51 『トリックスター、遅れて出発するが如し』
ソクラナ共和国、首都バミアド。
リラがキミヨシとトオルの二人と馬車に戻ってから、シャハルバードたちが戻ってくるまでは一時間以上もあった。
シャハルバードは、戻ってくるやリラに言った。
「リラくん。これ、キミの本じゃないかい?」
「え」
見れば、シャハルバードの手にあるのは、リラの《取り出す絵本》だった。盗賊団に奪われたと思っていた本が戻ってきた。
「そうです! でも、どうしてシャハルバードさんが」
「共に戦った友人が偶然手にしたらしい。訳を話したら彼らはワタシに託してくれたんだ」
「そうでしたか。本当にありがとうございます」
リラはシャハルバードから本を受け取る。
「いいや、お礼ならワタシではなく、その彼らに言ってあげるといい。きっと、また会えると思うから」
「はい……」
あまりに判然としない彼らという存在に、リラはぼんやりとシャハルバードの横顔を眺める。
「よかっただなもね」
「やっぱりあの本がそうだったんだろうが、いい人もいるもんだな」
と、キミヨシとトオルも喜んでくれた。
それから、アリが楽しそうに今日の冒険のことをみんなにしゃべっていた。
「おいら、あの四十人の盗賊がお宝を隠してた洞穴を見つけたんだ! シムシムって頭領が町にいるところを偶然見かけて――」
闇夜ノ盗賊団との戦いのあと。
サツキは宿に戻って、自室にみんなを招いて言った。
「今回はみんなの成長も見られたし、隊の連携もよくできた。隊編成後、初の任務。成功といっていい。あとはリラを迎えるだけだ。さて。街では俺たちの評判も立っている。だから、ここは早々に立ち去ろうと思う」
「なんで? もったいなくない?」
「そうだぜ。せっかくアピールできるチャンスなのに」
ヒナとバンジョーの気持ちもわかるが、サツキは騒がしいのが好きではないのだ。
「明日になると、街の人たちにいろいろ聞かれる。クコの件もあるし、それは面倒だ。正義の味方は人知れず去るのがきれいだからな」
「おれもそれには賛成だ」
「わたしも……たくさんの人にいろいろ聞かれるのは、ちょっと、こわいです……」
玄内とナズナはサツキの意見に賛成し、
「ですね。私も騒がしいのは好みません」
とチナミがうなずく。
「で、いつ発つ?」
と、ミナト。
「そうだな。早朝、四時くらいにするか」
「それでは、各自それまで部屋でゆっくり身体を休めてください。時間の少し前に、わたしが呼びに行きます」
クコがそう言って、この場は終わった。
普段サツキは夜更けまで勉強をする習慣になっているが、クコは朝型で起きるのが早く、みんなが目覚める前に修業をしている。だから四時起きも平気だった。
部屋には、六人が残った。
サツキの部屋にはクコとルカ、ミナト、玄内、それからフウサイがいる。司令隊、各隊の隊長、監察が情報を共有し各隊の隊士へ伝えるのがよいとの考えからである。参番隊は隊長不在の上、これから話す内容もナズナとチナミにはあまり関係ないから伝達も不要だった。
サツキはさっそく用件を言った。
「フウサイは、このあと少しだけこの街に残ってくれ。半日もいなくていい。街人に変装して噂を流してもらいたい」
「噂、でござるか」
「今回の一件について、事実をそのまま吹聴すればいい。
「なるほど。御意」
有能なフウサイはすべてを理解した。
玄内はかぶいたように静かに笑う。
「噂を流すことで、士衛組の活躍が伝わる。だけじゃない」
「町人に扮して風評を流すと、噂が噂を呼んで尾ひれがつくものね。まあ、へんな尾ひれがつくのは勘弁だけど」
と、ルカも着物の袖口元を隠して忍び笑う。
「そういうことでしたか! サツキ様、すごいです」
「なるほどねえ」
「クコとミナトはあんまり難しいことは考えなくていい。ただいずれ、こういった情報の拡散がクコを救ってくれるかもしれないからな」
ルカは、サツキとミナトがしゃべっているのを見て、
――ここバミアドは、『
と自分たちの地理的位置把握と状況を整理した。
事実、この士衛組の評判は瞬く間に広がり、のちに役立つ結果となる。これも一種の調略だった。士衛組への信頼から、仲間になってくれる者も出ることになるのだが、このときのクコは笑顔で素直にうなずくのみである。
「はい。サツキ様」
「では、僕らは先に発って、噂がどうなったかの報告を待ちましょうか」
とミナトがまとめた。
翌朝、サツキたちが旅立ったあと、フウサイは町人に扮して事実のみを流し、夕方にはサツキたちに合流した。
フウサイ曰く、
「噂を流すほどもなく、士衛組は評判でござった」
とのことだった。
「ありがとう。フウサイ。助かる。手間取らせて悪かった」
「いえ。しかし、なぜ何度も?」
フウサイにはその理由がわからない。他の者もあまりわかっていない。ただ、事実を正確に何度も伝えることは、重要なことである。
「俺の考えでは、人は何度も同じことを伝えなければ真には伝わらない。その際、事実を正しく、何度も同じく、繰り返す。それが大事だ。でないと、自分に関係のないことなど、簡単に忘れてしまうからな」
事実が正確に伝わることは、正々堂々の精神に準ずる。でも、それだけが狙いでもない。人の記憶力と印象の問題だ。人は簡単に事実関係を忘れるから、何度も繰り返さねば、いざというき、プロパガンダに負ける。少しずつ宣伝内容が変わっていても、「あいつらが悪い」ということだけは変わらず宣伝がされ続けると、真実がわからなくてもその世論工作に人間は引っかかってしまう。だが、正しい主張は繰り返し発信すれば伝わるはずだ、とサツキは信じていた。サツキはそういった念には念を入れた思考回路の持ち主だった。
明くる日、サツキの見立ての通り、新聞にも掲載されることになった。
正義の味方を名乗る謎の組織『士衛組』が、四十一人の盗賊からバミアドの街を守りお宝を取り返して町に返してくれた――と。
五日後。
『
「士衛組かあ! かっこいい組織だね!」
「アタシたちも仲間に入れてもらいたいよ!」
「でも、友だちになれたらそれでいいかもね!」
「うん!」
士衛組の噂を楽しそうに聞いて回ったあと、二人は腰に両手を当てて言った。
「ボクらでつないで行きたいよね」
「アタシたちみんなが笑顔になれる、同じ道へとね」
「よし。エミ、ちょっとペース上げて進もうよ!」
「そうだね、アキ! よーし! 行くぞー!」
「レッツゴー!」
『トリックスター』と呼ばれる二人は、西へ向かう。
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