メイルパルト王国編

1 『メイルパルト王国とタルサ共和国』

 時はそうれき一五七二年八月十二日。

 しろさつきあおの旅は、ルーンマギア大陸のアルビストナ圏に入り、ソクラナ共和国首都バミアドではやみとうぞくだんと戦い、えいぐみの馬車はさらに西へと進む。

 士衛組一行が次に目指すのは、メイルパルト王国。

 そこで、クコの妹・あおと合流する約束がある。

 目指すメイルパルト王国があるのは、ラドリア大陸という。

 サツキがクコの《記憶伝達パーム・メモリーズ》の魔法によって見せてもらった記憶によれば、アフリカ大陸に当たり、メイルパルト王国はエジプトの辺りとなる。

 ピラミッドが有名なのも似ていた。


「クコ。メイルパルト王国まではあとどれくらいかかるんだ?」

「あと数日でメイルパルト王国に入ると思いますよ」


 サツキの横で、参謀役でもあるたからが補足するには。


「目的地は、首都・ファラナベル。馬車でも砂地はスピードが落ちるから、そこまで一週間くらいじゃないかしら」

「なるほど」


 それまでは馬車に揺られながらの旅になる。

 馬車の中では、れんどうけいいざなみなとの髪をいじって、みんなにお披露目していた。

 はじめはケイトの暇つぶしで始まった遊びだが、毎度のこと奇抜な髪型に結い上げるため、みんなが観覧する宴会芸の様相を呈している。

 今のミナトは片側だけ編み込まれ、もう片方はお団子をつくり、長い髪をすらっと下ろしている。ミナトの美人な横顔を満足そうに見て、ケイトはその髪をほぐしてフラットな状態に戻した。


「それでは始めましょう」


 ササササ、と。

 目にも留まらぬ早業で手が動き出す。

 あっという間にミナトの髪が結われ、今回の作品が完成した。

 髪の毛はギブソンタックに編み込まれており、複雑でどこをどうやったらこうなるのか、見ていてもわからないほどの手さばきだった。


「桜の花はおまけです」

「花は桜木、人は武士。だな」


 サツキがそう言って腕組みしてうなずく。

 ミナトの右側頭部は桜の花の形に器用に結わえられていた。小さいがどう見ても桜の花である。

 みんなが拍手と同時に歓声を上げた。


「おおー」


 ケイトは優雅に一礼。


「今回も凄かったです」


 クコが手を合わせたのを皮切りに、他の者も口々に感想を述べる。


「どうやったら、できるんだろう」

「まるで魔法みたいです」

「遊びの域超えてんですけど。もはや芸術じゃん……」

「相変わらず、無駄に高い技術ね。これだけ変わるのなら、サツキのも見てみたいわ……」

「しかし、こいつは大道芸人にもなれるな」

「素敵な美容師にもなれると思います」


 最後にケイトがいつもの気取った笑みを浮かべる。


「今回も楽しんでいただけて光栄です。ミナトさんの髪は素直だから手に馴染むんですよね」


 されるがままだったミナトも楽しそうに笑う。


「僕だけ見られないのが残念だなあ。あはは」

「なら見せてあげるわよ」


 そう言って、うきはしが手鏡を取り出し、「ばーん!」と言ってミナトに見せてやった。

 ミナトは予想以上に手の込んだ髪型を目の当たりにし、なおもゆるく笑って、


「やあ。こんな侍見たことないや。いなせだねえ」


 と一層楽しそうな顔になった。

 そんなミナトを見つめるケイトも、気取ったような笑顔を忘れ、ミナトに釣られてクスッと笑ってしまう。

 ケイトの気取った笑顔には、人に本音を見せないような、気を張った堅さが感じられるが、いまはそんな緊張は見えない。


 ――こういうとき、ケイトさんの素の表情が見られるな。


 とサツキもわいわいとした空気の中にいるケイトを眺めて笑みをこぼす。




 砂漠に入ろうというとき。

 サツキたち士衛組は、二手に分かれることにした。

 元いた世界の地図でいえば、イラクを過ぎてシリアに入ったあたりである。シリアの場所は、こちらの世界ではサリヤ共和国と呼ばれていた。

 相談は、料理人・だいもんばんじょうのひと言から始まった。


「ここからは本格的な砂漠だ。悪いが、スペシャルは砂漠が苦手なんだ。オレだけでもここで待ってるぜ」


 スペシャルはバンジョーの愛馬である。いつも士衛組の馬車を一頭で引いてくれていた。そのスペシャルでも、砂漠は歩きにくいというのだ。それに、暑さもある。メラキア出身のバンジョーとスペシャルだが、メラキアはサツキの世界でのアメリカに相当する。元々暮らしていたのがここよりずっと涼しい気候だったから、暑さへの抵抗力がないとのことだった。


「じゃあ仕方ないな」


 サツキは考えて、提案する。


「ここは、弐番隊の三人には先にタルサ共和国へ行ってもらう。どうだろう?」

「おれはいいぜ」


 弐番隊の隊士は、隊長の玄内の他、バンジョーとヒナという三人だった。

 即答する玄内に対して、ヒナは腰に両手を当ててサツキをにらむ。


「ちょっとサツキ? なんで弐番隊全員なのよ」

「訓練するには、弐番隊は三人でいるほうがいい。それに、バンジョーをひとりにして馬車を襲われたらかなわない」

「じゃあ逆に聞くけど、なんで弐番隊の三人だけなの? サツキとかチナミちゃんとか、だれかこっちに寄越してもよくない? サツキがいっしょなら地動説証明の研究ができるし、チナミちゃんはあたしと仲良しだし」


 指名を受けた参番隊隊士・かわなみは、無表情にぽつりと返す。


「ヒナさんは遊び相手がほしいんですか」


 この士衛組の中で、ヒナにとって唯一の以前から交流のある相手であり幼馴染みである。


「俺は碑文を調べたい。地動説の証明はあと一歩のところだから急がなくてもいい。それに、局長として、リラとも顔合わせはすべきだろう。チナミも同じ参番隊として顔合わせは早めにしておいてもらいたいしな」


 と、サツキも続ける。


「そしたら……」


 理があることを言われ、ヒナも納得せざるを得ず、代わりにだれか同行するのにちょうどよさそうなメンバーを探す。

 もう一人の参番隊のおとなずなも、リラとは従妹だし、特に再会を楽しみにしていた。ナズナが旅をする目的といってもいい。

 クコはリラの姉として外せないし遊び相手はしてくれない、そうなるとルカとミナトとケイトの三人だけだが、ルカとケイトも遊び相手にはならないし、ミナトは茶々を入れてくるだけだ。


「わかったわよ。弐番隊の三人で行けばいいんでしょ」


 腕を組んでふんと顔を横に向けるヒナである。


「なにも私を見て嫌そうな顔しなくていいと思うけど、ミナトとケイトさんも嫌なの?」


 ルカにずけっと言われて、


「そう言われると辛いなぁ……」


 とケイトも苦笑いを浮かべている。

 ヒナは不機嫌そうに、


「別にそんなんじゃないけど? 遊びじゃないってわかってるし。チナミちゃんとナズナちゃん以外は遊んでくれないからとかじゃないし。地動説だって証明できるのはもうすぐだってわかってるし」


 途中からどんどん表情からさみしさが隠せなくなってきているヒナだが、ミナトはそんな心境の少女にも明るく言った。


「困った子だなあ。さみしがり屋なウサギみたいだ」

「さみしくなんてないわよ」

「あとはおとなしければ、もっとウサギらしいのだがねえ」

「うるさいって言いたいわけ?」


 と、ヒナはミナトにジト目を向ける。ミナトはおかしそうに笑って、


「それはともかく、タルサ共和国で海老川博士に会ったら、先に話をつけておいてくださいな。海老川博士と久しぶりに再会できるんだから楽しみじゃないか」

「それはそうだけどさ」


 ヒナと海老川博士は旧知である。海老川博士はチナミの祖父だ。ヒナの父もいっしょにチナミと四人でキャンプ生活をしたこともあるほどだという。だから、ヒナにとっても海老川博士との再会はこの旅での楽しみの一つだった。

 サツキは不器用ながら励ますように言った。


「二週間もあれば追いつく。合流したら、メイルパルト王国の砂漠から見えた星空の話でもするよ」


 笑顔になりかけたヒナだが、すっと横からミナトが言葉を挟む。


「楽しみにしてるよ、サツキ」

「サツキはあたしに言ったのよ! ミナトは関係ないでしょ? ていうか、あんたもいっしょに見れるじゃない!」

「あはは。そうだね。僕もサツキと天体観測してこよう」

「おまえは星より剣って感じだけどな」

「ひどいなあ、サツキは」


 同級生三人の会話にみんなが笑う。

 しかしやはり、ヒナは遊び相手もいない旅に落胆気味のようだった。別れるときも、とぼとぼ歩いてはぽてっと転び、バッグから天体望遠鏡がころんと落ちる。


「うぅ」


 さみしさのせいか泣きそうになりながら望遠鏡を拾って胸に抱くヒナを見て、チナミはてくてくと歩いていく。


 ――放っておけない……。


 チナミはヒナに手を差し伸べて、


「おいていかれますよ」


 ヒナがその手を取って立ち上がる。


「チナミちゃん……?」

「まずはハンカチで拭いてください」


 チナミがハンカチを渡すと、ヒナは受け取ってちーんと鼻をかむ。


「あ……。ヒナさん、涙を拭くように渡したんです。はぁ……。それ、あげます」

「ありがとうチナミちゃん……! でもあたし、泣いてなんかないから」


 呆れた様子ではあるものの、チナミはほんの少し微笑を浮かべた。


 ――しょうがないヒナさんのために、ついていてあげようかな。


 チナミはサツキを振り返る。


「サツキさん。私は弐番隊のみなさんに同行します。おじいちゃんと会って話をするにも、私はいたほうがいいかと思いました。いいでしょうか」


 申し出を受け、サツキは考える。リラのことは、ナズナから聞いて知っているみたいだし、チナミなら控えめなだけで協調性もあるからすぐになじめるだろう。そして、チナミが自ら祖父と話をつけてくれたらすんなりと進む。

 また。

 忍者にして士衛組の監察・よるとびふうさいの代わりはチナミにしかできないだろう。

 この士衛組の旅の中で、戦闘以外の面でもっとも働いているのがバンジョーとフウサイなのである。バンジョーは馬車による移動と食事を、フウサイは偵察を普段からこなす。

 だから、バンジョーとフウサイ――両者は、士衛組の旅を安全に快適に進むための両輪であり、弐番隊のみになると監察フウサイによる安全の面が危惧される。

 そこを、日頃からフウサイに忍者の身のこなしや忍術を教わっているチナミが監察として同行すれば、バランスはいいかもしれない。

 まあ、玄内さえいれば安全面の心配も不要な気もするが。

 数秒でそこまでの計算をはじき出して、サツキはうなずいた。


「わかった。旅中、偵察などの監察役をしてほしい。弐番隊の三人には手が届かないところだ。ヒナたちのこと頼んだぞ、チナミ」

「はい、サツキさん」


 こくりとうなずき返すチナミ。

 ナズナがチナミの前まで進み出て、


「またすぐに会おうね」

「うん。約束」


 とチナミは小さな微笑でもって答えた。


「気をつけて、チナミちゃん」

「ナズナこそ」


 言いながら、二人はくすっと笑った。お互い、お互いのことが心配なのだ。でも、信頼もしている。

 ヒナはチナミに抱きつき、


「チナミちゃんの面倒はあたしがみてあげるんだから。任せといてよね、サツキ」


 これにはサツキも内心で苦笑してしまう。


「ああ。またな。海老川博士によろしく伝えておいてくれ」

「待ってるぜ!」

「おまえたちも、気をつけてな」


 バンジョーと玄内にも見送られ、サツキたちはメイルパルト王国へ歩き出した。

 こうして、士衛組は一旦二手に分かれることになった。

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