20 『ちらつく影』

 ソクラナ共和国の首都バミアド。

 ここには、盗賊たちが襲ってきていた。

 だが、ちょうど居合わせたえいぐみという組織がこれに対抗し、各地で戦っている。

 ぶつかり合うのは二つのグループ。

 そこに、もう一つ――。

 アルブレア王国騎士も、この円城都市に来ていた。

 二メートルはあろうかという巨大な鉄製のハンマーを軽々と肩にかけて持ち、悠然と歩く大柄の騎士が言った。


「この町に、『純白の姫宮ピュアプリンセス』、つまりクコ王女が来ているらしい。とっ捕まえて、ブロッキニオ様に差し出す。そうすれば、オレは晴れて騎士団長だ」


 彼は他九名の騎士を引き連れ、その先頭を歩いていた。

 すぐ後ろにくっついている騎士がおべっかを言う。


「キリヒ様は、実力だけならすでに備わっているんです。きっと城の一つももらえますよ」

「当然だ、ベッカオ。ぶはあはっ」


 楽しそうに笑うキリヒ。

 その背中をベッカオがさする。


「やめろ、笑っただけだ」

「それはようございました。むせたのかと」


『マッスルガイ』派輪渡樹理陽パワード・キリヒは、そんなベッカオの言動は気にすることなく悠々と歩く。

 手もみしながらベッカオは言葉をつなぐ。


「いやしかし、この『マッスルガイ』キリヒ様がいるなら、『きらわれもの』ヌンフなど呼ばなくてもよかったのに」

「まったくだ」

「騎士団長の肩書きがなかったから我々キリヒ様組とヌンフ組との二組での任務を申しつけられましたが、我らにケイトのやつへの伝言までさせようとは……。ただ継続して士衛組に潜入していればよいだけ、と言うだけなら伝言も要らないくらいですよ」

「面倒なことだ」

「とはいえ、です。ヌンフも騎士団長を目指してこの街を走り回っていましょうが、すべての手柄はキリヒ様のものです。実力がそれを証明してくださいます」

「そう、それだ。良いことを言ったぞ、ベッカオ。ぶはあはっ」


 愉快そうに笑うキリヒだが、その背中をベッカオがさする。


「やめろ、むせたんじゃねえ」

「すみません。それはようございました」


 彼ら十人のアルブレア王国騎士は、バミアドの街でクコを探していた。


「まあいい。今日でこのオレ『マッスルガイ』派輪渡樹理陽パワード・キリヒも騎士団長だ、ぶはあはっ」


 気分よく笑ったあと、キリヒは足を止め、真剣な顔をして顎を突き出した。


「ん?」

「なにも問題はございませんです。立派に二つに割れた下顎です」

「やめろ、顎が気になったんじゃねえ。だから顎をさするな。それより、あそこにいるのは……」

「え?」


 ベッカオがキリヒの顎から手を離して、その顎が示す先を見ると、そこにはなんと、アルブレア王国の王女の姿があった。

 しかし、探している『純白の姫宮ピュアプリンセス』ではない。


「あれは、リラ王女!?」

「オレにさらなる運気が巡ってきたぞ、ぶはあはっ」


 キリヒはハンマーを持つ手に力を込めてニヤリと笑った。背中をさすられるが、それを払いのける。




 バミアドの街は、おかしな喧噪に包まれている。

 どこも騒がしいようでならない。


「こんな夜なのに、いったいなんだってんだ?」


 苛立たしげに、トオルはぼやいた。


「シャハルバードさんたちも、リラちゃんとナディラザードさんも遅いだなもね」


 キミヨシは猿のような顔に不安を含ませてトオルを見る。

 現在、二人は拠点にしている馬車の前にいた。シャハルバードやリラたちと旅をする中で、この町に滞在するのは二日目になる。

 だが、今日は昨日とまったく雰囲気が違う。

 通行人の会話が聞こえる。


「盗賊が出たらしいぞ」

「あのやみとうぞくだんか?」

「おう。こっちに来るかもしれない。早く帰って家に閉じこもってたほうがいいって」

「それがいい」

「これが『ASTRAアストラ』が来たってんなら隠れもしないんだけどな」

「盗賊って言ってもあれは義賊じゃないか。『れいなるだいとうぞく』ヴァレン様は、男のおれでも惚れ惚れする美しさなんだ。まさに『しん』と呼ばれるにふさわしい人さ。あんな大物の革命家がせこせこした盗みはしないっての。そもそも、盗みをすることなんて少ないと思うが」

「なにが闇夜ノ盗賊団だよな。迷惑な話だぜ」


 会話を聞いて、トオルがいつもの鋭い目つきでキミヨシを見返す。


「探しに行くか」

「だなも! みんなが心配だなもよ」

「シャハルバードさんは強いからきっと平気だ。が、リラは育ちもよさげだし誘拐される可能性さえある」

「育ちがよさそうなのはトオルもだなも。いや、実際にいいんだなも。トオルも気をつけるだなもよ」

「変な気を使うな。行くぞ」

「あいあいだなも!」


 トオルとキミヨシはバミアドの街に繰り出した。

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