26 『推定ピリオド』
リラが船の案内所へ向かう少し前。
ナズナとチナミが服屋に入る直前に、チナミが見送ったその馬車の中。
そこには二人の人間が乗っていた。
「花火です!」
「そうかな? 見えないようだけど」
「ちがいましたか……」
「どうだろうね。今我々の目に見えていないものにも、なにかの物語がある。それは音にも言えることだ」
「はい。それより――」
桃色の着物に身を包んだ少女は、けん玉をなでなでしながら、隣に座る青年に笑顔を向ける。
「リラさま、きれいな人でしたね」
「憧れたかい?」
「はい。姫も、あんなお姉さんになりたいです」
「きっとなれるよ」
「はい。きっと姫もリラさまみたいなおしとやかなお姉さんになるので、見ていてくださいね」
「うん」
にこやかにうなずく青年は、トウリ。
トウリは現在、手にけん玉を持った少女ウメノと馬車に乗っている。
リラとは、先程別れたばかりなのであった。
ウメノの鼻が小さく動く。
「クンクン。いいにおいです。あ、シュウマイがあります。食べ比べと書いてあります。食べましょう」
「お昼にもリラさんとサンマーメンを食べて、そのあとには肉まんだって食べたじゃないか」
育ち盛りだからまたお腹が減ってきたらしい。それとも、おいしそうな匂いが広がる街だから刺激されたのか。
『
「看板をご覧ください。おいしそうですよ。ね? トウリさま~」
こうまで子供っぽくおねだりするウメノを優しい眼差しで見やり、トウリは苦笑した。
――リラさんのようなお嬢さんになれるのは、まだまだ先かな。
馬車の運転手が振り返って、
「あの店は、大きな肉まんも串焼きのシュウマイもおいしいって評判ですよ。買ってくる間もここで待ってますが、どうします?」
せっかくの厚意でおすすめしてもらったことだし、トウリはお願いした。
「では。よろしいですか」
「わかりました」
「トウリさま~! ありがとうございます!」
わーっ、と喜ぶウメノがニコニコ笑顔を浮かべる。
停車した馬車から、トウリとウメノが降りる。
店でシュウマイを買って、トウリはシュウマイの串焼きを運転手に渡した。
「どうぞ食べてください。お腹も減るでしょう」
「いやあ、悪いですね」
「構いませんよ」
「トウリさま食べましょう」
二人が再び馬車に乗り込もうとすると、トウリは遠くに目をやって、ぽつりとつぶやいた。
「あれは……」
「なにかありましたか」
ウメノが見た先では、青と白のボーダーのノースリーブを着た金髪の青年が串焼きのシュウマイを食べていた。
「うめえ。うめえぜ。こいつはみんなにも食わせてやりてえな。レシピとか聞いちまうか? ありだよな。聞いてもよ」
楽しそうな独り言である。
「姫たちとおんなじですね」
と、ウメノが串焼きをかかげる。
だが、トウリは微笑して、
「いや。向こうだよ」
彼の奥へと視線を投げる。
そちらへウメノも顔を向けると、元気な声が聞こえてくる。
物売りだった。
この辺りではよく見られる露店だが、トウリにとっては他の物売りとはまるで違う。
「やあやあやあ! 針はいかがかな? 丈夫で折れない針だなも!」
猿顔の青年が針を売っている。
この針が特別なわけじゃない。
トウリにとっての特別は、猿顔の青年その人だった。
「少しよろしいでしょうか。知人を見つけて、話がしたいのです」
馬車の運転手に断りを入れる。
「どうぞどうぞ。ワタシはいただいたシュウマイをつまんで待っておりますんで」
「すみませんね」
ウメノは小首をかしげつつ、トウリの横に並んで歩いた。
「だれなのです?」
「姫は知らなかったね。旧友だよ。姫がうちに来る前、同じ道場で学んでいた友だちさ。随分と成長してるようだ」
「それはうれしいことですね」
ずっとトウリの側にいたウメノが知らないということは、トウリにとっては久しぶりの再会ということになる。
二人は露店に近づいていった。
同時刻。
船の案内所。
アキとエミは、船の予約を変更するところだった。
クコは彼らの付き添いとして来ており、
「なるほど。明日、四月十四日九時の便ですか。ああ! ちょうど、二名分だけ空きがあります」
「やったー!」
「わーっ!」
「よかったですね」
拳を突き上げて喜ぶアキと拍手して盛り上げるエミに、クコはそう言った。だが、ミナトのことを思い出す。
「あ、でもミナトさんは……」
「ああ! そっか!」
「あああ! そんなぁ……」
歓喜から一転、アキとエミはずーんと沈んだように落ち込んだ。
膝をついて悲しがる二人に、ハヤカワがにこやかに優しい言葉をかけた。
「その方については残念でしたが、それもなにかの縁でございましょう。人と人との縁は妙なもので味なもの。もしかしたら、またどこかで交錯することもありますよ。だから気を落とさずに」
「うん! ミナトくんには謝ろう」
「そうだね! ここで待つ?」
「どうだろう。『こども森林公園』に行くかもって言ってたし、待つのはしょうに合わないや」
「決まりだね! ハヤカワさん! アタシとアキの二名分、予約の変更お願いします!」
さっぱりしたものだった。
アキとエミという二人は、極端に素直なのかもしれない。
だが、かくして二人は予約の変更を済ませ、クコだけは後ろ髪引かれる想いで船の案内所を出たのだった。
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