28 『旧懐シークレット』

 トウリは旧友を見つけた。

 相手は針売りである。

 愛嬌のある丸い目をした、猿顔の青年だった。

 針の露店に近づき、トウリは声をかけようとするが。


「やあやあやあ! ただいまはこの針、ことのほか世上に広まり、方々に偽看板を出し、いやの、ふるの、はるの、つるぎのと、色々に申せども――おや?」


 猿顔の青年は目をしばたたかせた。


「トウリさん! トウリさんじゃないだなも!? 我が輩だなも、キミヨシだなも! いや久しぶりだなもね!」


 口上の途中でトウリに気づき、キミヨシと名乗った猿顔の青年はトウリの両手を取って、人生で最高の日でも訪れたかのように大げさに喜んでみせた。目には涙もうっすら見える。


「久しぶり。キミヨシくん」

「本当に、いつぶりになるだなもか」

「もうだいぶ会ってなかったね」

「前は旅の途中だっただなも」

「うん」


 キミヨシは、背が低く一六〇センチほど。髪は短めで、後ろだけやや高めの位置でまとめている。十円ハゲもある。橙色の着物も町人のようなものだが少し丈が短いだろうか。

 二人がしゃべる中、会計をしている青年が目を上げた。鋭い眼光だが、これは彼にとっては普通の表情である。


「どうも。オレは河賀沙かがさとおる。キミヨシが世話になった方と聞いてます」


 キミヨシが双方を紹介する。


「我が輩、『たいようわたりきみよしが旅をするきっかけになったお二人の片割れがトウリさんだなも。トオルは我が輩と同じで今年二十歳、どうぞよろしくしてほしいだなも」


 トオルは、小柄かつ愛嬌たっぷりのキミヨシと比べて、身長も一五センチほど高いし目つきが鋭く、やや細身で強面。荒々しい雰囲気をしているが、同時に落ち着きもある。前髪は真ん中で分けられ、横はやや長め。年はキミヨシと同じだからトウリの三つ下。どこか育ちのよさも垣間見えた。

 友人らしくないコンビである。

 初めて見るトオルという青年に微笑みかけつつ、トウリは考える。


 ――噂には聞いたことがあった。『おんぞう』。彼は知勇共にありと言われるが、常に苛立ちをその顔に映すことから、『ちんもくげきりん』とも呼ばれ恐れられているんだったね。……うん。兄者の人物評は間違ってなさそうだ。トオルくんは智恵もピーキーかと思いきやバランス感覚に優れているように見える。逆鱗どころか泰然としている。


 すかさず、ウメノはぺこりと頭を下げた。


「姫は、さんえつくにとみさとうめです。よろしくお願いします」

「トウリです。このウメノ共々、よろしくお願いします」


 互いの挨拶が終わると、キミヨシは人懐っこいしわを刻ませた笑顔で、


「ウメノちゃんもよろしくだなも。それで、大将は元気だなも?」

「うん。相変わらずだよ」

「噂はかねがね聞いていたが、さすがだなもね。今では話しにくくなっていそうだなも」

「そうかな?」


 うきゃきゃ、とキミヨシは笑う。


「トウリさんは常にあの人の側にいるからわからないんだなも。それに比べてトウリさんは話しやすいままだなもね。あ、コジロウさんも元気だなも?」

「うん。精力的に頑張ってる」

「それは結構なことだなもね。それで、あの天才剣士とは会ってるだなも?」

「いいや。あの子とは、ずっと会ってないよ」

「そうだなもか。我が輩もだなも。まあそのうち会えるだなも」

「だね。きっと飄々としてると思う」


 キミヨシはここで急に声を落としてささやいた。


「時に、スモモ様は元気だなも? ますますお美しくなってるだなも?」


 トウリは苦笑を浮かべる。


「元気だよ。あの頃から少しは背も伸びたかもね」

「トウリさんにとっては実の妹だから、あの美しさの成長までは気づけないんだなもね。ああ、またお会いしたいだなも」


 昔からキミヨシはトウリの妹スモモに憧れており、同じ学び舎で過ごしたオウシやトウリには「さん付け」なのに、スモモにはちゃんと一国の姫の扱いで「様付け」するのである。キミヨシからすればたまにしかお目にかかることもできない、女神のような存在だった。

 我に返ったキミヨシが質問した。


「でもどうしてトウリさんがここにいるだなも?」

「ああ。他国との交渉に出かけた折、知り合った子がいてね。その子をここまで送りに来たんだ。今からまた武賀むがくにに戻るところさ」

「そういうことだっただなもね」

「キミヨシくんは?」

「我が輩はなにを隠そう、これからこのトオルとアルブレア王国へ留学に行くんだなも」

「へえ」

「トオルのつてで我が輩もいっしょに行けることにはなったが、我が輩の留学費だけ少しばかり足りないだなも。その補填をしていただなもよ」

「なるほどね」

「オレが出しやるっつってもきかなくて」


 トオルがぶっきぼうにそう言うと、


「でも、やっとこれで貯まっただなも!」


 と満面の笑みでキミヨシはトウリの手に小箱を握らせる。


「ああ」


 トウリは苦笑した。


「わかった。買うよ。いくらかな?」

「そんな悪いだなも。これはほんの気持ちで、たったの千両だなも」


 遠慮するように手をぶんぶん振りながら、しっかりと額を請求している。トウリは笑いながらお金を渡し針を買ってやった。

 トウリ以上にトオルが呆れていた。


「ったく、ずうずうしいヤツだぜ、オマエはよ」


 それにしても、とトオルは思う。


 ――毎日よくあんだけしゃべって喉も平気だったもんだぜ。丈夫なヤツだ。


 今だって、先程まで人前でしゃべり倒していたのに、喉もまったく枯れた様子もなくしゃべっている。


「あ、そうだなも。トウリさん」


 と、キミヨシは耳打ちする。


「今日会ったことは、まだ大将には内緒にしてほしいだなも。ここだけの話、我が輩も考えがあって、アルブレア王国で勉強してから、今度はこちらから会いに行かせてもらいたいだなも」

「そういうことなら、承知した」

「ありがとうだなも、トウリさん」


 それから、キミヨシとトオルとは別れる。


「気をつけて。そして、留学頑張って」


 トウリがそう言うと、キミヨシとトオルは頭を下げた。


「トウリさんも。お元気でだなもー」

「ご活躍、心からお祈りします」


 ぶっきらぼうな性格らしいトオルだが、丁寧な挨拶である。

 ウメノが大きく手を振る。


「さようなら~」

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