イストリア王国編 ミニストーリー【おまけの短編】

幕間紀行 『ファントムケイブシティー(1)』

 イストリア王国に到着した士衛組一行は、港町・クローネから北に向かって旅をしていた。

 馬車の中で、ルカが言った。


「次の街は、列車があるのよね」


 サツキがうなずく。


「うむ。そうらしい。そこからだと、列車に乗ってそのままマノーラまで行けるそうだ」

「少々回り道に感じるけど、列車に乗ればすぐだものね。あとは列車で行けるなら楽でいいわ」

「直接北西に馬車を走らせても、次に駅があるのはポパニです。マノーラまでの列車が通っている駅は、最南端がリバジャーノになっていますから、これが最速になりますね」


 クコがサツキとルカに教えてくれた。「そういう話だったな」と相槌を打つサツキだが、ヒナがだるそうにぼやく。


「いくらクローネがイストリア王国『南の玄関』と呼ばれていても、わざわざクローネから主要都市のマノーラやポパニに行く人も少ないからね。ルーリア海に入ってくる船は直接マノーラやポパニに行くし、列車がなくても不思議じゃないのよ。反対側もそう。ギドナ共和国のほうから海を渡ってくる船もクローネじゃなくてリバジャーノやローザンマール、あとはヴェリアーノとかに行くから」

「さすがに、ヒナはイストリア王国のことに詳しいな」


 感心するサツキに、ヒナは得意げな顔を向ける。


「当然でしょ」


 改めて地図を広げたサツキの横から顔を出し、ルカが聞いた。


「確か、サツキの世界では、イストリア王国がイタリアって呼ばれてたわね」

「うむ。で、マノーラがローマ、ポパニがナポリ、ルーリア海が地中海だ。イタリアの都市はうろ覚えだが、リバジャーノの辺りにも都市はあったし、ローザンマールがサン・マリノの辺りだろう。ヴェリアーノがヴェネツィアになる。ギドナ共和国がギリシャだな」


 と、指差しながら説明した。


「やっぱり、世界地図までよく似ているし、この世界がサツキの世界と地続きの世界という可能性は高い感じがするわね」

「なんせ、サツキが言うには星座も似てるって話よ。その前提は合ってると思ってこの先進んだほうが世界の真実を確かめられるに違いないわ」


 ヒナがそう言うと、ミナトが緩やかに笑った。


「小難しい話が好きだねえ、二人は。しばしばケンカはするが、やはりルカさんとヒナは話が合うみたいだなァ。仲良しで結構なことだ」

「そんなんじゃないわよ」


 と、ルカとヒナの声が重なった。



 ルカは腕を組んで小さく息をつく。

 軽くミナトにつっこみをしても、本気で怒っているわけではない。


 ――まあ、この子……感情表現は豊かだし騒がしいけど、論理的思考をするから話していて疲れることもない。意見を聞くにも悪くない相手なのかもしれないわね。


 一方のヒナは、


「だれが『仲良し』よっ! ていうか、サツキが展開した仮説が正しいってあたしたち士衛組全員の考えは一致してるじゃない! サツキの世界の遥か未来説やら『げいじゅつとう』《ARTSアーツ》の話は士衛組の総意のはずでしょ!? あんたぼけーっとして聞いてなかったんじゃないでしょうね!?」


 とミナトにつっこみをしているのかリアクションをしているのか騒がしくしている。


「あはは。もちろん聞いていたとも。まいったなあ」

「まいったのはこっちよ!」

「ヒナもミナトもそのくらいにして、俺たちは馬車の旅を有効活用しよう。今から修業しないか?」


 サツキの提案に、クコが眉を上げる。


「サツキ様、わたしも修業したいです! いっしょにやりましょう!」

「僕も剣を振りたかったところなんだ」

「ちょっと! それあたしだけいっしょにできない修業じゃない! はあ。いつになったら素振り以外もさせてもらえるのかしら。先生、あたしにだけ厳しいわよね絶対」


 ため息をつくヒナに、チナミが呼びかける。


「ヒナさん。そういうことでしたら、私も付き合いますよ」

「チナミちゃーん! やっぱりチナミちゃんはあたしの親友だよっ」

「くっつかないでください。暑苦しいです。今日から九月ですが、まだ夏なんですよ」

「いいじゃーん」


 ぷにぷにのチナミのほっぺたにすりすりして、ヒナがうっとうしがられている。

 リラとナズナも、


「じゃあ、リラとナズナちゃんは絵を描こう?」

「うん。でも、リラちゃんは魔法の修業になるけど、わたしは遊んでるだけになっちゃう……」

「ううん、なると思うよ。サツキ様も言っていたでしょう? 魔法は創造力とイメージコントロールが大事になるって。ナズナちゃんの絵は創造力に溢れてるから、魔法の可能性を高めるんじゃないかなと思ったの」

「……そっか」


 それからサツキをチラと見るナズナに、サツキはうなずいた。


「いいと思うぞ。ナズナの絵はリラの絵とタッチが違っているし、リラの魔法の助けになる」

「は、はい」


 ナズナが微笑む。

 ルカはそんな仲間たちの会話を横目に、少し考える。


 ――私も、サツキの力になるために、サツキの頭脳の助けになるために、勉強しようかしら。すべては、サツキのために。




 時はそうれき一五七二年九月一日。

 かわ博士と別れた日のことである。

 少年・しろさつきはこの世界に降り立ってから約五ヶ月、クコたちと共に旅してきた。

 アルブレア王国の王女であるクコは、彼女の国がとある大臣に乗っ取られようとしていると知り、旅立ちを決めた。

 旅立ちの目的は、異世界から勇者を召喚するため。

 その勇者がサツキだった。

 クコの家庭教師の博士が、過去にも異世界から召喚された勇者が国を救ったという話をクコにして、今回のことも異世界から勇者を召喚すれば、力になってくれると考えたからだそうなのだ。

 クコが遠くアルブレア王国からせいおうこくにやってきて、サツキを召喚し、旅を始めた。

 その記念すべき最初の仲間は、医者の娘・ルカだった。クコがサツキを召喚した森からほど近い温泉街で仲間になった。

 その後の旅路で、王都で料理人・だいもんばんじょうが仲間になり、人数も四人になったことで士衛組という組織を結成した。

 むろん、士衛組はアルブレア王国を大臣から取り戻すための組織だ。

 王都ではほかに、そこの住人であった三人の仲間も加わった。

 クコのいとこ・おとなずな、ナズナのお隣さんで幼馴染みのかわなみ、ルカの魔法の師である『万能の天才』げんない

 次に向かった忍びの里では、超一流の忍者・よるとびふうさいを仲間にして、そのあと海の外に出るために訪れたうらはまで、地動説証明のためにイストリア王国を目指す少女・うきはしが仲間になった。

 晴和王国からの船旅では、同じ船に乗ったサツキと同い年の少年剣士・いざなみなとと親交を深め、大陸上陸後ついに仲間になった。

 そして先日、クコの妹のリラが士衛組に合流した。

 十一人となった士衛組は、神龍島で数日を過ごして、この世界の成り立ちの一端に触れ、その後イストリア王国に到着したのである。

 現在、ヒナの父親の唱える地動説を問う裁判が行われる地・マノーラを目指し、列車に乗れる都市へ向けて馬車で北上している最中だった。




 ルカが勉強のために本を読もうとしたとき。

 運転手のバンジョーが頭の後ろにある小窓を開け、後ろに乗っている仲間たちに言った。


「町が見えてきたぜ」


 馬車を走らせ続け、午後の三時を回った頃。

 士衛組は、とある街に到着した。

 街の特殊な景観を見て、ルカは驚きつぶやいた。


「洞窟と建物が、一体になっている……?」

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