんなはどうでしょう?」


 サツキがルカに促されて意見を述べ、またみんなに意見を求めると、士衛組全員の答えは同じだった。


「サツキ様。わたしもお聞きしたいです」

「リラもです」

「わ、わたしも」

「はい、気になります」

「だよね、チナミちゃん。あたしもよ」

「オレも賛成だぜ」

「僕も構わないが、先生はどうです?」

「ああ。おれも気になることがある」

「士衛組、全員一致だわ。決まりみたいね、サツキ」


 とルカがまとめて、サツキが聞いた。


「ルカもいいか?」

「当然よ」


 基本的に、忍者のフウサイはサツキの影に潜みサツキの護衛をしており、自分の意思はサツキの意思という考えで、ルカもサツキにすべて寄り添う考えだ。

 だからサツキに確認されてやや驚いたが、答えは決まっている。

 サツキは「うむ」とうなずき、町長に言った。


「我々は士衛組といいます。正義を掲げる組織です。そんな我々に、この町が抱えている問題について教えてください。よろしくお願いします。町長さん」

「ええ。ではついてきてください」


 町長が歩き出し、士衛組一行は家に招かれたのだった。




 家は洞窟の中だった。

 どことなく廃墟のような静けさがある町だが、建物は綺麗で太陽に照らされた白い壁は美しく、家の中もまた白かった。

 なめらかな壁の美しさは、外よりも一層白さが際立っている。天井も角張りがなく、丸みがあってでこぼこしていた。洞窟の中なのに温かい印象を受けるのは、そうした壁の質感と白さのせいだろうか。


「素敵なおうちですね」


 クコが目を輝かせて家中を見回す。


「あんまりジロジロ見ては失礼よ」


 ルカに注意されて、クコが苦笑いを浮かべて町長に謝った。


「すみません。わたしにはめずらしくてつい……」

「いいんですよ。観光客の方たちも、それが見たくて訪れてくださるんですから」

「その観光客はどこにも見当たりませんが」


 ミナトが思ったことをそのまま言うと、ヒナが小声で、


「いきなりぶっ込むなっ!」


 とつっこむ。


「その理由も聞きたくて来たんじゃないか」

「そうだけどっ」

「話には順序がある。町長さんが話しやすいように話していただこう」

「さすがはサツキ。僕もそう言おうと思ってた」

「嘘つきなさいよ!」


 町長は小さく笑って、


「気兼ねくなんでもおっしゃってくれていいですよ。さあ、まずはおかけください」


 と席を手で示した。

 落ち着いたところで、クコが「まずは自己紹介をさせてください」と言って、士衛組について簡単に話をした。正義の味方だということ以外には、役職を割愛した士衛組隊士それぞれの名前を告げた。ただし、普段から姿を現さない忍者・フウサイだけは影に隠れたままだ。

 自己紹介が終わったところで、おばあさんが奥から顔を出した。士衛組に気づくと、驚いて素っ頓狂な声を上げた。


「あらっ! お客さんでしたか。まあまあ、こんな町にお客さんだなんてねえ」

「ああ。ばあさんや、この方たちに町のことを話すが、お茶を出してくれないかい?」

「ええ。もちろん。でも、いいの? 話してしまって。巻き込むことになるんじゃ……」

「大丈夫。話を聞いてもらったら、すぐに帰ってもらうから」


 帰ってもらう、との言葉にルカは目を細めた。


 ――助けを求めて話を聞いてもらうわけじゃないってこと? どういうこと? それに……。


 と、ルカは耳を澄まして視線を落とした。


 ――なんか、ずっとカチカチ響くような小さな音が地面のほうから聞こえてきている気がするのだけれど、勘違いかしら……。


 サツキたちが席に着くのに合わせて、ルカも腰を下ろす。サツキの隣には、いつものようにクコとルカが座る。フウサイだけはサツキの影に潜んだまま姿も現さず、最後に玄内が腰を落ち着け口を開いた。


「話、聞かせてもらいましょうか。おれたちに関わる道理もなければ、すぐに立ち去るのでご安心ください」

「お願いします」


 クコが町長にぺこりと頭を下げた。

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