4 『絵と景色』

「サツキ。アテはあるの?」


 秘書然とサツキの隣を歩きながらルカが聞いた。

 サツキはかぶりを振る。


「いや」

「じゃあ、どこに向かっているの?」

「景色がいいところだ」

「景色……? なるほど」


 ぽつりとつぶやき、ルカが察する。しかしクコは小首をかしげてサツキの顔をのぞき込むようにした。


「サツキ様? 景色がいいところから、リラを探すんですか?」

「違うわ。景色がいいところを探すのよ、クコ」


 と、ルカがサツキに代わって答える。


「ええと、それってつまり――」


 判然としない面持ちのクコに、サツキは言った。


「あるいは、いい景色を眺められるところだ。景色がいいところでは、なにができる?」

「あ、そういうことですか!」


 ポンと手を打つクコ。サツキはこれにうなずく。


「うむ。リラは絵を描くのが好きだ。ならば、絵を描くのにいい場所へと、リラの足は自然と向かうだろう。ここは『千の塔の都』、特に旧市街は歴史が閉じ込められた神秘的な空間だからな」

「そうですね。リラは人物も自然も描きます。特にこのような初めて訪れる土地へ来たら、その景色を絵に収めたくなるでしょう」


 晴和王国の他は、基本的にずっとアルブレア王国にいた王女なのだ。クコと同じか、あるいは絵に関連するならもっと、好奇心が刺激されるだろう。砂漠の国に来たことはないとクコは言っていたから、毎日いろいろな絵を描いているはずだと、サツキは考えた。

 だから、ミナトにもそんな話をしておいたのである。絵を描けるか、というあんな言い方だけでは、ミナト以外にはそこまでは伝わらなかったろうが。

 事実、ミナトもケイトとナズナにこう説明していた。


「サツキが言ってたんですが、景色の良い場所がいいそうです。だから絵を描きたくなる場所を探しましょう」

「な、なるほど……そうですね」


 すぐに解したナズナとは反対に、ケイトはやや考えてから考えをまとめる。


「要するに、眺めの良い場所へ行けば、絵を描いているリラ王女に出会えるかもしれない、ということですね」

「ええ。そうです。サツキは言葉足らずだからなァ。おかげで僕もうまく説明できなくて」


 ケイトは苦笑した。


 ――確かに、ミナトさんは説明が得意ではない。先日のバミアドでも大事なところが抜けた説明で、細部がわからないこともあった。でも、ちょっとずつ慣れてきたかもしれない。


 そんなミナトの感覚的な部分も、ケイトは好ましく思っていた。

 司令隊のほうも同じ考えでリラを探している。

 サツキは問いかけるでもなくつぶやく。


「せっかく訪れたのなら、何枚か絵を描きたくなる。日数によっては、もう描き終えているだろうか」

「リラがすでにこのファラナベルに到着しているとすれば、今より一日から二週間ほど前になるわ。ただ、さすがに船が順調でまっすぐ向かった場合でも、二週間以上は経ってないと思う。問題なくもう来ていたとして、まだいろいろな景色を描き切れていないでしょうね」


 ルカがスケジュール帳でも読み上げるように言った。

 以前、リラからの手紙をガンダス共和国ラナージャで確認したとき、リラは船での旅になると言っていた。だが、まっすぐ向かうかもわからないし、おそらくは数日前から一週間前の到着が妥当だとルカは思っている。


「リラは絵を描くのが特別速いわけではないと思います。描ききっているということはないと考えていいです」

「うむ。そうか。じゃあこの線で探し続けよう」

「はい!」

「それで、サツキに心当たりはあるかしら?」

「ファラナベルには大きな美術館があるようだし、そこには最初に行くだろう。そのあとは、絵を描くことになる。絵も描く場所によっては時間がかかる。リラは体力があるほうでもないそうだからな。何日かに分けて描く絵も、中にはあるだろう」

「そうですね。リラは写実的な絵を描きますから、描き慣れていないミナレットを丁寧に描くとなると、途中の絵があっておかしくありません」

「じゃあ、より眺めの良い場所に行ってみようか。描くものが多い場所へ」

「はいっ!」


 サツキの見立ては、実はおおよそ当たっている。あとは、運よくリラが絵を描いているポイントに行けるかどうかだった。

 三人が旧市街を歩いていると。

 噴水広場が目に入った。

 広場は傾斜地の下にあり、背中には公園がある。公園は緑が多く、山のようになっていた。広場の端にある階段をのぼれば上の公園に行くことができる。階段を約百段のぼる高さになる。

 クコは砂漠の都のオアシスのような噴水広場に目を輝かせる。


「この噴水広場は、けっこう広いですね」

「上も公園だけど、ここも一応は公園っぽい赴きがあるな」

「まずは広場から探す?」


 とルカが聞き、サツキは首肯した。


「うむ」


 広場を回るだけでも二十分ほどかかった。ここにいる人たちの顔をつぶさに確認して回ったが、それでも見つからなかった。

 ということで、三人は階段をのぼって公園に行く。

 公園は緑が多く、エキゾチックな街並みの中ではオアシスの雰囲気がある。

 明るいうちに見つけたいものだが、今日はこの公園を回っているうちに日も落ちかけてしまうだろう。

 人もまばらにいる。

 しかし、リラとおぼしき少女は見えない。絵になる景色もこれといってこの公園にはないから仕方ないのかもしれない。


 ――噴水広場が見下ろせる場所なら、あるいは……。


 そう考えたとき、サツキはふと足を止めた。


「サツキ様?」

「クコ、ルカ。先に歩いていてくれ。ちょっと景色を見てくる」


 相変わらず少しばかり言葉足らずなサツキである。説明不足ではあるが、サツキが言わんとすることがわかったクコとルカは、先を歩く。


「ルカさん、わたしたちも眺め良い場所を見つけましょう!」

「そうね」




 サツキは、土の道から外れて、芝の中へ入った。

 やや歩き、木と木の間から景色をのぞく。


 ――思ったとおりだ。


 視界の先には、この砂漠の都市独特の建築物と、それといっしょに映すとオアシスのように見える木々が、おもしろい調和をなして広がっていた。


 ――塔もたくさんあるのが特徴的だ。『千の塔の都』と言われるだけあって、ミナレットという塔が一面に見える。歴史的なばかりじゃなく、大きなナルサ川もきれいだ。


 描くものが多い場所であり、この景色を絵におこすには時間もかかることだろう。

 残念ながらリラとおぼしき人の姿は見えないが、


「絵に描いたら映える景色だな」


 と思う。

 両手の親指と人差し指で四角形の枠をつくり、景色を収めてみた。

 悪くない。


「あら? 絵を描かれるのですか?」


 その声に、サツキは振り返る。


「実は、わたくしも絵を描くのがとても好きなんです」


 やわらかい笑みを咲かせるのは、美しい黒髪の少女だった。

 少女はまるで砂漠の花のように見える。

 髪の長さはセミロング、可憐な花のように華やかで清楚な面立ち、背はサツキよりも十センチちょっと低く、青色と藍色のドレス風の衣装をまとっている。ベレー帽と胸のリボンはピンク色で、白い長手袋をはめていた。

画工の乙姫イラストレーターあお

 クコの妹であり、アルブレア王国の第二王女。サツキがクコに見せてもらった記憶に登場したリラそのものである。手にはスケッチブックと画材があり、絵描きという特徴も一致していた。

 リラとの突然の邂逅に、サツキは言葉が出なかった。

 ここまで、ずっと複雑に入り組んできた二つの軌跡が、やっと一つに重なった瞬間。

 それぞれの旅路の合流地点に、


 ――ずっと、くじけず、よくここまで来られたな。クコの記憶で見たときより、たくましく見えるぞ。


 と心でリラに語りかけていた。

 だが、すぐに我に返る。


「俺はたいした絵は描けない。ただ、いい景色だと思っただけだ」

「そうでしたか。でも――そうですね」


 と、リラはサツキの横に並んで木々の間から景色を眺望し、


「本当に、いい景色です」


 心から想っているふうに、リラは微笑をひらいた。


「それなら、わたくしが描いてもよろしいでしょうか?」

「うむ。構わないが」


 と言って、サツキはつい雑談をしてしまっていた状況に気づく。

 姉と同じくだれにでも丁寧で壁をつくらずやわらかい接し方をするのは、教育のせいか家柄のせいか、サツキにはわからない。だが、姉妹で似ていることは、実際に話してみてありありとわかった。


「では。あなたのために描きましょう。決して忘れることのない、始まりの絵を」


 今だって、忘れない時間を刻んでいるとサツキは自覚している。しかし返事に迷って、やっと切り出した。


「ひとつ確認させてくれ」

「はい。なんですか?」


 小さく息を吸って、サツキは聞いた。


「キミは、リラか?」

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