2 『砂漠とアーマーキャメル』

 砂漠を歩きはじめて一日目。

 サツキたちは、強い日差しから肌を守るためにマントのような長袖の上着を羽織り、道なき道を進む。

 周囲に建物はなく、砂だけのだだっ広い世界が広がっている。

 夜になると野営した。

 寒暖差のある砂漠では、この上着が寒さからも守ってくれる。サツキの知らない名前の魔獣の繊維が編み込まれているそうで、調温機能も高い。丈も長いため全身快適だった。

 食事を終え、クコが言った。


「寒さは体力を奪います。今日は早めに消灯としてはいかがでしょう?」


 サツキはクコの言葉にうなずいた。


「うむ。乗り物がない分、歩き続けることになるから体力も回復させたい」

「このあたりの町には、砂漠の移動に適した馬車があると聞いたことがあります。それには乗れたらいいのですが」

「そうだな。明日以降、町や村を探しながら進むのがいいみたいだ。少々早いけど、皆さん、あとは自由時間にしましょう」


 サツキの呼びかけに一同が了解を示し、それぞれテントに入った。

 テントは三つ。サツキとフウサイ、ミナトとケイト、クコとルカとナズナに分かれて眠る。

 零時頃。

 まだ本を読んでノートを取り勉強していたサツキは、本とノートを閉じて立ち上がる。


「サツキ殿、如何なされた」


 フウサイにそう聞かれたが、サツキはゆるゆると首を振る。


「いや、なんでもない。そろそろ終わりにしようと思ってさ。ただ外の空気を吸いたくなっただけだ。フウサイは休んでいてくれ」


 サツキは外に出た。

 星の光がきらりと瞳を反射するくらいに空気が澄み、砂も眠るほど静かな世界。

 そんな中、ミナトが剣を振って修行していた。

 剣が空気を裂く音まで鮮明に聞こえる。


「もう零時を回るというのに、よくやるものだ」


 ミナトはサツキに気づいて振り返る。

 刀身は月明かりに照らされ、妖しくも吸い込まれそうになる美しさで青白く反射した。


「やあ。サツキも夕涼みかい?」

「うむ」

「そっか」

「明日も一日歩き通しだ。そろそろ寝たらどうだ?」


 サツキが進言すると、ミナトも案外素直に、


「そうだね。そうするよ」

「ああ。それがいい」


 闇が視界を閉ざしているからなのか、やたらと静かだからか、会話も弾まないようにサツキは感じた。みんなも寝ているのにこんな時間にはしゃぐのもどうかと思うが。

 沈黙が降りたそのとき、砂を踏みしめる足音が聞こえてきた。


「人? いや、動物か……?」


 ぐぅと鳴き声がする。

 砂の山から姿を現したのは、ラクダに似た四足歩行の動物だった。背中のこぶは肩甲骨から突き出るように縦に二つ並び、無機質で鉱物的な鎧で出来ている。


「ラクダかな? ひい、ふう、みぃ、…………五頭いるね」


 ミナトがラクダを数えた。

 サツキがこの世界の生き物について知るはずもなく、この問いに答えたのは後ろからやってきたケイトだった。


「アーマーキャメル。魔獣です。こぶのようになっているのは皮膚なのですが、魔力と反応して硬く変質したと言われていますね。気性は穏やかなので、人と暮らす例も多いそうです。特に、砂漠地帯では移動手段になります。就寝前、クコ王女がおっしゃった馬車というのは、このあたりではアーマーキャメルなんです。アーマーキャメルはラクダより速いのが人気だそうですよ」

「ケイトさん。起こしちゃいましたか」


 ミナトが苦笑を向けると、ケイトはふふっと笑みを返す。


「いいえ。それにしても、こんな時間までミナトさんと局長は修行ですか?」

「俺は散歩していただけです。ミナトは修業していましたが」

「ミナトさんらしいですね」

「そのミナトは、もうあそこに」


 サツキの目線の先では、ミナトがアーマーキャメルに歩み寄り、なにやら話しかけながら背中のこぶをなでていた。


「ああいうところも、ミナトさんらしい」

「ですね」


 ふたりが顔を見合わせて笑い、ミナトのもとへ歩いて行く。

 ミナトは楽しげに、


「この子たち、明日から僕らを乗せていってくれるそうだよ。ね」


 アーマーキャメルはぐぅと同意するようにうなずき、ミナトに頭をなでられて心地よさそうに口の端を緩める。

 サツキは目を丸くする。


「言葉がわかるのか?」

「失礼な。だからこうして会話もできている。僕は人間だよ。さっきもキミと話してたじゃないか」

「ふむ。それもそうだ。て、そのアーマーキャメルの話だよ」


 ミナトの冗談に乗ってサツキが返答してからつっこむ。

 三人で笑い、ミナトが改めて答える。


「なんとなく、そうかなって思っただけ。でも、乗せてくれるはずだよ」


 ケイトはミナトの言葉を信じているようで、


「そうなれば、明日からは楽に移動できそうですね」


 と片目を閉じた。

 サツキはアーマーキャメルたちに顔を向け、生真面目に挨拶する。


「明日からよろしく頼むよ」


 アーマーキャメルたちはサツキの言葉にもうなずいた。人間の言葉がわかっているようにさえ見える。


「賢いのだな」

「魔獣は知能が高い種も多いですから」


 と、ケイトが教えてくれた。


「もう遅い。では、寝るとしよう」


 この場でアーマーキャメルには翌朝まで待ってもらうことにして、サツキたち三人はテントに入り寝ることにした。

 翌朝、サツキが一同にアーマーキャメルが乗せてくれることを説明し、メイルパルト王国へと向かった。

 一行を乗せてくれたアーマーキャメルは五頭。

 サツキ、ミナト、ケイト、ルカ、クコの五組に分かれた。ナズナはクコに同乗し、フウサイはこの砂漠においても、《かげがくれじゅつ》でサツキの影に入り込んでくれたので助かった。




 四日後。

 アーマーキャメルは思った以上に快足で、サツキたちはメイルパルト王国の首都ファラナベルの手前まで来た。

 歩いても翌日にはファラナベルまで行ける距離である。アーマーキャメルたちに手を振って見送り、ここからは街を歩く。

 そんな中、歩き続けてたどり着いたのは、オアシスである。

 クコは深呼吸をした。


「まさかこんなところに木々や水に囲まれた宿があるなんて。文字通りオアシスですね」

「プールも……あります」


 小動物みたいにサツキを見上げて、教えるようにそっと言うナズナ。


「だな。オアシスの中で、さらにプールつきの宿まであるとは助かった」


 オアシスは百メートル四方ほどあり、木々の中に宿があった。宿の外観は、イスラム文化とキリスト文化が混じったようなホテルといえばいいだろうか。宿の中もきれいに保たれている。

 ルカは熱っぽい目でじぃっとサツキを見る。


「ん?」


 サツキがルカを見ると、


「プールね。サツキは、私の水着姿、見たい?」


 これも反応に困った。なんて答えたらいいか、この手の話題にはうまい切り返しがまるでできないサツキの前に、クコが笑顔で言った。


「ルカさん、遊んでいる時間はありません。休憩させてもらったら、早くリラと合流しましょう」

「クコはいつも元気ね。わかってるわ。私はサツキのかわいい反応が見たかっただけ」


 照れたような恥ずかしがるような、それを隠すような、そんなサツキのうぶな反応が見られたからルカは満足だった。そもそも水着など持っていない。

 ケイトがミナトに呼びかける。


「ミナトさん、少し剣術の修業でもしませんか?」

「いいですな。サツキとクコさんもいっしょにどうかな?」


 ミナトに誘われ、クコは「はい」と快諾した。そのため、サツキもいっしょに修業することになった。

 しばらくの修業のあと、シャワーを浴びる。

 サツキがみんなの元まで行くと、ケイトが微笑みかけてきた。


「そろそろティーブレイクにしませんか?」

「もう準備までしてくれていましたか。ありがとうございます」


 お礼を述べて、サツキは席についた。


「局長、砂糖とミルクは?」

「じゃあ、今日はどちらもいただきます」

「仰せのままに」


 慣れた手つきでケイトが流麗に紅茶を淹れる。

 ティーブレイクのあとは剣術の修業はせずに、サツキは部屋で本を読む。ノートにメモを取りながら読み、勉強した。

 その後、ベッドのある部屋など久しぶりだったので、サツキはついベッドに横になるとすぐに眠ってしまった。少しだけ仮眠を取り、夕方には旅立った。

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