3 『ファラナベルとミナレット』
翌日。
ようやく正午前にファラナベルにたどり着いた。
『考古学者の社交場』ファラナベル。
砂漠の中にあっては大きなオアシスであり、街を割るようにナルサ川という大河が流れ水も豊かで生活には困らなそうな都市である。
ただ町人が言うには、
「砂嵐がたびたび吹くから、それだけは大変だな」
とのことであった。
南風はよく吹くが、今日は砂嵐もなく穏やかで、リラを探し回るにはよい気候だった。
また、『
旧市街には碑文や石板、石像などがたくさん見られ、考古学者たちがよく集まるらしい。
道は迷路のように入り組み、探すのは大変だろうと思われる。
昼食をとって、午後――。
サツキたちが聞いて回ったところ、ラドリフ神殿は街外れにあるという。少し足をのばせば徒歩で一時間もしない。
クコは張り切って、
「ラドリフ神殿は、『歴史が眠る迷宮』と呼ばれているそうですね。探索には準備が必要ですし、リラと合流したら向かいましょう」
「そうだな。まずはリラとの合流が先だ」
と、サツキは静かにうなずく。
とはいえ、サツキもクコも、リラがこのファラナベルのどこにいるのかはわからない。リラの手紙から到着の時期を考えればもうこの街に来ていると思われるが、なんらかのトラブルがあってまだ来ていない可能性もある。
フウサイがすっと現れた。
「サツキ殿。みながリラ殿を探す間、拙者は引き続き周囲に敵がいないか監視しているでござる」
「頼む」
フウサイはまた、影に溶けるように消えた。
リラの顔を知っているのは、サツキとクコとルカとナズナとケイトの五人。逆に知らないのは、ミナトとフウサイの二人である。フウサイに探してもらうにしても、顔を知らなくては難しい。クコの魔法で記憶を見せる方法もあるが、フウサイの影分身による監視はそれだけで大変な仕事だから、リラを探すのは残りの六人でやることにする。
サツキは組み分けをした。
「俺とクコとルカの司令隊三人と、壱番隊にナズナを加えた三人。二手に分かれてリラを探そう。ナズナとケイトさんはリラの顔を知ってるし、こっちはクコとルカがいるしな」
「あいわかった」
にこやかにうなずくミナト。
「ミナト、絵は描けるか?」
突拍子もなく、サツキは聞いた。
「なにか描いてほしい絵でもあるのかい?」
「ない」
美的感覚や芸術の才能を聞いているのだが、サツキはそんな細かい聞き方をしない。
ミナトは、無愛想で言葉足らずなサツキの代わりにすらすらしゃべる。
「僕は絵も歌も好きだが、好きなだけでね。絵のほうがマシかもしれない」
「ナズナも、絵も歌も好きだな。歌のほうがすごいけど」
と、サツキはつぶやく。
――どうも、ミナトは絵もうまいみたいだな。謙遜するところがあるし、なかなかなんだろう。ナズナとは得意が逆かな。
実際、ミナトは絵も達者で、耳もよく音楽もいける。士衛組の中で芸術分野の才能があるのは、ミナト、ナズナ、リラ、玄内くらいのものである。クコとケイトも人並み以上だが、優等生のそれであり、際立ったものではない。バンジョーは音楽だけ得意なのだが、その出番はないかもしれない。
話題に上がったナズナは、照れたように謙遜した。
「わたしはそんな……」
「ふふ。わたしも、ナズナさんはすごいと思います」
クコがにこやかにナズナの背に手をやる。
ただの雑談だと思っている一同だったが、ミナトだけはこう聞いた。
「サツキ。リラの魔法が絵に関するものだから、絵を探せってことだね? すなわち、人より場所ってことだ」
「まあな」
なんでわかった、とサツキは思う。相変わらず変に呼吸が合うやつだし、聞いてもないのにミナトはくすくすと笑って話した。
「サツキは目に出るからねえ。目が大きいからかな?」
「余計なお世話だ」
「一人の少女のために国を救おうとしてやる最高の世話焼きがよく言うよ」
と、ミナトは薄く笑った。それに、絵については確かにリラ探しに役立つ。おそらく、サツキが聞きたいことはもうないだろう。ミナトはそう解して、質問する。
「ところでサツキ。僕らが見つけたら、クコさんのテレパシーの力で連絡すればいいのかな?」
「そうだな。もしくは、フウサイを呼んでくれてもいい。一応、常にミナトたちの様子も見ておく形になるから」
「相変わらず有能なお方だなあ」
「その上、働き者だ」
「だねえ。では、僕らも働こうか。善は急げだ。僕ら三人は参りましょう」
と、ミナトはケイトとナズナに呼びかける。
ケイトはかしこまったような気取った礼をして、
「わかりました。ミナトさんの仰せのままに」
「は、はいっ」
ナズナは意気込んで胸の前で拳を握り、ぽつりとつぶやく。
「やっと、リラちゃんに会える……!」
この小さなつぶやきに気づいたのはサツキだけで、サツキもナズナに小さく言った。
「楽しみだな」
「はい」
声が聞こえていたことにちょっと照れるナズナだが、サツキを見る目はうれしさと素直な喜びで満ちている。
さっそく歩き出していたミナトとケイトを追いかけるように、ナズナはとことこ走って行った。
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