27 『埠頭クライシス』

 ルカは玄内と顔を合わせてすぐ、不敵な笑いをされた。


「足でも怪我したか」

「気づかれましたか」

「ひねったか。ったく、しょうがねえ。《しょうぼう》。こいつを貼っておけ」


 湿しっを渡される。


「ありがとうございます」


 腰を下ろし、靴下を脱ぐと、やはり足首は赤く腫れていた。受け取った湿布を貼る。捻挫した場所に貼る面は普通の湿布と変わらない材質のようだが、反対の面は柔らかい和紙のようだった。

 白かった湿布が黄色くなってゆく。


「魔法道具ですか」

「ああ。炎症を鎮火させる湿布だ。昔、さんえつの薬売りから教えてもらってな。あとでおまえに作り方を教えてやる」


 さんえつくにでは、薬を各家庭に売り歩く形態があり、玄内は昔そういった人に作り方を教えてもらったらしい。


「お願いします」

「おまえの親父さんの《ばんそうこう》は傷口を治す魔法だ。炎症を治すこれもできると幅もできるだろ」

「《ばんそうこう》も、自分の物にできかけてます。炎症にも対応できたら、もっとみんなの役に立てます。それで、《しょうぼう》の詳細は……」

「湿布に痛みや腫れなんかが移る。炎症が取れたら、これを剥がして捨てればいい。炎症の状態で色が変わり、症状が重いと赤。今のおまえのは薄いオレンジ色だから症状も軽い部類だ。こいつが白に戻ると炎症も鎮まったことになる。まあ、詳細はあとで教えてやるさ」

「わかりました」

「だいたい丸一日でひどい炎症でも治る湿布だ。軽い捻挫程度なら一時間から二時間で良くなる」

「はい」

「で、魔法を没収して欲しいやつがいるんだったな。もう歩けるだろ。行くぞ」


 本当に痛みも引いてきており、即効性に驚きつつ、ルカは玄内を波止場へと案内した。

 波止場に到着後、魔法を没収してもらった。

 二人の女騎士。

『レッドヒットマン』水知留黒スイチー・ルックロウは、《マーボール》。

『モノクロのぼうそうれっしゃ浦町矢春ホチョウ・ヤーバルは、《自転車友達サイクルペット大熊猫謝謝パンダのシェイシェイ》。技は《大熊猫加速パンダッシュ》。

 玄内は魔法を手に入れて、つぶやいた。


「微妙な魔法だぜ。どっちも」

「先生、どうしてもう一人の女騎士の魔法も没収できたんですか?」

「おれが魔法を没収できる条件は、魔法名を知ること、あるいは魔法を使っているところを実際に見ること。いずれかだ。もう片方は、さっき会ったチナミに聞いた」

「もう一ついいですか?」

「なんだ」

「《自転車友達サイクルペット大熊猫謝謝パンダのシェイシェイ》は、ぬいぐるみのパンダが自転車になるという魔法でしょうか」

「ああ」

「なるほど。海にぬいぐるみが浮かんでいたので、もしかしたらと思って」


 だが、そのぬいぐるみを拾ったわけでもないし、どこか遠くに流されてしまったことだろう。

 そのとき。

 バーン!

 爆発音がした。


「派手な音……花火でしょうか」

「いや。違うだろ。場所はこの近くだな。浦浜赤レンガ倉庫辺りか。ここはちょうど、『くじらかん』がブラインドになってるからわからねえが、大がかりな戦闘でもやってるのか……」

「戦闘……」

「まあ、もういい時間になる。おれらは宿に戻るぞ」

「はい」


 なにが起きたのか、ルカは気になったが、玄内は平然として気にする素振りもない。


 ――サツキやクコじゃなければいいけど。


 ルカは玄内のあとを追って、波止場から町の中へと歩いて行った。




 数分前。

 埠頭地帯。

 浦浜赤レンガ倉庫が見える場所で――。

 ミナトは、アルブレア王国騎士エルゲンと戦うところだった。

ていとく華浜選原ケフィン・エルゲン

 パイプをくわえたマリンルック。年は二十代後半。身長は一七一センチほどの小男で、腕が丸太のように太く、金髪碧眼。腰には刀がある。

 刀は良業物五十振りの一つ『ふなさきでいもん』。

ふなさきでいもん』を抜刀して構え、


「行くぞ! ワオ!」


 と声をかけた。

 海鳥たちを見てニコニコしていたミナトが、エルゲンに顔を向ける。


「どうぞ」


 柔らかな声音でミナトが答えると、エルゲンは刀を振り回してきた。

 無駄の多すぎる動きを、ミナトは冷めた目で見つめる。


 ――剣術は期待できない。


 いや、とも思う。


 ――フウサイさんが強すぎたからなァ。


 強かった忍者を思い出し、ミナトは自然と微笑みが浮かんだ。


「さて。剣はてんでダメだが魔法次第。見せてください」


 ミナトは刹那のうちに『わのあんねい』を抜刀し、宙を一振り。

 素振りに思えるそれは、しかしエルゲンの肩口を切り裂いた。


「なんてこった! やっぱりあいつら三人をやったのもおまえの攻撃だったってことかあぁぁあー! ワオ!」


 苦悶するエルゲンだが、痛みによってそうなったわけではなさそうだった。未知のことへの理解に苦しむように困惑した様子である。


「まいったなあ」


 すっとまた素振りして、今度は走り込んでくるエルゲンの太ももを切り裂く。

 いずれも大ダメージではないが、それはミナトが試し斬りとして振っているからでもある。

わのあんねい』を鞘に戻し、ミナトは『あましらぎく』を抜刀する。


「ワワワワァァァァオ! ワオ! ワオ! ワオ! ワオ! ワオ!」


 エルゲンの刀と打ち合った。


 ――喚いている割に、案外しっかりした剣筋だ。


 だが、遅い。

しんそくけん』には、物足りないスピード感だった。

 つばぜり合いの形から、ミナトはぐっとエルゲンを押した。

 腕が太いくせにミナトに力負けして尻もちをつく。


「なんてこった! チビのくせになんて腕力だよーい! ワオ!」

「そろそろ本気、見せてください。つまらない戦いならすぐ終わらせたい」


 ミナトの挑発に、エルゲンは豪快に笑った。


「ハーハッ! なんてこった! オレは求められているのか! 恐れられ厄介がられてきたこの魔法の使用を! じゃあ本気で行くとしようじゃないの! オレの魔法《バブルボム》はここから始まる! ワオ!」


 ズボンのポケットから缶詰を取り出し、それを開けると一気にガバッと飲み干した。


「この缶詰を食べるとオレは魔法を使えるのさ! パイプを使ってな! ほら行くぜ!」


 パイプを吹く。

 すると、シャボン玉が出てきた。


 ――へえ。そのためのパイプか。


 シャボン玉は小さく細かい。


「……」


 ミナトは剣を持ち替える。また『わのあんねい』に切り替え、一振りした。

 ボン!

 シャボン玉が爆発した。

 エルゲンはシャボン玉を吹くのをやめる。


「なんてこった! もうシャボン玉の正体に気づきやがったか! ワオ!」

「あはは。なんとなく怪しかったもので」

「なんてこった! 理由が中途半端じゃねえか! それじゃあオレが使ってる魔法がうさんくさいモノみたいに見えちまうよ! ワオ!」

「魔法の性質はともかく、シャボン玉が飛んでる姿はいいものですよ。いなせだねえ」

「そうかそうかい! で! オレはおまえの刀も気になってるんだが? 斬撃を飛ばす魔法なの? それともその刀? 教えてくれ! あとその刀をオレにおくれ!」

「いやだなあ。差し上げるわけにはまいりません。でも、これが魔法ではなく刀の性質だということは教えて差し上げます」


 また一振り。

 シャボン玉が一つ爆発し、誘爆するように他のシャボン玉も爆発していった。


「なんてこった! 魔法じゃねえのかよ! ワオ!」

「これをくださったタケゾウさんというお方がおっしゃるところでは、抜くとなにか斬らずにはいられないそうです。斬撃を飛ばすのとは少し違うそうで、僕もまだ詳しいことはわかっておりません」

「なんてこった! 謎多き魅惑の名刀! 欲しい! おくれ! ワオ!」

「もらうまでずっと言ってそうだなあ。じゃあ、僕に勝ったら差し上げます」

「ねだってみるもんだな! ワオ! サンキュー! ワオ!」


 はしゃいだあと、エルゲンは急に険しい目つきになり、冷たい目で言った。


「じゃあ本気で行かせてもらうぞ? ワオ!」

「……!」


 ミナトはにこりとした。


 ――空気が変わった。おふざけはやめてくださるらしい。


 エルゲンはパイプを吹く。

 人間の頭大のシャボン玉がいくつか形成される。

 その上に飛び乗って、ミナトに向かって跳ねてくる。


「《バブルボム》は爆発するだけじゃなぁーい! 乗ることもできるのさ! 他の効果もあるんだぜ? さあさあ! 上からの攻撃にはどう対応するよ? ワオ!」


 シャボン玉を足場に、上空から飛びかかってきた。

 刀が振り下ろされる。

 さっと、ミナトはまた素振りした。

 だが、これをエルゲンはかわさず、左腕にスパッと切り傷が入っても振り落とす動作をやめない。


「へえ」


 ミナトは攻撃を受ける直前、《しゅんかんどう》で消えた。

 エルゲンからは少しばかり離れた位置にいる。


「その勇気に敬意を表し、魔法をお見せしました」


 刀で思い切り地面を打ちつけ、


「いてええ! ワオ! ワオ!」


 と騒いでいるエルゲン。


「なんてこった! お見せしましたと言いつつオレにはなにも見えなかった! 馬鹿にされているっ! ワオ!」

「あはは」


 軽い調子でミナトが笑っているが、エルゲンは顔を伏せたまま、視線を横に切る。


「……来てる」


 その声は、ミナトには聞き取れなかった。

 のっそり顔を上げると、エルゲンは走り出した。


「こっちだこっち! さっきやった消えた魔法で追いついてみやがれ! ワオ!」

「誘ってますか」


 明らかな誘導に、ミナトは罠への警戒など考えずに走って追いかける。


「こっちこっちー! ワオ!」

「……」


 二人が戦うこの埠頭には、浦浜赤レンガ倉庫がある。さっき戦っていた場所からも見えてはいたが、その三号館が徐々に近づいてきた。


 ――あれは、軍艦?


 さらに、軍艦が近寄ってきていた。

 軍艦には船員の姿も見える。

 彼らは騎士の服装をしていた。

 そこでエルゲンは足を止めた。


「気づいちまったか? そうだ! オレらアルブレア王国騎士はおまえら反逆者どもを倒すために軍艦で応援に駆けつけたのさ! バスターク騎士団長もオーラフ騎士団長もやられちまうとは思わなかったがな! 本当なら護送船ってだけのはずだったんだぜ? このオレ『提督』エルゲンが船長としてな! ワオ!」

「まいったなあ。なにを言っているのかわからないや」

「しらばっくれやがって! 『純白の姫宮ピュアプリンセス』といっしょにいたじゃねえかよ! 仲間ってことだろうがよ! ワオ!」


ていとく』エルゲンは振り返って船の仲間たちに合図を出す。


「やっちまえ!」

「おう!」


 返事をした二十人以上の仲間たちが、銃を構える。別の一人は大砲を打ち込もうとしていた。

 一人で彼らの一斉攻撃を対処するのは簡単ではないだろう。あるいはエルゲンの真後ろに《瞬間移動》すれば攻撃の手をやめてくれるかもしれないが、彼ごと攻撃されては寝覚めが悪い。


 ――エルゲンさんを盾にするのも悪いし、やっぱり船内に《瞬間移動》して一人ずつ相手にするのがいいかなァ。


 どう優先順位をつけて斬るべきか、ミナトが思考をしかけたとき。

 銃を構えた騎士たちがバタバタと倒れていった。

 よく見れば、彼らの銃が見事に手裏剣によって払われていた。


 ――フウサイさん。感謝します。


 大砲が打ち込まれた。

 ミナトは『わのあんねい』を軽く素振りする。


 バーン!


 おそらくフウサイが助けてくれたのだろう。どこで見ていたのか。姿も現さないあの忍者のおかげで、ミナトは大砲を処理できた。

 実際にも、フウサイは風に溶け込み身を隠せる魔法《ふうじん》によって、姿を消していたのだが、だれにもそれはわからなかった。

 船から打ち出された砲弾は、その場で破裂した。

 大砲を発射した直後に砲弾が爆発するものだから、船は爆風と衝撃でぐらぐら揺れている。

 爆音も派手で激しく、船員はあわてふためていた。


「どひゃー。爆発しちまったあ」

「お、おお、落ち着け。これは軍艦だぜ。船は無事だっての」

「ああ。確かに。ここは安全なんだ。これを壊せるのは騎士団長の中でさえ何人いるか。ちょっとやそっとの攻撃じゃあこの船は……」


 ミナトは剣の先を軍艦に向ける。


「僕は正直なほうなんで、ハッキリ言っておきます。今わかっていることは、あなた方がどうしようもなく、僕の友人の敵だってことです。お覚悟を」


 涼やかな微笑でミナトは宣言した。

 そして、改めて『わのあんねい』を鞘に戻し、腰を落として、居合いの構えを取った。


「なんてこった! やっと本気か? ワオ!」


 ミナトは『わのあんねい』の柄を握った。


「《あまれつしょう》」


 居合いで、空を切った。


「ワオ!」


 軍艦が、真っ二つに裂けた。

 爆音以上に、光景として派手だった。


「ワオ! ワオ! ワオ!」

「軽くやっても切れる鋭い刀だったから抑えていたが、これほど切れるとはね」


 と、ミナトは『わのあんねい』を鞘に戻し、視線を落としてこの新しい刀をじっと見つめた。

 エルゲンは驚いてさっきから「ワオ!」しか言っていないし、軍艦に乗っていた彼の仲間たちは取り乱していた。


「どっひゃー」

「な、ななな、なにが起きたってんだー」

「あいつが斬ったのか!? ヤツは何者なんだ」


 などと悲鳴を上げながら海に沈んでいった。


「どうしますか? 降参されても構いませんよ」


 仲間がやられたことで、エルゲンは錯乱したようにパイプを吹かせた。


「ぬおおお! 《バブルボム》奥義!」


 パイプからはシャボン玉がぷぅっと膨れるように出てきて、まだ膨れている。人間ほどの大きさになって、パイプから離れた。


「これでおまえを包んで出られなくしてやる!」


 口癖の「ワオ!」を言う前に、ミナトは消えていた。

 ハッと、エルゲンが背後に気配を感じたときには、エルゲンの背中が蹴り飛ばされていた。

 エルゲンはぬっとシャボン玉の中に入ってしまった。


「ワオ!」

「それ、自分で出られるんですかい?」

「なんてこった! そんな想定はない! つまり! 出られなぁーい! ワオ!」


 出ようともがいているエルゲンを、ミナトはどうすべきか考える。


「どうしましょう」

「助けてくれるのか?」

「いいえ。あなたは危険人物ですので、みんなが安心できる処置を模索していた次第です」

「なんてこった! オレは正義のために戦っていたと自負してるのに! オレが平和を乱しているとでもいうのか! ワオ!」

「悪気はなかったんだなぁ……。迷惑な方だ」


 嘆息して、ミナトはシャボン玉ごと手のひらで触れて、《瞬間移動》した。

 転移先は、小舟の上だった。

 この埠頭の端にロープでくくりつけられており、三号館の裏だから人気のない場所である。


「明日の朝以降じゃないと発見してもらえないかもしれませんが、それ以降は僕を追うなり好きにしてください。では」

「なんてこった! ここにずっとこうしていろというのか! ひどい仕打ちじゃねえか! だが待て!」

「なにか?」

「まだおまえの名前を聞いてなかった! おまえの情報はなかったんだ! それだけは教えてくれ!」

「僕はいざなみなと。旅の剣士です」


 ふわりとほどけるような笑みで答えると、ミナトは《瞬間移動》でどこかへ消えてしまった。

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