25 『残像ターンオーバー』
ナズナとチナミは街を歩いていろいろな店を回っていた。
雑貨屋に入る。
「なにか、買う?」
「別に。そのつもりはない。ぺんぎんぼうやミュージアムで買いすぎちゃったから。ナズナは?」
「わたしも、かな」
二人で店内を歩いている中、チナミがちらと商品を横目に見て、また前を向き、もう一度その商品を見直した。
チナミが二度見したものは、
――これ、さっき買ったぺんぎんぼうやカフェによさそう。サイズ感もぴったりなんじゃ……。
フィギュアやジオラマを飾れるケースだった。
――え?
首だけが横を向き、視線と足が釘付けになったまま、チナミは驚いた。
――この《キープロックケース》、どんなに動かしても中身を固定してくれてずれない? 模様替えしやすいかも。
その横にあるピンセットにも目が向く。ポップが出ていて、商品説明が書かれている。
――魔法道具《
チナミは買い物カゴを手に取る。そこに、ケースとピンセットを入れた。
――これだけ。これだけは買っておく。あとは節約。
ナズナはふふっと笑って、
「お部屋に、かわいく飾れるといいね」
「うん。まあ、今日の買い物はこんなものかな……」
言いながら、チナミはまた発見してしまう。
――うそ?
商品棚にあったのは、クリアファイルケースだった。
「ファイルやポスターを、貼れる……? ファイルを貼るの?」
よくわからないと言いたげに頭をかたむけているナズナに、チナミが説明する。
「小さなポスター感覚。かわいくて使うのもったいないし、いつも目に入る場所にあったらいいし……。だから貼る」
丹念に商品の説明を読む。
――すごい。障子でもきれいにはがせて跡が残らない。ポスターサイズもある。ポストカードまで……? テープでもないのに貼れるなんて、便利。フォトフレームと違って薄いし軽いから扱いやすい。マスキングテープで壁に貼ろうと思ってたけど、この《お
とりあえず、チナミはすっと買い物カゴにファイル用とポスター用の《お利口フィルム》を入れた。
――ん? こっちの《ブロックワックス》は、薄く塗れば缶バッジの汚れや傷、日焼けから守ってくれる……。缶バッジなら、今日買ったばっかりだし……。
つい、また買い物カゴに《ブロックワックス》も入れてしまう。
――まあ、これはぺんぎんぼうやのお面にも使えるし……。
チナミが聞いた。
「ナズナは?」
「これだけ、買おうかな」
「《マイシールアルバム》?」
「シール帳のお気に入りのページを、アルバムに残せるの」
アルバムに残したいページを、アルバムの空白のページに押しつけるだけで、プリントされるというものらしい。押しつけるということは版画のように左右反転してプリントされるのかと思われがちだが、コピー画像みたいにページをそのままアルバムに残せる。
「プリントしたら、元のシール帳はまた別のシールと合わせて遊べるよ。別のリボンのシールをつけてあげたりできるかな」
「なるほど。いいね」
二人はそれぞれ会計して、店を出る。
浦浜は広い。
二人でほかの店も回っていると、バンジョーが魚屋の店主と楽しそうに盛り上がっているのを見かけた。
「バンジョーさん」
「だね」
立ち止まってそちらを見ると、会話が聞こえてくる。
「こいつは刺身にしたらうまいぜ」
「そうなのか! サツキに食わせてやりてーな。あいつトロ好きだもんな。チナミ用に赤貝も欲しいな」
「赤貝が好きだなんて、通だねー」
「そうなんすよ。こーんなにちびっこいのにいっちょ前なとこがあって」
と言いながら、バンジョーは自分の膝くらいに手をやってチナミの大きさを例えている。もちろんそんなに小さくない。
「へえ。おちびさんかぁ」
バンジョーが自分の話を始めたのが照れくさくて居心地悪く、チナミはナズナの袖を引いた。
「行こう」
「う、うん」
少し恥ずかしそうに顔を赤らめてとことこ歩くチナミ。
ナズナはリラへのお土産を胸に抱えてついていく。
――リラちゃんに、早く会いたいな……。
そう思ったときである。
馬車が走っていった。
三人が座っているのが見える。その中に、リラがいたように見えたのである。
「あ」
声がかすかに漏れるが、次の瞬間には人ごみにまぎれてしまい、視界が開けたと思ったときには馬車は角を曲がったのか見えなくなっていた。
チナミが聞く。
「どうしたの?」
「う、うん。今、馬車にリラちゃんがいたような気がして……」
「追ってみる?」
自分の足ならすぐに追いつけるとチナミは思っている。それに、ナズナも空を飛べる。
だが、ナズナは首を横に振った。
「大丈夫。たぶん、見間違い。会いたいって思ったから、見間違えちゃったのかも……。だって、リラちゃんはまだ旅立ったばっかりだって、水族館でサツキさんが言ってたもんね」
「そうだね。仲間になってくれるみたいだし、会うのが楽しみ」
「うん」
ナズナは胸の前できゅっと拳を握る。
――自分の足で歩いて、進んで、リラちゃんに会いに行かないと。わたし、がんばるよ。待っててね、リラちゃん。
二人はまた少し歩く。
服屋に入る直前、チナミは視界の端で馬車を捉えた。そのまま振り返って馬車を見る。
――さっきの馬車だ。
しかし、その馬車には二人しか乗っていなかった。少女と青年。青年は深緑の羽織を着た優雅そうな雰囲気。少女のほうは、話に聞いているリラよりも幼い。桃色の着物が似合う明るい笑顔を浮かべ、チナミとも背が同じくらいだし年も若い。手にはけん玉を持っている。
――やっぱり、見間違いかな。
年はリラとナズナとチナミは同じで、ナズナによると背はナズナとほとんど変わらないが一センチか二センチ高いという。
そのとき、どこかで、
バーン!
という派手な音が聞こえた。
反射的にチナミは空を見る。
しかし花火は上がっていなかった。
そろそろ夕方になるが、この時間では花火が打ち上げられても見えにくいかもしれないとチナミは思い直した。
チナミもナズナのあとに続いて服屋に入った。
チナミの長い髪が店内に消えるとき。
リラは、まさにその通りを歩いていた。
「活気のある街だわ。一人になって歩くと、余計にぎやかに感じる。花火も打ち上がるなんて、お祭りみたい。どんな花火かは見えなかったけれど」
服屋の前を通り過ぎ、リラはさっき別れたばかりの二人のことを考える。
「今度は、いつ会えるかしら」
リラは、『
トウリはこう聞いた。
「もう浦浜の街の中まで来た。しかし、いいんですか? 前にも話したけど、うちには私設海軍がある。その船で送らせることもできる」
「大丈夫です。お世話になりました」
リラの意思を見て取ると、トウリはにこりと微笑んだ。
「こちらこそ、お世話になりました。会えるといいですね、お姉さんに」
「姫も応援しています! リラさま、また会ったら遊びましょう!」
「はい。ぜひ」
「約束ですよ。また今度です」
「わかりました。約束です」
ウメノと小指を絡め、指切りげんまんをして、リラは二人と別れたのだった。
その足で、リラはまず、手紙の預かり所を目指した。
予想としては、クコはそろそろこの街に来ている。
だが、まだの可能性もあった。
「もしまだであれば、お姉様宛のお手紙をリラが代わりに受け取って、お姉様の到着を待てばいいんだわ」
手紙が預かり所にあれば、クコはまだ来ていない。逆に、手紙がなければもうクコはこの時間までに来ていたことになる。
――リラが数日前に旅立ったことを、お姉様はすでに知っているけれど、まだルーンマギア大陸にいると思っているでしょうね。リラはヴァレンさんとルーチェさんに晴和王国まで送ったもらったとき、そこでお姉様に手紙は書かなかった。「晴和王国にはすぐに到着します」という手紙を、博士にも書けなかった。
うっかり忘れていた。
つまり、リラが旅立ったところまでで、博士の手紙の情報は止まっていることになる。
――ナズナちゃんのお母さんに、浦浜まで手紙を書いてもらえばよかったわ。それも忘れてた。ナズナちゃんと入れ違いになったのが残念で、頭が回らなかったのね。
リラは、手紙の預かり所に到着した。
そこでは、手紙はもうないということだった。
「ありませんか。わかりました。ありがとうございました」
アテが外れてしまった。
外に出て、リラは海風になびく髪を抑える。強い風によろけそうになる。
「手紙がないということは、お姉様はとっくに浦浜には来ていたんだわ」
――何日遅れだったのかしら。
実は同じ日にクコとサツキとルカが来ていたということなど、リラには知りようもないのである。
ことごとくタイミングがずれてしまっていた。
「でも、やれることはやったわ。海を越えた最初の港、ガンダス共和国ラナージャの預かり所に手紙を出したもの」
内容は、リラは親切な方の魔法によって晴和王国まで来たけど、会えなかった。晴和王国から船に乗って、約三ヶ月後、ガンダスに到着します。そんなことを書きしたためた。
「リラがどれだけ遅れてしまったのかはわからないけれど、お姉様たちはあの手紙を読んだら、そこでリラを待ってくれるはず」
もし船が三日以上も前に出航していても、ガンダスまでの手紙なら余裕で間に合う。
リラは、船の手配をしに向かった。
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