幕間紀行 『ファントムケイブシティー(2)』

 士衛組は、とある街にやってきた。


「白い町だ」

「だね。サツキ、あれって岩がそのまま家になっているのかな?」

「うむ。そうみたいだ。俺の世界のカッパドキアに似ているだろうか」

「へえ。サツキのいた世界にも、似たような場所があるんだねえ」


 サツキとミナトが白い街に瞳が吸い込まれている横から、ヒナが言った。


「あれは、隣接した渓谷からもわかるように、石灰岩が浸食されて作られた地形を利用してるのよ。て、サツキはともかくミナトにはわからないか」

「ヒナはひどいなあ」

「ふうん、わかってたか」


 ニヤリとしたヒナに、ミナトがのんびりと返す。


「わかるように言ってくれればいいのにねえ」

「ずこーっ! やっぱりわかってなかったんじゃないの! それならひどいのはあたしじゃないわよね!?」

「いや、また得意になっていたぞ」

「サツキぃ」


 冷静なサツキの指摘に、ヒナがなんとも言えない顔をする。それを見てミナトは「あはは」とおかしそうに笑っている。


「で、サツキ。どういうこと?」

「ふむ。ミナトにもわかりやすく言うと、大昔、たぶん俺の時代よりもずっとずっと大昔、この辺りには渓谷があったんだ」

「ああ、なるほど。渓谷ができた際の地形を利用したから独特なんだねえ」

「あんた、ホントはわかってたでしょ! あたしのことからかってるわけ!?」


 つっこむヒナだが、サツキはまじめに教えてやる。


「いや。ミナトは理解が早いだけだぞ」

「うん」

「早すぎるわ! ていうか、サツキもよくそれだけで伝えた気になれたわね!? どんだけツーカーなのよっ」


 チナミはそんな同級生三人組を見て、まだピンと来ていない様子のナズナに説明してあげる。


「渓谷は、氷河が流れ出すように、水とか風とかの自然が土地を削ってあのちょっとヘンな形になる。この複雑な傾斜と地形を利用して街ができたって話」

「そっか」


 とナズナが納得した。


「白い岩肌は、石灰岩っていう白い岩のせい。完全に白じゃないけど」

「やや茶色っぽいね。チナミちゃん、さすがは海老川博士の孫だね」


 リラに褒められ、チナミはほんのり微笑む。


「おじいちゃんに、いろいろ教えてもらった。たくさん、いろんな場所に連れて行ってもらったから」


 チナミ、ナズナ、リラという参番隊も同級生三人組だが、賑やかなサツキとミナトとヒナとはだいぶ空気感も違う。

 クコは思い出したように言った。


「そういえば、この辺りにはちょっとした観光地にもなっている『どうくつ』テラータがありましたね」

「規模としては、都市というより町とか村、あるいは集落って感じだけど」


 とルカがつぶやくと、クコはにこりと答える。


「そうですね。イストリア王国には観光名所が星の数ほどたくさんありますから、ここが特別有名なわけではありません。わたしも記憶の片隅にあった程度です」

「でも、観光地なら今日はここに宿泊するのもありね。もちろん先に進んでもいいけど」

「まだ午後の三時ですし、みなさん次第ですね。特にスペシャルさんの調子がどうか、到着したらバンジョーさんにも聞いてみましょう」


 スペシャルというのは、馬車を引いている馬のことである。バンジョーの愛馬であり、士衛組のみんなを運ぶ立派な白馬だ。


「そろそろ先生もお部屋に呼びに行ってきますね」


 クコが馬車の中の部屋に、玄内を呼びに行った。

 士衛組の中では年齢不詳ながらダンディーなおじ様であることは確かな玄内だが、今は亀の姿をしている。元の人間の姿を取り戻すために旅をしているのだ。あらゆる魔法や学問、武術に通じた『万能の天才』であり、士衛組隊士たちの先生でもある。そのためクコや士衛組一同は玄内を「先生」と呼び慕っていた。

 玄内が部屋から出てきて、馬車から顔を出す。


「なるほど。テラータか。初めて来るぜ」

「先生も来たことはなかったんですね」


 サツキがそう言うのに続けて、ヒナが肩をすくめる。


「今じゃあこんなアクセスの悪い場所に来る人は多くないわ。昔は観光名所で有名だったらしいけど、それはイストリア王国中の道もあまり整備されていない時代の話。造船技術の発展によってこのあたりまで人が来る必要がなくなったこととから、わざわざこんな整備されてない道を通って観光しようって人も減っちゃったのよ。だから『陸の孤島』なんて呼ばれるようになっちゃったってわけ。まあ、今も観光名所であることに変わりはないけどね」

「ふむ。変わった景観だから、観光名所だったのもわかるな」


 町に入口まできて、馬車が停車した。

 士衛組の面々も次々と馬車を降りていった。




『洞窟都市』テラータ。

 歴史的に古く、洞窟住居が群集した町として知られている。

 集落と呼ぶには偉観があり、都市と称するにはあまりにその最盛期を過ぎてしまった町だ。

 昔はイストリア王国南部の交通の要衝の一つにもなっていたが、栄えていったほかの都市に比べても現在もなお自然を多く残したままで、一部では『陸の孤島』と呼ばれるほどになってしまった。オリーブの木も多く、オリーブオイルの産地でもあるが、反面それだけ自然に囲まれてしまっていて人が通りにくい。列車も走っていないため人も集まりにくいのである。

 だから人の多くない町なのだ。

 バンジョーがにこやかに大股で歩く。


「この辺はオリーブオイルの産地だってのは知ってたし、ここではオリーブオイルを買っておきてえんだよなー」

「いいですねえ。だが、僕は甘味の材料も頂戴していただきたいです」


 ミナトがそんな注文をすると、バンジョーはおかしそうに笑った。


「おう、いいぜ! ミナトは甘いもんが好きだからな。なんでも作ってやるよ」

「わあ、うれしいなァ」

「スペシャルはまだまだ歩けるから買い物したらすぐに出てもいいけどよ、今日はここに泊まるのか?」

「どうでしょう。みなさん次第です」


 と、クコが答える。

 先を歩くみんなから少し遅れてルカが町に足を踏み入れると、妙な違和感を覚えた。


「なんだか、おかしくない?」

「おかしい?」


 すぐ近くにいたサツキが反応するが、みんなは気にせず先を歩いている。


「うまく言えないけど、静かすぎるっていうか」

「人の少ない町なのではないか?」

「静かなのは好みだけど、まったくいないわけじゃない。お年寄りが何人かいたわ」

「うむ。俺たちを見ていたな。よそ者がめずらしいみたいに」

「そう。そうなのよ。観光名所なら、私たちにあんな視線は向けないんじゃないかしら」

「確かに」


 ルカがもう一つ、気になったことを挙げる。


「そして、子供や若い人たちの姿が見えない」


 何人かのお年寄りを見かけただけで、あとはだれも見ていない。一応、お年寄り以外の例外もいるが、四十代くらいの女性が向こうに見えたのが唯一である。


「住居の数は多いのに、人が少なすぎる。お店らしき構えの場所も、どれもこれも閉まっている。これは、異様な光景だ」


 前を歩いていたバンジョーも、家々を見回して残念そうにぼやいている。


「なんだよ、どこも店が閉まってるじゃねえか。これじゃオリーブオイル買えねーよ」

「それどころか、この町では宿泊さえできないと思います」


 と、リラが困ったように言う。

 バンジョーたちの会話を聞いて、ルカがつぶやく。


「私の思い違いならいいのだけれど、いい予感はしないわね」

「うむ」


 一番後ろを歩いていた玄内が、背中からサツキとルカに声をかけた。


「ざっと気配を探ってみたが、周囲にいる人が少ないものの、家の中には多少いるらしいぜ。それから、良くねえもんが紛れ込んで……」


 言葉の途中で、道の先の角の家に青年が現れ、とある家に向かって呼びかけた。ドアを蹴って、


「おい! 中にいるんだろ!? 金の準備はできたか! 居留守は無駄だぞ!」


 丈夫そうな洞窟住居だが、あれだけ蹴られたら家に響く。家の中からは、人が出てきた。おばあさんである。


「もうお金はないんです」

「嘘をつけ! まったくないわけねえだろ!」


 胸ぐらをつかまれたおばあさんは怯えて、


「ひぃ! あ、あの、上納金の半分だけなら、今でも出せるんですが……」

「全額出せってんだよ! 昨日も待ってやっただろうが!」


 サツキとルカが顔を見合わせる。


「借金の取り立て、か?」

「かもしれない。けれど……」


 二人が振り返って、玄内に意見を求めようとしたところで。

 ミナトがもう、三十メートル近くもあった距離をさっさと詰めていて、いつもの軽やかな調子でしゃべりかけていた。


「いやあ、乱暴はいけないねえ」

「んだ!? てめえ!」

えいぐみ壱番隊隊長、いざなみなとです」

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